新・地方自治のミライ

金井利之

「新・地方自治のミライ」 第77回 「まひし」の未来のミライ

NEW地方自治

2025.03.10

本記事は、月刊『ガバナンス』2019年8月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 2019年6月21日に、政府は「まち・ひと・しごと創生基本方針2019」(以下、「基本方針2019」と省略)を閣議決定した。今回は、「まち・ひと・しごと創生」(以下、「まひし」と省略)の第2期(みらい)のミライ(注1)について考察しよう。

注1 細田守『未来のミライ』スタジオ地図、2018年。

麻痺・忘却・基調・喚起

「麻痺・忘却・基調・喚起」のイメージ画像

 元来、「地方創生」または「まひし」は、2014年6月から12月にかけて、2015年4月の統一地方選挙や2014年12月の総選挙に向けて、地方圏に配慮しているかの印象操作のために打ち出された。それゆえ、しばらくは必要性に乏しく、ここ数年は国政において「まひし」は忘却され、麻痺状態にあった。

 それは、地域や自治体にとって、本来的には歓迎すべきことである。「まひし」は、地域にとって不可能な目標を、国政主導で自治体に掲げさせ、できないことを自治体の所為にする。そして、中長期的には、地方消滅を地域や自治体の自己責任として、自治体や地域住民に受忍させる。「まひし」に乗る限り、自治体や地域社会の一定部分は、悲鳴を発し得ないまま消滅するだろう。

 自治制度官庁は、2040年に向けて大幅な人口減少の基調は不可避と見て、「まひし」とは別途の方策を模索中である。これが、いわゆる「2040構想」である。とはいえ、国の「まひし」の人口増大の掛け声に踊らされて、思考が麻痺(まひ)し始めた自治体関係者からは、途中で梯子を外された感があったかもしれない。そのようななかで、基本方針2019が喚起された。

第2期「まひし」総合戦略のイメージ

「第2期「まひし」総合戦略のイメージ」のイメージ画像

 基本方針2019によれば、2019年12月に第2期「総合戦略」を策定することとされている。自治体は、国が示す第2期「総合戦略」に基づいて、地方版総合戦略を策定することが要請される。

 第1期の四つの基本目標、すなわち、①地方にしごとをつくり、安心して働けるようにする、②地方へ新しいひとの流れをつくる、③若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる、④時代に合った地域をつくり、安心なくらしを守るとともに、地域と地域を連携する、という枠組は維持する。但し、②の取組を強化し、③は、子ども・子育て本部などと連携する。さらに、⑤人材を育て活かす、⑥誰もが活躍する地域社会をつくる、という観点を追加する。このために、地方創生版・三本の矢なる情報支援・人材支援・財政支援という基本枠組を維持する。

 第2期における新たな視点として、(a)将来的な地方移住にもつながる「関係人口」の創出・拡大、(b)企業や個人による地方への寄付・投資などを用いた地方への資金の流れの強化、(c)Society5.0 の実現に向けた技術(「未来技術」)の活用、(d)SDGsを原動力とした地方創生、(e)「地方から世界へ」、(f)人材に焦点を当てて掘り起こし、育成・活躍を支援(人材を育て活かす)、(g)地域づくりを担うNPOや企業と連携、(h)女性・高齢者・障害者・外国人など誰もが居場所と役割を持ち活躍できる地域社会、(i)地域の経済社会構造全体を俯瞰した地域マネジメント、が挙げられている。

「関係人口」の創出・拡大

 人口減少社会の地域間で、IJUターンの移住の取り合いという零和(ゼロサム)競争をすれば、多くの自治体にミライがない。その意味で、「関係人口」に切り替えることは不可避であるし、実際に多くの自治体においても、地域に関わる人々を増やす交流・対流・関係が言われてきた(注2)。要するに、人間を二(多)重計上すれば、人口減少社会でも、各地域の「関係人口」によって正和(ポジティブサム)に転換することも有り得るわけである。

注2 田中輝美『関係人口をつくる─定住でも交流でもないローカルイノベーション』木楽舎、2017年、沼尾波子(編)『交響する都市と農山村:対流型社会が生まれる』農村漁村文化協会、2016年、国土庁計画調整局『交流人口―新たな地域政策』大蔵省印刷局、1994年。

