「新・地方自治のミライ」 第71回 カジノ取りのカジノのミライ
NEW地方自治
2025.01.10
本記事は、月刊『ガバナンス』2019年2月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに
2018年7月に、特定複合観光施設区域整備法(通称、IR整備法、別名、カジノ整備法)が成立した。
カジノ解禁については、本連載第21回(2014年12月号)で論評した。そこでは、「当面、カジノ解禁推進法案が……成立していない……限りではまだ、日本の政官の国政為政者に一定の合理性が、辛うじて存在している……しかし、アベノミクスや地方創生の効果がなかったことが判明した暁には、カジノ解禁に飛びつく人が増える危険はある」と書いたところである。
不幸にしてその展望は当たったようである。そこで、今回は、カジノ解禁後のミライを考えてみよう。
カジノ整備法の内容
カジノ整備法は全251条の大法律であり、その全体像を紹介できないので、自治体に関わる点に絞っていきたい(注1)。
注1 例えば、権奇法「IR(カジノ)整備法の制定」『自治総研』2018年12月号、などを参照されたい。
第1に、国(国交省)の定める基本方針に即して、カジノ解禁区域を整備したい都道府県・政令指定都市(以下、府県並団体)は、IR区域整備実施方針を定める。実施方針には、IR区域の区域・規模、IR施設の種類・機能・規模、IR事業者の募集・選定に関する事項、カジノに伴う有害な影響の排除のための必要な施策・措置などを定める。
第2に、上記実施方針を定めるとき、およびIR事業者の公募選定のときには、協議会(注2)での協議、協議会が設置されていないときには立地市区町村および都道府県公安委員会と協議、をしなければならない。公安委員会・立地市町村が実施する施策・措置に関する事項については、それぞれの同意が要件である。立地市区町村の同意に関しては、条例によって議会同意を追加できる。民間事業者は府県並団体に実施方針を定めることを提案できる。
注2 協議会は、知事・政令指定都市市長、立地市町村長、都道府県公安委員会、住民、学識経験者、関係行政機関などで組織される。
第3に、府県並団体は、設置運営事業を行おうとする民間事業者と共同して、区域整備計画を作成し、国交省の認定を受ける。整備計画には、区域の位置・規模、事業基本計画、カジノの有害な影響を排除するための施策・措置に関する事項、入場料・納付金の使途などを定める。整備計画の策定の際には、実施方針と同様の協議・同意が必要である。整備計画の申請には、当該議会議決、および、都道府県のときにはIR整備区域を含む市区町村の同意(条例で議会同意要件を追加できる)、が必要である。実際には、民間事業者が整備計画案を作成することが想定されている。
第4に、区域整備計画の認定は最大3か所である。
第5に、認定を受けた府県並団体とIR事業者は、実施協定を締結して、国交省の認可を得る。実施協定には、設置運営事業などの具体的な実施体制・実施方法、国際的滞在型のための施策・措置、カジノの有害な影響の排除のための施策・措置などが盛り込まれる。
第6に、国および認定府県並団体は、事業者による徴収を通じて、それぞれ入場料3000円ずつを賦課する。また、カジノ事業者は、国庫および認定府県並団体に一定割合の納付金も納付する(注3)。入場料・納付金は一般財源であり、IR推進やギャンブル依存症対策などに限定されるわけではない。整備計画のなかに使途を記載する。
注3 なお、カジノ事業者などを規制・監督する内閣府の独立行政委員会であるカジノ管理委員会の経費の一定部分も、カジノ事業者が国に納付する。カジノ事業者の所為で発生する行政経費は、発生者負担で事業者から貰うのは当然ともいえるが、規制相手からカネを貰う行政機関で独立した監督ができるのか疑問も生じる。カジノ事業者から「みかじめ料」ならば、適正な規制というよりは、「活かさず殺さず」の寄生になろう。
有害・迷惑施設か歓迎施設か
カジノ事業はギャンブル依存症などが懸念される有害施設であるならば、立地自治体・住民からすれば、迷惑施設となろう。国内のどこかに必要だとしても、有害であるがゆえに近隣には来て欲しくないNIMBYならば、地元・所在自治体の同意を回避するように、法制度を設計するのが自然である。
