事例紹介▶︎天草市(熊本県) ブロックチェーンを活用したデジタル商品券等の発行 〜天草市「天草のさりー」の取り組み〜

地方自治

2024.04.15

この資料は、地方公共団体情報システム機構発行「月刊J-LIS」2023年11月号に掲載された記事を使用しております。
なお、使用に当たっては、地方公共団体情報システム機構の承諾のもと使用しております。

事例紹介▶︎天草市(熊本県) ブロックチェーンを活用したデジタル商品券等の発行 〜天草市「天草のさりー」の取り組み〜
(特集:Web3.0を活用した地方創生)

天草市経済部産業政策課天草ブランド推進係参事 原田勇介

月刊「J-LIS」2023年11月号

1 はじめに

 天草市は、熊本市から車で2時間程要する熊本県の南西部に位置し、人口は県下第3位で総面積は県下最大を誇ります。

 周囲を天草灘・有明海・八代海の藍く美しい三つの海に囲まれ、雲仙天草国立公園に指定されている自然景観をはじめ、日本の夕陽百選に選ばれた夕陽スポット、キリシタンの歴史や南蛮文化、共生する野生のイルカを観賞できるイルカウォッチングなど豊かな自然と数多くの観光資源や、豊饒な三つの海で育まれた水産物、温暖な気候を活用した農産物、総面積の68%を占める山林から生み出される林産物などの農林水産資源に恵まれた地域です。

 都市部から遠いことや天草五橋が連なる前は離島であった不利な地理条件から独自の経済圏を形成していた天草諸島ですが、1955年にピークを迎えて以降は人口減少と高齢化の一途をたどり、2006年3月に平成の大合併で誕生した当初は9万9,331人であった人口が2023年9月末現在は7万3,697人と25%も減少し、高齢化率は42%に達しています。

 消費動向調査によると当市の地元購買率は8割を超える高水準との調査結果があるものの、ネット通販の台頭、企業の生産活動において資材・エネルギーなどを市外から調達せざるを得ない当市の現状もあり、内閣府が公表しているRESAS 1)によれば、当市の経済循環率は県下14市中13位と低く、経済面における地産地消・他消を促進することが課題となっていました。

1)RESAS地域経済分析システム https://resas.go.jp/#/13/13101

2 地域経済の好循環を目指して

(1)天草市住宅リフォーム助成事業
 地元産品の購入のみならず、サービスの地産地消を推進し、地場事業者の利用促進と地域内消費の増進を目的に、2014年に施工費の20%(上限額20万円)を助成する天草市住宅リフォーム助成事業を開始しました。

 この事業の最たる特徴は、現金の代わりに市内でのみ使用できる商品券を交付することです。商品券(助成金)の交付を受けるためには地元の建設業者を利用することを条件としているため、それだけでも地産地消に資することができ、施工費は助成額の平均8倍以上で、地域内消費を喚起することに十分な効果があると手ごたえを感じています。交付された商品券は、使用期限を半年と定めているため、全額が短期的かつ確実に地元で使用してもらえる仕組みが構築され、一つの事業で二重にも三重にも地域経済に寄与するものとなりました。

(2)市民参画型事業の効果増進
 市民の健康増進を目的とした健康ポイント事業がありますが、当市では現金や商品ではなく商品券を交付しています。商品券を交付し、市民の事業への参画意欲を増進させることで事業効果を高め、さらに地域経済の活性化にも資することができるものとなっています。

 商品券が、経済面のみならず地域課題の解決においても一端を担うことができるものになりました。

(3)商品券交付事業を継続して
 事業開始から10年近くが経過する中で、補助金の交付を現金から商品券に切り替えるよう部署を越えて推進し、現在では9事業で年間1.7億円を発行するまでにいたっています。

 また、こうした事業を長年にわたり継続して展開し、市が商品券を発行する土壌が醸成できていたおかげで、「子育て世帯等臨時特別支援事業」や「出産・子育て応援ギフト」等の新規事業や突発的に生じた事業においても、現金ではなく商品券による交付を円滑に実現することができました。

3 電子商品券アプリ「天草のさりー」の導入

(1)導入の背景
 新型コロナウイルス感染症が拡大しつつあった2021年に、それまでは紙媒体であった商品券を電子化し、2022年度当初からの運用開始を目指すことになりました。電子化は、感染拡大防止対策の側面と、紙券の印刷・換金に係る業務の効率化と負担軽減、めまぐるしく変化する社会情勢への対応や消費行動の把握分析の迅速化など、経済施策への有効活用による地域経済の好循環の側面を期待し実施を決定したものです。

 アプリ名は、他の地方公共団体のほとんどが「○○ペイ」だったのに対し、「のさり」2)という天草の方言を混ぜ、親しみやすさと独自性を出したいとの市長の思いから「天草のさりー」と命名しました。

