ガバナンスTOPICS【イベントレポート】
【合理的配慮と共生社会の実現へ】第10回 ふじのくにニッポンの縁側フォーラム/イベントレポート
NEW地方自治
2025.02.19
(『月刊ガバナンス』2025年2月号)
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【ガバナンス・トピックス】
「小さな声」に寄り添う成熟した社会を目指して意見交換
──第10回ふじのくにニッポンの縁側フォーラム
社会福祉の課題などについて議論する「ふじのくにニッポンの縁側フォーラム」が1月11日、静岡市で開催された。現地とオンラインでのハイブリッド開催で、当日は全国から多くの人が集まった。今年のテーマは「小さな声、聞こえますか ~成熟した社会と合理的配慮~」。様々な立場での意見を交換し、理解を深めた。
多くの知見が共有された第10回縁側フォーラム。
社会の側のバリアをなくす
プログラムは、野澤和弘さん(植草学園大学副学長)の講演「カスハラ時代に考える『当事者の声』」からスタート。近年、福祉現場でも利用者から職員へのカスハラが横行していることから、対応マニュアルの作成など対策が求められるだろうと前置きしたうえで以下のように強調した。
カスハラを行うのは一部であって、多くは声をあげられない人たち。それを今一度認識する必要がある。虐待の現場で恐怖や無力感から声をあげられずにいる人たちの存在を守っていかなければならない
障害者虐待防止法では「家庭」「施設」「職場」の3拠点での虐待に通報義務を課している。このうち「職場」では、毎年1500件ほどの通報・届け出が発生しているものの、虐待認定されるのは3分の1程度で、ほとんどが経済的虐待である点を指摘。心理的虐待は立証が難しいため、認定されにくいのだという。
“障害者のくせに”という見えない心のバリアを取り除くことが『合理的配慮』の核心ではないか。支援する側・される側には心理的な権力構造がある。これを自覚し、彼らの人生を長い目でとらえて適切な支援を行うことが必要だろう。その際には支援者だけでなく、大きな声をあげられる当事者が、声をあげられない当事者を助けていくことも、真の共生社会につながる
と野澤さんは論じた。
続いて内閣府障害者施策担当参事官の古屋勝史さんが、2023年に改正された障害者差別解消法について解説。同法のもと禁止されている「不当な差別的取り扱い」、および24年4月から民間企業にも義務化されることになった「合理的配慮」を軸に、具体例を示しながら説明した。
様々な立場から「小さな声」を聞く
鼎談:劇団「風」のバリアフリー演劇について
午後はまず、江原早哉香さん(東京劇団集団「風」芸術監督)、小長井雅代さん(縁側フォーラム副代表)、野澤さんが鼎談。劇団「風」が上演するバリアフリー演劇について、実際に公演へと足を運んだ小長井さんの感想も交えながら話し合った。
「風」のバリアフリー演劇では、あらゆる人が演劇を楽しめるよう、舞台手話・字幕・音声ガイドなどの技術的なサポートはもちろんのこと、舞台にはスロープが設置され、開演前や開演中、観客も自由に上がれるようになっている。
小長井さんも開演前に舞台セットを触らせてもらえたり、楽屋を案内してもらえたりと“ウェルカム”な空気に驚いたという。
劇場では安全性に配慮しつつ、様々なものに出会い、感情を呼び起こせるよう工夫している。これが、自分にすら聞こえなくなっていた「小さな声」と触れ合うきっかけになればと、江原さんは期待を込める。「障害のある子をなかなか外に連れ出せなかったという親御さんからも『劇場でこんな自由にしてもいいのなら、どこへでも連れ出していけると思った』との声をもらった。演劇を通じ、多様な人々を受容できる地域が生まれていけば嬉しい」と話した。
「こどもの悩みを受け止める場に関するプロジェクトチーム」
続いてこども家庭庁支援局総務課長の山下護さんが、同庁での取り組みを紹介。24年6月に発足した「こどもの悩みを受け止める場に関するプロジェクトチーム」では、普段から子どもと向き合い関係を築いている支援現場の担当者らと意見交換などを行いながら、子どもの「小さな声」を受け止めるための体制を整えているという。
