事例紹介▶︎釜石市(岩手県) 避難訓練の検証に携帯電話の位置情報を活用

地方自治

2024.06.25

この資料は、地方公共団体情報システム機構発行「月刊J-LIS」2024年5月号に掲載された記事を使用しております。
なお、使用に当たっては、地方公共団体情報システム機構の承諾のもと使用しております。

事例紹介▶︎釜石市(岩手県) 避難訓練の検証に携帯電話の位置情報を活用
(特集:防災・復興DX)

釜石市危機管理監防災危機管理課長 川﨑 浩二

月刊「J-LIS」2024年5月号

はじめに

 釜石市は2011年に発生した東北地方太平洋沖地震による津波で1,000名を超える尊い命を失いました。このことから、震災後は災害から大切な命を守ることを目標に、「住民、地域を主体とした地域防災力の向上」や「避難体制、避難環境の整備」といった取組を中心に防災を進めてきました。

 地域防災力の向上には、「自分の命は自分で守る」という一人ひとりの防災意識向上が欠かせません。釜石市では、一般市民を対象にした防災出前講座や、小中学校と協働した防災学習の推進に取り組んでおり、2023年度は延べ40回の講座を開催し2,810人の参加がありました。また、地域の防災リーダーとして防災士を育成するため、市主催の防災士養成講座を2015年から開催し、これまで492人の防災士を育成しています。

 避難体制・環境の整備では、災害時における情報伝達手段として防災行政無線の整備に努めています。屋外の放送が聞こえにくかったりするなどの難聴地域対策として、117局の屋外拡声子局(屋外スピーカー)の設置、1,882台の一般世帯等への戸別受信機の設置を実施しています。また、市が指定する緊急避難場所までの避難誘導標識の整備や、実際の津波災害時に道路が寸断されるなど孤立が想定される緊急避難場所に防災備蓄倉庫を設置し、食料や資機材を備蓄するなど避難環境の整備にも取り組んでいます。

 当市を含む三陸沿岸は津波の常襲地であり、津波記念碑等の先人の教訓が多く残されていたにも関わらず、津波の悲劇は繰り返されました。それを踏まえ、震災の教訓を後世に伝え、二度と同じ悲劇を繰り返さないように震災検証にも取り組んでおり、これまで検証報告書や教訓集のほか釜石市震災誌『撓(たわ)まず屈せず』を発刊しました。さらに防災市民憲章の制定、震災伝承と防災学習施設『いのちをつなぐ未来館』や東日本大震災犠牲者慰霊追悼施設『釜石祈りのパーク』の整備、震災の経験や教訓を伝えるための「大震災かまいしの伝承者」制度の設立も行っています。

 そうした中、令和2年9月に国から、令和4年3月に岩手県から最大クラスの津波浸水想定が公表され、浸水想定エリアが大幅に拡大したことから、改めて緊急避難場所と拠点避難所の見直しと修正を行いました。その後、令和4年9月に岩手県から地震・津波被害想定調査報告書が公表され、さらなる減災対策が求められることになりました。しかし、ハードの対応には限界があるため、平時からの避難訓練、あるいは発災時の避難の在り方を中心としたソフト部分の対応を改めて見直しているところでした。

携帯電話の位置情報を活用した避難訓練の実施に向けて

 当市では、これまでも防災行政無線の放送内容を聞き逃した方などに対応するため、放送内容を電話(無料)で聞き直すことのできるサービスや登録制メール(いわてモバイルメール)、市公式LINEを活用した情報伝達を行ってきました。また、東日本大震災の経験から衛星携帯電話やデジタル移動系無線機を市の主要施設や各部署に配置するなど、災害時の連絡手段の確保に努めてきました。ただ、大規模災害時には通信機能が途絶え、道路が寸断されて半島部の避難状況が確認できない事態が想定されます。「大規模災害時の避難者の所在を把握できないか」「指定避難場所以外の自主避難場所に避難者がいるのか、いないのかを即時に確認する手段はないか」「半島部で孤立している自主避難者を確認する方法はないか」といった課題への対応に頭を悩ませてきました。

 防災あるいは人命救助に100%万能なツールは存在しません。それでも何%かの可能性があるのであれば、そうしたツールを複数重ね合わせることで避難者の状況把握に近づけるのではないか。言い換えれば、人命を救う防災の網の目の穴の大きさを少しでも小さくするために、DXを活用できないかという発想が取組のスタートでした。

 こうしたねらいから、令和5年12月に株式会社Agoop(アグープ)と釜石市とで「避難行動の在り方の検証を通じた防災まちづくりの推進に関する覚書」を締結し、携帯電話の位置情報を活用した防災DXの実証実験に向けた取組を開始しました。

避難訓練の実施

(1)実証実験の概要
 当市では、昭和8年に発生した昭和三陸地震津波を教訓として、毎年3月3日の早朝に市内一斉の地震津波避難訓練を実施してきました。東日本大震災後の復興途上で街並みが整わなかったことや、コロナ禍によって二度の中止を挟みましたが、令和5年3月から訓練を再開しています。

 令和5年度の訓練は、令和6年3月3日に釜石市全域で実施しました。朝8時30分に東北地方太平洋沖でマグニチュード9.0の地震が発生し大津波警報が発表された想定で、市が指定する緊急避難場所をはじめ、市民一人ひとりが身近にある安全な避難場所を確認し、そこまでの避難経路や避難にかかる時間を把握するなど、避難行動の重要性や自助・共助の意識を高めることを目的とした訓練内容となっています。