2)「のさり」とは、天草の方言で「天からの授かりもの・贈りもの」を指すことば。

(2)導入の手順と決め手
 2021年10月に公示した公募型プロポーザルでシステム開発事業者を募り、11月に、SBIホールディングス株式会社・九州電力株式会社・株式会社筑邦銀行の合弁会社である株式会社まちのわに決定し、12月にシステム開発の契約を締結しました。

 プロポーザルで重視したのはセキュリティとカスタマイズ性です。商品券の換金原資は市民をはじめとした商品券使用者からの預り金であり、万が一にも不正アクセスや改ざん等をされてはいけないものです。また、商品券事業を未来にわたって持続し発展させていきたいと考えていたため、将来を見据えた柔軟な拡張性を希望していました。

 株式会社まちのわは、決済情報の管理にSBIホールディングス株式会社が提供するブロックチェーン技術の「Corda」を採用しています。ブロックチェーンは仮想通貨でも使用されており、改ざんに強い点が預り金の管理には最適でした。九州電力株式会社が電力インフラ事業者として培ってきた国の基準に則ったセキュリティ管理やバックアップ体制も含め、堅牢なセキュリティ体制を構築できると判断しました。

 また、後述するカード式決済機能の媒体をマイナンバーカードにする提案に応じていただけるほど、カスタマイズ性が高かったことも決め手となりました。

4 子育て世帯等臨時特別支援事業

 さて、契約を締結し開発スケジュール等を調整していた12月半ばに、国から子育て世帯等臨時特別支援事業の発表がありました。「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」と銘打ったこの事業は、子育て世帯に対し対象児童1人当たり5万円分のクーポンを給付するというものでしたが、現金ではなくクーポンでの給付という点に、世論もマスコミも全国の地方公共団体も批判的な論調だったと記憶しています。途中で国も現金給付を認め、最終的にクーポンで給付したのは当市を含め全国で7団体だけでした。

 地方公共団体がクーポン給付に批判的であった理由は、発表から事業開始までの期間があまりにも短くて仕組みづくりが間に合わない、現金給付より余計な事務費がかかる、世論を受けて、など様々でした。また、現金で給付しても自身の市域内で消費される、または他の地方公共団体からも資金が流入してくる、そんな団体ならば現金で支給しても差し支えないと考えるでしょう。当市は、前述のとおり地域経済の好循環を目指しており、今回の事業も地域経済の活性化に活用したいこと、既にクーポンを給付する仕組みが整っていたことから、クーポン給付で実施することに決定しました。

 これを受け、2022年度当初を計画していた電子商品券の運用開始を1ヵ月前倒しし、2022年3月から運用を開始することになりました。スケジュールは相当きつかったのですが、システムベンダーの協力もあり何とか実現することができました。

 クーポンでの給付に批判がなかったわけではありませんが、とりわけ市内の事業者からは売上に好影響が出たとの声が聞こえており、コロナ禍で疲弊していた市内経済に即効性のある経済効果があったと感じております。

5 取り組み後に見えてきた課題「誰一人取り残さないデジタル化」

 子育て世帯等臨時特別支援事業は、紙と電子のどちらかまたは併用を選ぶことができるようにしましたが、デジタルに慣れている子育て世代であっても電子を選ばれたのは2割程度にとどまりました。これは総務省が公表している2019年全国家計構造調査3)における熊本県のキャッシュレス決済の比率(18.6%)に近い値です。

3)2019年全国家計構造調査 https://www.stat.go.jp/data/zenkokukakei/2019/index.html

 また、この事業と並行して、子育て世帯以外の市民にもキャッシュレス決済に触れる機会になればと、電子商品券スタートキャンペーンを展開しました。このキャンペーンは、コロナ対策としてキャッシュレス決済に取り組む市民に電子商品券3,000円分を交付するというもので、市民はアプリの準備と電子申請で市民であることを証明する手続きが必要でした。

 キャンペーンを開始すると、特に高齢層から、アプリのインストールやアカウント作成などをした経験がない、電子申請の方法が分からないとの声が多く寄せられ、担当部署の職員だけでは対応できない状況に陥るほどでした。

 そこで、地元の老人クラブ連合会が主催する高齢者向けのスマートフォン教室「スマートカレッジ」と連携し、まずスマートフォンに触れること、次に電子申請をすること、最後にアプリをインストールし電子商品券を使用してもらうことのサポート事業を実施しました。

 スマートカレッジは、外部から講師を招聘するのではなく、老人クラブのメンバーが講師を務めることが特徴となっています。自身の経験を活かし、高齢者のデジタルに関する実情や心情に寄り添い、スマートフォンを忌避するのではなく楽しんでもらいたいとの思いで活動をされています。講習の一環として、LINEのグループで受講者同士の繋がりをつくり、孤独や孤立の対策にも繋がっています。

