政策トレンドをよむ 第23回 TD研究とは何か?―市民、アカデミア、企業をつなげる行政の強み
NEW地方自治
2025.03.06
目次
※2025年1月時点の内容です。
政策トレンドをよむ 第23回
TD研究とは何か?―市民、アカデミア、企業をつなげる行政の強み
EY新日本有限責任監査法人FAAS事業部 コンサルタント
山二 滉大
(『月刊 地方財務』2025年2月号)
トランスディシプリナリー(TD)研究とは、共通の目標を達成するために、様々な学問分野の学術研究者と学術以外の参加者が一体となって、新しい知識と理論を共創することと定義されている。これまで、異なる分野の研究者が協力し合う「異分野(multidisciplinary)研究」や、分野間の差異を超えた調和を目指す「学際(interdisciplinary)研究」の重要性が唱えられてきたが、各分野のみならずアカデミアの範囲を超える(trans)研究(TD研究)への期待が大きくなっている。その背景としては、今後地球温暖化、生物多様性の喪失、自然災害などの社会課題がますます複雑化・深刻化し、人文科学分野を含む多様な科学分野が連携する必要性と、それらの成果を社会実装することの意義が強調されつつあるためである。とりわけ、後者の社会実装は、政策立案者を含む官民の関係者を巻き込むことなしには実現できない。
国外では、多数のTD研究事例が散見される。その1例として、ソルボンヌ大学が中心となった「Acclimaterra―新アキテーヌ地域における気候変動およびその影響に関する研究」(Acclimaterra)(2013年~2019年)がある。これは、フランス南西部に位置するヌーヴェル=アキテーヌ地域における気候変動の影響を評価することを目的としている。そのために気候変動が、農業や漁業をはじめとした各分野に、どのような影響を与えるかについての科学的エビデンスを収集し、具体的なインパクトについての調査を実施している。その過程では、科学者のみならず、法学や政治学 を専門とする人文社会学者、政策や意思決定の可能性を検討する地域および地方当局、そして研究成果について対話や議論をするNGOと市民が参画している。2018年には、気候変動の影響を整理し、地域の気候変動政策提言に資する報告書を作成した。それらの成果を総合して、フランスにおいて科学的情報を公共の意思決定と結びつける先例を設けたと評価されている。
国内における事例としては、国立研究開発法人科学技術振興機構社会技術研究開発センター(RISTEX)が立ち上げた「フューチャー・アース構想の推進事業」がある。フューチャー・アースとは、地球環境研究の国際的な枠組みである。具体的には、地球規模課題の解決を目標にして、異なる研究分野の研究者や社会の様々なパートナーと持続可能な社会実現のための研究を推進する事業である。本事業には2つのテーマがあり、それらを基にして公募を行った。一方は、「日本が取り組むべき国際的優先テーマの抽出及び研究開発のデザインに関する調査研究」であり、他方は「課題解決に向けたトランスディシプリナリー研究の可能性調査」である。特に前者に関しては、行政、産業界、専門家、市民と協働しながら、日本が優先的に取り組むべき課題の抽出を行い、それらを整理したものを成果物として国内外に発信している。
上記の国内外の事例は、いずれも社会課題に対する取り組みであり、かつアカデミアが中心の研究だが、そのいずれでもないTD研究もある。例えば、「Memorial Rebirth」(メモリバ)がそうである。メモリバは、現代美術家である大巻伸嗣によるもので、1分間に最大1万個のシャボン玉を生み出す装置を数十個並べ、無数のシャボン玉で見慣れたまちを一瞬にして光の風景へと変貌させるアートパフォーマンスである。メモリバには、東京藝術大学でアートマネジメントを学ぶ学生のほか、一般市民、アーティストユニット、工学部学生、企業、行政、写真家など多様な専門性・バックグラウンドを持つ人々が参画している。文化芸術事業として実施されるメモリバは、来場者の心境の変化を評価するアンケートが実施されており、広義のTD研究であるといえるだろう。
TD研究の事例をここまで紹介してきたが、行政はどのように関わることができるだろうか。第1に、社会課題に関する研究においては、Acclimaterraの事例からも示唆されるように、研究成果を政策に反映させる役割を担えるだろう。また、行政がTD研究に関わることでアカデミアとは別の視点、すなわち政策立案者としての観点から社会課題をみることもできる。第2に、ステークホルダーを巻き込む場の形成に寄与できる。事実、メモリバに関しては、東京都や足立区が主催者となっている。多数の市民を巻き込むことができるのは、行政の強みである。最後に、これはメモリバ等広義のTD研究とも関係するが、アカデミアが中心となる狭義のTD研究への市民参画を促進できる。例えば、行政が積極的にアカデミアや市民、そして企業等を巻き込んだイベントを開催し、多様なステークホルダーを巻き込むハブとなることで、市民参画の触媒として機能する可能性がある。とりわけ、今後社会課題が深刻化していくなかで、市民が課題に向き合い、研究者と対話することの重要性が強調される。そうなると、市民をはじめとした多様なステークホルダーを巻き込むことができる行政の意義が大きくなっていくと考える。
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