「新・地方自治のミライ」 第38回 多様なき教育機会確保なるミイラとり

時事ニュース

2023.09.19

本記事は、月刊『ガバナンス』2016年5月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 本連載第33回(2015年12月号)において、「多様な教育機会確保」への議員立法へ向けた動きに15年9月15日素案(以下、「9.15案」)を題材にし、解説を加えた。

 さて、その後も各方面での反対論が強かったが、16年4月13日段階では法案に野党が了承したともいう。自治体現場では、議員立法の空家特措法のように、制定されると集権的影響が現場に及ぶことはある。そこで、今回も、この問題を採り上げてみたい。

3.11案の概要

 議員連盟では、「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会確保等に関する法律案(座長案)」(16年3月11日付、以下、「3.11案」とする)が示された。9.15案にあった「多様」という用語が消滅した。3.11案では、9.15案で特に批判の強かった個別学習計画の箇所が全面削除され、「第三章 不登校児童生徒に対する教育機会の確保等」に置き換えられた。

 全体は五章構成である。第一章は総則で、目的、定義、基本理念、国・自治体の責務、財政上の措置等を定める。第二章では、文部科学大臣が基本指針を定めることを規定した。第三章では、学校での取組への支援、不登校児童生徒に係る情報の共有の促進等、第四章は、主に夜間学校について規定する。第五章はその他の施策として調査研究、国民の理解の増進、人材の確保、教材の提供、相談体制の整備などを定める。

「不登校児童生徒」の選別

 3.11案は、「相当の期間学校を欠席する児童生徒のうち学校における集団の生活に関する心理的な負担その他の事由のために就学困難な状況として文部科学大臣が定める状況にあると認められる者」を「不登校児童生徒」と定義する(第2条2号)。不登校児童生徒という特別な児童生徒と、それ以外と、2集団に選別する。しかし、現実には、いじめ、貧困、学校の抑圧的空気などにより、不登校にならずとも「学校生活上の困難を有する児童生徒」(第8条)は相当数に上る。また、学齢期間に様々な困難を抱えない児童生徒の方が珍しい。自殺に追い込まれる児童生徒も後を絶たない(注1)。にもかかわらず、3.11案は、人為的に不自然な区分を導入する。

注1 内閣府『平成27年版自殺対策白書』によれば、「18歳以下の自殺は、学校の休み明けに多い」と分析されている。統計によれば、自殺が多いのは、夏休み明け(9月第1週)、新年度、ゴールデンウィーク明けである。自殺が少ないのは、夏休み期間、正月休み期間、ゴールデンウィーク期間である。自殺が傾向的に減少するのが、夏休み直前(7月中下旬)、年末(12月後半)、3学期(1月下旬から3月)である。

 そうした2区分が、必ずしもスティグマをもたらさないならば、法政策技術的なサービス対象の認定に留まろう。しかし、不登校児童生徒は「教育の機会が確保」(第2条1号)されないという前提に立って、「個別の状況に応じた必要な支援」(第3条2号)をする。いわば、不登校にさえならなければ教育機会が確保されたと看做す。逆に、不登校とは教育機会の欠如とレッテルを貼る。いわば、「不登校児童生徒」にダメ出しをする。

 本来、学習は子どもの権利であり、権利とは行使することもしないことも本人の裁量である。したがって、「不登校児童生徒」などという人間集団は存在しない。カネを持っている財産権は、使おうと貯めようと、本人の権利である。学習をしようと思ったら学習できるようにするのが、教育機会確保である。学習したくない人に無理やり学習をさせるのは、教育機会確保ではない。もちろん、未成年であるから、十全な権利主体とは言えないかもしれないが、3.11案は子どもの権利の側面への配慮が全く欠けている。

 依然として3.11案は、子どもに登校義務があり、不登校は義務違反であるという世間の俗説に呪縛されている。本人が行使しない権利について、不行使が欠陥であると、法律で規定しようとしている。