例えば、原子力発電所に関しては、様々な地域振興施策と一体化することによって、実質的には地元自治体の了解を取り付ける慣行が存在しているが、少なくとも、公式の法制度(原子炉規制法・原子力規制委員会設置法など)には、地元自治体の同意を必要とはしない。
府県並団体の申請とは、要するに、地方自治体の拒否権・同意権を認めたということである(注4)。その意味では、少なくとも府県レベルの地元から歓迎される施設という政策判断があるのだろう。
注4 所在市区町村の同意は、府県並団体が区域整備計画の認定を求めて申請するときに必要である。実施方針・整備計画の策定のときは協議のみである。但し、市区町村の行う措置には、市区町村の同意が要る。
外部収奪への競争
カジノが歓迎施設なのは、地域の外部から来るはずのカジノ遊興客からカネを奪うことを想定しているからである。国・認定府県並団体は、入場料・納付金を「みかじめ料」として得る(注5)。カジノ事業者は「胴元(組)」として「寺銭」(=カジノ行為粗(組)利益=掛金総額マイナス顧客返戻金)が確実に得る。所在市区町村には域外から来るはずのカジノ客による消費や固定資産税が期待されるし、地元民の雇用や地元業者の受注の機会になるかもしれない。
注5 但し、日本国内に住所を有しない外国人からは入場料を得られない。
逆に言えば、地元住民のみがカジノ客であるならば、資金は国や域外事業者など外部に流出してしまう。カジノは他地域(ときに外国)の人々に負担を押し付けることでのみ、合利的に成り立つ仕組である。移住者獲得競争やふるさと納税競争など、近年の自治体に見られる行動原理と同じである。
認定への競争
移住者獲得競争やふるさと納税競争は、全国の自治体同士の「共食い」と「弱肉強食」である。しかし、認定カジノ区域は全国で最大3であるならば、「共食い」競争にはならない。3地域に限定されるならば、認定を受けようと自治体間で陳情合戦が起きる。その意味では、戦後日本に古典的な箇所付け競争や、国家戦略特区指定などの水平的競争と同じタイプになる。
認定数の限定された陳情競争では以下の現象が起きる。第1に、認定競争に勝つためには、地元の合意形成は「強力」かつ「迅速」であることが求められるため、異論を提起しにくくなる。慎重に熟議をすることは、為政者や経済界からの同調圧力によって、抑圧される。つまり、地元自治体の拒否権・同意権・協議権が法制上は認められているのに、実質的にそれを活用できない。
第2に、カジノ事業者は全国各地で条件のよい地域・自治体を物色するので、認定に前のめりになる地元自治体は、結局はカジノ事業者との交渉で不利になる。簡単に言えば、自治体はカジノ事業者のまえで水平競争に晒される。そのために、地元自治体はカジノ事業者に様々な便宜を提供せざるを得ない。
第3に、ギャンブル依存症を強調することは誘致合戦に不利に作用するので、忌避される。
第4に、弊害対策措置に費用を掛けることは、名目的な便益を減らすから、ギャンブル対策はほとんど採らなくなる。こうして社会的弊害は放置される。
第5に、仮に認定招致競争が激化した場合には、「地元自治体の要望が強い」などの理由により、認定数が増やされるかもしれない。この場合には、「共食い」競争も発生し、カジノの収益も低下し、地元自治体の利益も下がる。
おわりに
弊害を外部に輸出して、地元が潤うというカジノの「地元ファースト」の構想は、国民的には迷惑な話である。このイメージでのカジノとは、地元以外にとって迷惑施設である。ギャンブル依存症その他の社会問題が、域外に及ぶはずである。
しかし、普通に考えれば、カジノには地元住民も吸い寄せられ、地元にも社会問題は発生する。カジノに期待する地域経済は、普通は疲弊したところであって、カネと仕事のない住民は、一攫千金を夢見てカジノに通い、そして、大半は夢破れていく。とはいえ、観光イメージ戦略が必要であるがゆえに、社会問題を認めて対策できない。そして、カジノ経営の安定のために、ローカルJR路線を維持するために「乗って残そう」よろしく、「擦って残そう」の地元運動をせざるを得なくなる。こうして、ミイラ取りがミイラ化するように、地元自治体は、カジノ取りのカジノ化に直面する。
Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。