 しかし、子育て世代においても電子商品券の比率が低いことや高齢者がデジタルに不慣れなことなど、この事業を通じ、市全体のデジタル化の遅れを痛感し、2020年に閣議決定されたデジタル社会の実現に向けた改革の基本方針において目指すべきビジョンとされた「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」の重要性を再認識する契機となりました。

6 今後の展望

(1)商品券から地域通貨へ
 スタートキャンペーンを実施し高齢者にも電子商品券に触れていただいたことで、思わぬ収穫もありました。電子商品券を使うのが楽しかったからもっと使用したい、チャージしたいとの声が特に高齢層から寄せられました。

 これを受け、補助事業やプレミアム付き商品券など、市の施策を実施した限定された時期しか使用できる機会がなかったものを、普段使いできるようにしたい、また、誰一人取り残さないため、スマートフォンを所有していない方も使用できる環境を整えたいと考えました。

 そこで、商品券事業をどう展開していくか、庁内や商工団体と検討を重ねました。その結果、デジタル田園都市国家構想交付金を受け、2024年3月の運用開始を目指し、利用機会を限定せず誰もが普段使いができるようにチャージ機能やカード式決済機能を追加することで、商品券から「地域通貨」に発展させる事業に取り組むことになりました(図-1)

図-1 地域通貨事業

(2)マイナンバーカードの利活用
 チャージに関しては、クレジット払いやコンビニ払い等を検討しましたが、ランニング費用を考え現金チャージ機を採用しました。

 また、カードに関しては、主流であるQRコード4)が記載されているカードやICカード等を地域通貨事業用に新たに準備することも検討したのですが、製造等の初期投資や運用開始後のカードの配付・管理の体制整備や費用負担など問題が山積みでした。商工団体と協議を重ねていた中、既に配付や運用の体制が整備され、専用カードを新たに作る必要もないカードがあることに気付くことができました。それが“マイナンバーカード”です。

4)「QRコード」は株式会社デンソーウェーブの登録商標です。

 マイナンバーカードならば、カードの製造・配付・管理・運用も国や庁内の別部署が既に担っており体制整備や追加投資が抑えられる、市の様々な場面でのマイナンバーカード利用促進にも繋がり市民カード化の一助にもなると、一挙に複数の問題を解決できるアイデアだと思いました。

(3)チャージの動機付け
 地域通貨事業において最も議論を重ねたのが、利用を促進するためのチャージや決済等の消費行動に対するポイント付与です。

 民間の電子マネーにおいては消費行動に対するポイント付与がチャージの強力な動機付けとなっています。しかし、地方公共団体が同様に通常の消費行動に対しポイントを付与しようとしてもその原資がありません。そこで、市の施策として予算を確保し、目的に合致した消費行動に対してポイント等の特典を付与してはどうかと考えました(図-2)

図-2 施策の目的に合致した消費行動に対する地域通貨(ポイント)付与による相関図

 それは、市内でのお買物を推奨し、地域内経済循環を向上させるという施策です。市内での一定額以上のお買物に対し地元の特産品や地域通貨ポイントが当たる特典を付けることで消費者の市内での購入意欲を増進させ、所得の流出を防ぎ地域内経済循環を高めるものになっています。さらに、特産品が当たった方にはその魅力を知ってもらう機会にもなり、ポイントが当たった方には地域通貨を利用してもらう契機にもなります。その上、現金ではなく地域通貨でお買物をすることを条件とすれば、この施策により消費者が地域通貨をチャージする動機付けにもなります。

 このように一つで相乗的な効果を発揮させ、特典の原資も確保できる施策を、部署を越えてどんどん拡大していきたいと計画しています。

7 おわりに

 地域通貨は枠組を作ったらゴールではなく、むしろそこがスタートです。

 施策に合致した消費行動へのポイント付与や健康ポイント・ボランティアポイントなどの市民が参画することでポイントが受給できる地域通貨交付事業の拡大、ふるさと納税返礼品への登録など、市民や観光客などの来訪者が地域通貨を利用できる機会を増やし、地域通貨事業を発展させながら未来にわたって継続できるものにしたいと考えています。

 また、世代を問わず地域通貨「天草のさりー」を使うことが楽しいと思っていただき、スマートフォン・マイナンバーカード・キャッシュレス決済を日常的に普段使いしてもらうことで、「天草のさりー」が市民・事業者・行政が一緒にデジタルに慣れ親しむためのツールとなり、さらなる市の発展に繋がるものになるよう邁進してまいります。

 

 

Profile
原田勇介 はらだ・ゆうすけ

1998年本渡市役所に入庁。2006年に2市8町が合併し天草市となる。環境・農業・納税部門を経て2021年から産業政策課にて地産地消・他消と商品券事業などを担当。異動する先々で、業務のプロセス見直し・データベース化・デジタル化・自動化に積極的に取り組み、DXの土壌づくりと効率化を図っている。

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