劣等処遇と圧迫感

 「不登校児童生徒」は、教育機会確保という〝善意〟の理念に基づいて、「その実態に配慮して特別編成された教育課程に基づく教育を行う学校」(第10条)に送り込まれる。それが、「学校において不登校児童生徒に対する適切な支援が組織的かつ継続的に行われる」(第9条)ための、一つの手段である。そもそも、「不登校児童生徒」が、〈特別編成学校〉に〝通学〟すること自体が、概念矛盾である。何でもいいから通学させたいという為政者の強要の意思が、不登校児童生徒及びその家族にのしかかり、さらに追い詰める。

 〈特別編成学校〉は、普通の学校に登校できない落伍した児童生徒を対象とする〝二級学校〟として、普通の学校を当然視する教師・児童生徒・保護者・世間・政治家などの間では、位置づけられる。〈特別編成学校〉に通う児童生徒には、〝二級〟という劣等感を与える。〈特別編成学校〉に対しても不登校する児童生徒は、「特別に配慮」されたはずの〝二級学校〟にさえも通えないとして、さらに劣等感を与えられる。「学校生活上の困難を有する」(第8条)ものの、何とか体に鞭打って通学していた児童生徒には、〝二級学校〟への〝転校(落)〟の恐怖がさらに学校生活を辛くする。そして、教師は、こうした児童生徒に「個別の状況に応じた必要な支援」(第3条2号)として〝二級学校送り〟を「支援」して、さらに児童生徒を追い詰める。

追跡管理

 不登校を生み出す圧迫要因は、現在の学校の在り方、および、登校するのが当然だという意識である。しかし、3.11案は、それらを是正する内容を全く持っていない。そして、この圧迫要因から避難している子ども及びその家族を、3.11案は追跡・非難しようとする。「命の非常口」とも呼ばれる不登校にまで、教育関係者の圧迫を〝善意〟でアウトリーチして、追い詰める。

 国・自治体は、「不登校児童生徒が学校以外の場で行う学習活動の状況及び不登校児童生徒の心身の状況を継続的に把握」(第12条)して、「当該不登校児童生徒及びその保護者に対する必要な情報の提供、助言その他の支援」(第13条)をすることで、家庭にまで追跡管理する。子どもと保護者が不登校を許されるのは、国・自治体が「個々の休養の必要性を踏まえ」(第13条)たときだけであり、子どもの学習する権利を行使する/しないだけだという発想は全くない。

 国・自治体は、「不登校児童生徒の支援の状況に係る情報を教職員、心理、福祉等に関する専門的な知識を有する者その他の関係者相互間で共有することを促進」(第9条)する。こうして、「不登校児童生徒」に選別されると、その情報は「不登校児童生徒」支援業界内で流通する。このブラックリストに載りたくない恐怖感が、さらに学校現場を覆うことになる。

おわりに

 議員連盟や民間推進団体は、もともとは、不登校や多様な教育の機会を重視し、学校教育一辺倒という現状に批判的な意識を持っていた。とはいえ、世間や政界には、依然として〝登校が当然〟〝通学は義務〟と思う勢力が存在し、妥協しなければ立法化ができないと後退を重ねてきた。その結果が、3.11案である。それでも、不登校法認に、風穴を開ける第一歩として意味があると考えていよう。

 しかし、現実に存在する〝登校が当然〟という意識を変えないで、それとの妥協で立法を目指している。その意識のままで、「不登校児童生徒」を定義し、個別対処を法定するや否や、当初の推進者の〝善意〟とは全く正反対に作用する。不登校状態を辛うじて放任されて、息を潜めて束の間の生存を得てきた児童生徒・保護者を劣等処遇と追跡管理に追い込み、また、学校で多かれ少なかれ苦労している児童生徒にさらなる圧迫感を与える。「ミイラ取りがミイラになる」状態は、さらに強まった。

 選挙が目睫に迫ると、国会議員は在庫一掃的に、法律を通すという行動原理がある。そして、拙速立法がなされれば、上記のような暗雲は市区町村の現場にいずれ襲ってくる。市町村職員及び受託団体は、不登校児童生徒の追跡に従事させられることになる。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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