「麦の子」での発達支援や社会的養護の取り組み
次に、講演と縁側対談を実施。まず(社福)麦の子会理事長の北川聡子さんが、麦の子での発達支援や社会的養護の取り組みを紹介した。障害のある子どもたちの99%以上が通常学級で学ぶというイタリアのインクルーシブ教育や、“どのような境遇に生まれても国は育ちを保障する”というフランスの子育て支援などの例も取り上げながら、「子育てが上手くいかないのは当たり前。だからいろんな人で支え合うことが大事」と、福祉・医療・教育・行政等のさらなる連携に期待を寄せた。
3組による縁側対談
縁側対談では川口正義さん(子どもと家族の相談室寺子屋お~ぷん・どあ共同代表)が進行役を務める中、計3組が聞き手である北川さん、山下さんと対談した。
縁側対談の様子。3テーマに分かれて意見を交わした。
1組目
■北川明宏さん(静岡県こども未来課)
■海野美奈子さん(静岡市こども若者相談センター)
1組目は北川明宏さん(静岡県こども未来課)と海野美奈子さん(静岡市こども若者相談センター)で、ヤングケアラー支援について意見を交換。
北川明宏さんは、県が世帯支援に力を入れていること。また、より当事者に近いところで声を拾うため、行政ではなく民間にヘルプデスクを設置したことを紹介した。海野さんは「ある程度関係ができていないと、子どもの悩みを聞かせてもらうことは難しい」と言い、子どもの声を聞くことができる関係機関同士での横のつながり強化に努めていると話した。密な情報共有により、迅速に適切な支援へとつなげていくねらいだ。
山下さんから、「ケアラーへの支援ではなく、ケアが必要な人への支援を強化していくことが重要では?」との問いが出ると、北川さんは「ヘルパーを呼ぼうとしても、山間部で事業者がいない、他人を家に入れることに抵抗がある…など、既存のサービスではカバーしきれない場合もある。きちんと対話を続け、それぞれの世帯に合った支援をしていく必要がある」と話した。
2組目
■藁科誠さん(静岡市教職員・「CFSの会」所属)
■市川成章さん(静岡市教職員・「CFSの会」所属)
2組目は、静岡市の教職員で、CFSの会に所属する藁科誠さんと市川成章さん。
CFS(Child First Shizuoka)は教育関係者が集まり21年に発足した会で、不登校・虐待・ケースワークや授業の実践等について学びを共有し、子どもたちの安心・安全のために“育ち合う”場だ。
教員としての難しさを聞かれた市川さんは「学びや経験を得る中で“やりたいし、やらなければいけないけれどできないこと”が肩にどんどん積もっていく。スキル不足や日常業務の忙しさから手が回らない部分が多く、もどかしさを感じる」と吐露。これに対し北川聡子さんは「こうした熱意のある先生のお話を聞けて希望を感じた。教育と福祉、互いの課題を共有しながら、手を取り合っていけたら」と返した。
3組目
■望月浩世さん(静岡市こども園長)
■杉村佳代子さん((一社)てのひら副代表/静岡市SSWr・保育SWr)
3組目は望月浩世さん(静岡市こども園長)と杉村佳代子さん((一社)てのひら副代表/静岡市SSWr・保育SWr)が、静岡市で推進している保育SWr活用事業を紹介。
保育士は保育のプロであり、保護者との関係づくりなどにも高いスキルを有するが、関係機関とのケース連携や生活保護をはじめとする制度面については対応が難しい場合も多い。そうした部分に保育SWrが働きかけ、子どもの豊かな生活を支援しているという。北川聡子さんは「子どもや家庭の困り感をできるだけ早くに取り除くことは、子どもたちの健やかな成長を守るために大切な視点」とコメントした。
また、市の保育SWrはSSWrが務めていることから、幼保小連携のさらなる強化も期待されている。
川口さんの講話で締めくくられた本フォーラムは、「小さな声」に耳を傾け続ける人たちの深い学びの場となった。
(本誌/森田愛望)