「新・地方自治のミライ」 第76回 「スーパーシティ」というミライ
NEW地方自治
2025.02.19
本記事は、月刊『ガバナンス』2019年7月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに
2019年4月17日の第39回国家戦略特別区域(以下、「国戦特区」と略記する)諮問会議において、「スーパーシティ」の実現に向けて、国戦特区法の改正案を、今国会に提出する方針が示された(注1)。「スーパーシティ」に関する世間の関心は低く、報道も少ないという(注2)。しかし、地域住民や自治にも影響しうる大きな内容が含まれる。そこで、「スーパーシティ」構想について、検討してみよう。
注1 産経新聞電子版2019年4月17日01時04分配信。日本経済新聞電子版2019年4月17日19時30分配信。改正法案は2019年6月に国会提出されたが廃案となり、最終的には2020年5月に成立した。
https://www.chisou.go.jp/tiiki/kokusentoc/supercity/dai7/shiryou1.pdf
注2 岸博幸「久々の大改革「スーパーシティ特区」はなぜ報道されないのか」DIAMOND ONLINE 2019年3月1日配信。
「スーパーシティ」構想の内容

「スーパーシティ」(以下、「パーティ」と略記する)については、「「スーパーシティ」構想の実現に向けた有識者懇談会」の最終報告『「スーパーシティ」構想の実現に向けて』(2019年2月14日)での概要説明がある。「最先端技術を活用し、第四次産業革命後に、国民が住みたいと思う、より良い未来社会を包括的に先行実現するショーケースを目指す」ものとされる。
パーティでは、「丸ごと未来都市」を作ると称して、①個別分野に留まらず生活全般にまたがり、②一時的な実証ではなく未来社会での生活を先行して現実にする、③技術開発側・供給側の目線ではなく住民目線で追求する、とされている。そこで、世界に先駆けてパーティを実現し、世界にモデルを示すという。
具体像は、自動走行・配送、ドローン配達、キャッシュレス支払、PDS(パーソナルデータストア)、APIガバメント、AIホスピタル、オンライン診療、遠隔教育、エネルギー・水・ゴミなどのスマートシステム、ロボット監視などの生活全般である。2030年頃の未来社会の生活(域内は自動走行のみ、現金・紙書類なし(注3))を加速実現する。それを、ネットワークを最大限に利用して、住民コミュニティが中心となる新しい住民参加モデルを目指す、という。
注3 運転手付きで、自分の財布から現金で払ったことがなく、漢字も読めないし、面会も文書記録も残したくないので、紙文書を作らない、という生活である。その意味では、すでに一部の有力者にとっては未来社会ではない。
パーティ国戦特区

パーティの実現には、未来仕様の物理的・情報的インフラ整備が必要であり、そのためには規制特例が不可欠である。そこで、国戦特区制度を基礎にして、より迅速・柔軟に域内独自の規制特例を設定できるようにする。内閣府担当大臣・自治体首長・民間事業者で構成する強力な推進機関として、従前の国戦特区区域会議を充実・強化した、いわば「ミニ独立政府」を設け、強力な権限を付与するとともに、実質的な責任者に創造力・機動性ある人材を起用する。住民合意を促進できるビジョンとリーダーシップを備えた首長と、最新技術を実装できる企業の存在を前提に、ごく少数の区域を選定する。
そこで、国戦特区法を改正する(注4)。
注4 以下の内容はそのまま2020年改正法となった。
①パーティ構想を「先端的区域データ活用事業」の促進を図る「国家戦略特別区域データ連携基盤整備事業」として法定する(改正法案2条②Ⅲ)。
②パーティでは国・自治体は事業者にデータを提供する(28条の2・28条の3)。
③国戦特区区域会議は内閣府令に基づき規制特例措置を首相に求める(28条の4①)。
④国戦特区区域会議は内閣府令に基づき「住民その他の利害関係者の意向を踏まえ」(注5)て区域計画案を首相に提出する(28条の4②)。
⑤区域計画は担当大臣・利害関係者・自治体首長という国戦特区区域会議の全員合意による(28条の4③)。
⑥③を受けた首相は、国戦特区諮問会議の意見を聴き、関係行政機関に検討要請を行い、規制の特例措置の是非を判断する(28条の4④⑤⑥⑦⑩)。
⑦⑥の要請を受けた関係行政機関は、国戦特区諮問会議の意見を聴き、規制の特例措置の是非を判断し、首相に通知する(28条の4⑧⑨⑪)。
注5 検討段階では、「住民合意を証する書面」などが考えられていたが、法案上は何の保証もない。
「日本首長国連邦」と直隷市
規制にはそれなりの理由があるので、本当に特例解除が妥当なのかは、冷静な検討が必要であろう。しかし、第四次産業革命に乗り遅れまいという、情報(デジタル)資本主義者にとっては、民主主義的・法治主義的な議論がまどろっこしい。そこで、弱そうな一部の自治体を突破口とする。
パーティ構想推進者によれば、パーティは自由主義・民主主義社会では容易ではない(注6)。実際、カナダ・トロントでは苦戦しており、中国やドバイなどの国家資本主義や王様がいるところで先行している。「民主主義・自由主義の社会は、住民合意の必要性という制約」(八田達夫氏)がある。「不利(筆者注:民主主義・自由主義)な地理的な条件の下で戦闘を有利に運ぶための最前線の基地」にパーティはなる。パーティができれば、「経済的な意味」で「第四次産業革命の最前線にとどまれる」とされ、「政治的な意味」で「民主主義……の問題に挑戦する橋頭堡になる」という(竹中平蔵氏)。国家戦争主義者でもある。
注6 以下、2019年4月17日第39回国家戦略特別区域諮問会議(議事要旨)より。
現在日本の自治体には、アラブ首長国連邦のように、「首長」がいる。そこで、首長権力によって、パーティ事業者への地元住民のデータ提供の「合意」を取り付けることが、期待される。国家資本主義や王様に憧れるパーティ構想推進者とその後見役の官邸の意に沿う一部首長を利用して、「ミニ独立政府」を作る。もちろん、官邸等の意向に沿うので「独立」の真逆である。むしろ、官邸等に同じて「暴走」する首長に引率される「直隷」である。
国家情報(デジタル)資本主義者の焦燥感