 二枚の百円玉を、親指と人差し指に挟んで速く動かすことで、三枚の百円玉に見せる、という手品(?)がある(注3)。机上(せいさく)論では、二人の人間も色々なところに顔を出せば、三人にも四人にも見える筈である。

注3 同じ発想で、国内の資金総量が一定であっても、地域間で高速にグルグル回せば、うまく行くように思われる(b)。もっとも、列島には資金は潤沢にあり、多くの消費者が充分な可処分所得を持たないため有効需要がなく、また、新たな需要を喚起できる技術革新も遅々としているので、投資先がないだけである。民間資金を無理矢理に地方環流させるのは無理筋である。

 問題は、人間を政策的に望ましい方向に、地域間を高速でグルグルと移動させることが可能か、である。従来、日本型企業においては、広域人事異動(配置転換)という企業内人事交流メカニズム(内部労働市場)はあったが、非正規労働が半分近い今日においては、地域間の人的移動は、外部市場経済のメカニズムに規定されてしまう。そして、今日の世界市場経済の論理は、大都市圏(プライメイト・シティ)「東京」一極集中である。「関係人口」に期待することは、移住の零和競争よりは「まし」であるが、蟷螂の斧の域を出ない。

 ミクロ的に、各自治体・各地域が「交流人口」を増やすように政策を展開するだろうし、して来たし、一部では成功するかもしれない。しかし、マクロ的に国が打ち出すべき政策は、一極集中指向の外部市場経済の強力な力学のもとで、定住人口も「関係人口」も減少するかもしれない地域社会や自治体への対処方策である。「まひし」は、放っておいても自治体が自然に取り組むことを、単に寄せ集めて(「例話」)、あたかも国が政策を行っているかのごとき印象操作をして、国が本来的に行うべきセーフティネットの業務を忘却することである。こうして、第1期に加えて、第2期も国は無策のまま地域社会を放置することになる。

未来技術への逃避

「未来技術への逃避」のイメージ画像

 こうしてミライへの展望がないために、「新しい時代の流れを力にする」手品(?)として、Society5.0 の実現に向けた技術(=未来技術)に期待をするしかない。実際、資本主義経済の原動力は技術革新であり、その意味で新しい技術は常に追求されるだろう。そして、人口減少の基調をもとにしているいわゆる「2040構想」においても、破壊的技術に期待する技術振興(=信仰?)は共通してみられる。

 既知でミライは描けない以上、未だ来ていない「新しい」何かに救いを求めるのは自然である(救世主願望)。もっとも、AI(人工知能)によるシンギュラリティで破滅かもしれない。しかし、未来は我々の想定外のかたちで現れるだろう。それはそれで起きるだろうが、自治体が対処すべきは、実用化される未来技術を使って、地域住民に対する行政サービスの維持向上を図ることである。もっとも、それは安価・良質な行政サービスが可能になるというよりは、未来技術を官公庁に売り込む、官民の政策起業家や布教者の餌食になる可能性をも開く。

 それと同時に、実装化されつつある技術に合わせて、行政サービスを転換することが求められる。内燃エンジンの自動車が登場したことにより、行政は道路網の整備をせざるを得なくなった。同様に、自動運転・配送やドローンなど、新たな技術が実装化すればするほど、それに合わせた行政サービスの追加負担が大きくなる。未来技術によってミライは明るいとは限らない。未来技術は、それによる経済果実と財源調達を生む限りにおいて、未来技術を実装化するための行政サービスを可能とし、その限りにおいてしか未来技術は実装できない。

おわりに

 「第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」策定に関する有識者会議」(座長:増田寛也氏)は2019年3月11日に始まっていた。5月23日の第5回会議では「中間とりまとめ」がされた。そして、第1期「まひし」の検証を進めて、第2期の策定を進めるという。

 もちろん、東京一極集中は止まらず、希望出生率の達成などは無理であるが、国が「失敗」の自己検証しても、国を批判する主体はないので、国政は困らない。集権体制のもとではPBEM(Policy Based Evidence Making:政策に基づく証拠形成)は普通であるし、仮に、正確な検証をしても、EBPM(Executive Based Policy Making:政権意向に基づく政策形成)になる。国政の圧倒的な集権体制のもとでの自治体のミライは、KPIなどによる検証によって、干からびたミイラとして鞭打たれるようになろう。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。

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