 これまでの避難訓練では、避難場所に配置された担当市職員や警戒活動にあたる消防団からの電話や移動系無線機での報告により、市の指定避難場所にどれだけの避難者があったかという人数把握にとどまっていました。今回の訓練で行った実証実験では、「訓練参加者が適正な避難行動をとっているか」「半島部に孤立した場所はあるか」「指定避難場所以外の自主避難場所に避難者はどれだけいるか」を可視化させる目的がありました。

 このことから、今回は以下の方法で実証実験を行いました(図)

図 本実証実験の目的とフロー

① 避難訓練実施地域の訓練参加者に対してスマートフォン専用アプリのインストールを促し、位置情報の収集について同意を得たユーザーから、避難時の位置情報を収集しました。

② 市の災害対策本部では、専用モニターで人流データと位置情報を可視化した映像に、津波の浸水想定を重ね合わせ、リアルタイムで実証を行いました。

(2)実証結果
 実証結果は以下のとおりです。

① 災害対策本部に設置したモニター2台に訓練参加者の位置情報を可視化した映像を投影し避難行動の検証を行いました(写真1)

写真1 釜石市災害対策本部

② リアルタイム分析では複数エリア4ヵ所(鵜住居エリア、釜石市役所周辺エリア、八雲神社周辺エリア、唐丹エリア)で同時モニタリングを行い、避難指示発令後の訓練参加者の行動がリアルタイムに可視化されました(写真2)

写真2 リアルタイム分析(同時モニタリング)

©︎Agoop ©︎Mapbox ©︎Openstreetmap

③ モニターに人流データが映し出され、動く矢印はアプリをインストールした人を表していることや、岩手県が公表した最大クラスの津波浸水想定をもとに浸水開始時間を重ね合わせて表示することで、動く矢印が津波を避けて適切に避難できているか等の検証が可能なことが実証されました。

(3)参加者の声
 訓練当日に災害対策本部で可視化した映像を見た関係機関(自衛隊、海上保安部、警察署等)の感想は次のようなものでした。関係機関も今後の活用可能性について前向きな印象を持ったと感じました。

●位置情報の実証について、今後、本格導入するのであれば他機関との間で可視化された映像の情報共有についても検討していただきたい。

●位置情報とリアルな現場(あるいは現場映像)との融合はどうか。テレビ等のメディアでは視聴者からの投稿映像をリアルタイムで紹介しているが、そうした情報との融合を考えてはどうか。

●位置情報については救助に役立つデータになると感じた。例えば捜索範囲が洋上になった場合に、どこまでデータ収集が可能なのかも検証してはどうか。

今後の課題

 リアルタイムの位置情報を得るため、避難訓練前に広報紙等で専用アプリのインストールを呼び掛けたほか、市内小中学校を訪問し、生徒とその保護者に当日の訓練参加とアプリの活用を呼び掛けましたが、訓練当日にアプリをインストールした方は200人程度にとどまりました。こうした技術の普及と活用までには、まだまだDXそのものに対する認知度が不足していると感じていますし、年齢層による差も感じています。

 また、避難者が緊急避難場所から避難所へと移った際にはプッシュ型で支援物資を供給する必要があります。その際に、避難者の年齢層等の属性を把握できれば、きめ細かな支援につながるため、そうした情報の把握を速やかに行う技術も必要だと感じています。

これからの展望

 今回の避難訓練において、リアルタイムの人流可視化技術を用いることにより、避難行動を即座に可視化し、検証することが可能であることが証明されました。このことから、実際に大津波などの大規模災害が発生した際に、海寄りの半島部で孤立した避難者がある場合にも、その存在を把握する可能性が得られたと思います。

 こうしたシステムを本格導入するかは今後の検討となりますが、まずは今回の実証結果を小中学校や訓練に参加した市民の皆さんに共有したいと考えています。仮に本格導入した際の活用イメージですが、地域や小中学校主催の避難訓練の検証と可視化した映像を応用し防災学習に活用できるのではと思います。今までの訓練では、参加者自身が自分たちの避難行動を俯瞰的に見ることはありませんでしたが、この技術があれば訓練の振り返りの際に避難行動が適正だったかどうかを客観的に確認することが可能です。また、自分たちの訓練行動がリアルタイムで可視化されるので、訓練への参加意欲や参加率向上にもつながると期待しています。

 また、当市は令和5年1月にVisnu(ヴィシュヌ)株式会社、株式会社青木土木、釜石市の三者で防災まちづくりの推進に関する連携協定※)を締結し、AIカメラを活用して港湾潮位変化等をリアルタイムで検知し、情報共有する仕組みの実証実験にも取り組んでいます。今回の位置情報とこうした技術を組み合わせることで、可能な限り早く確実に避難者を把握し支援につながる取組を進めてまいりたいと考えています。

※)「AI・IoT技術を用いた実証実験を通じた防災まちづくりの推進に関する連携協定」

 

 

Profile
川﨑 浩二 かわさき・こうじ

平成14年入庁。商工課、地域福祉課、子ども課、総務課、鵜住居地区生活応援センターを経て令和4年4月から現職。東北地方太平洋沖地震での経験を教訓に「誰一人として犠牲者を出さない」防災へ向けた取組を進めている。

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