パーティ構想推進者を駆り立てるのは、情報(デジタル)資本主義に乗り遅れたくない焦燥感である。コンピュータシステムの開発の世界では「スピーディ」「早急」「急ぐ」ため、最初から完成を目指さず、常に進化する。そのために、他と隔離して影響が広がらないようにしたサンドボックス(砂場)において、アジャイル(素早い)で作る。「どんどん変な横文字」が「わかる人たちが主役になる時代になっているので……こういう言葉を入れてアピールする」という(坂村健氏)。中高年が、時代の最先端の乱痴気騒ぎ(パーティー)に取り残されないようと焦っている。
実際、近代世界経済においては、国家が産業化の旗を振ってきたことも多い。ドイツ・明治日本のような後発資本主義国家、ソ連一国社会主義国家、戦後途上国の開発独裁国家、中国の改革開放・社会主義市場経済などである。成功することもあれば、失敗することもある。かつて、ソ連の計画経済に追いつかれると焦った西側諸国は、いまや、中国・アラブの権威主義的資本主義に「敗北」することを恐れているのであろう。そのような「自由・民主」という「不利」に恐れおののき、一部首長を使嗾(しそう)して、日本国内に「自由・民主」の「自決特区」であるパーティ国戦特区を作ろうとしている。要するに、自由主義・民主主義にも、資本主義・市場経済にも、自信を持てない人々である。しかし、実際には、どこかの国・地域で開発された技術は、単に模倣・導入されるだけである。
おわりに ──住民データ供出特区
現在の日本の自治体にも、こうした自信喪失は蔓延しているだろう。経済沈滞・人口減少と消滅可能性に嘖(さいな)まれる自治体は、やる気のある首長・有力者であればあるほど、現状への焦りが生じる。そして、杭州、ドバイ、シンガポール、トロント、ダボスなどの「世界漫遊」(注7)の豪華パーティーにでも行けば、ますますその気持ちを強くするだろう。
『グリム童話』よろしく、自治体は、「笛吹き」人間にミライを託しがちである。しかし、「笛吹き」人間に乱痴気騒ぎ(パーティー)を託してしまった後は、統制困難である。こうして、地域住民はデータの宝の山であるモルモット(ねずみの一種)として、「笛吹き」に引率されて消滅する。
注7 2019年2月6日第5回「スーパーシティ」構想の実現に向けた有識者懇談会、配付資料1「ダボス会議参加報告」、配布資料3「海外調査結果一覧」。
そうならないためには、遅れる勇気を持ち、遅れても大丈夫という自信を持ち、それを可能とする世間を作るしかない。そうでなければ、「笛吹き」の音色のなかでの首長判断や住民合意形成は、結論ありきで「パーティにイエスか?はいか?」しか問われないような、究極の選択の砂場にしかならない(注8)。
注8 2019年1月15日第4回「スーパーシティ」構想の実現に向けた有識者懇談会、配布資料2「「スーパーシティ」構想に関する特区法改正の考え方(案)」では、自治体議会と区域内住民投票(過半数)が示されていた。いうまでもなく、「過半数」は合意形成ではなく、単なる「多数派専制」である。なお、上述注4の通り、改正法案からは何の保証はなく、首長合意のみでよい。
Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。