自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[77]「首都直下地震等による東京の被害想定」を読み解く(2) ── マンション防災
地方自治
2023.04.05
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2022年8月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
東京都の中高層住宅の現状
東京都の「首都直下地震等による東京の被害想定」報告書について深掘りを続ける。第2回目はマンション防災についてである。
マンション化率とは、世帯数に占める分譲マンション戸数の割合で、東京23区は31.97%(2020年、東京カンティ調査)である。これに3階以上の中高層の賃貸住宅、公的住宅を加えると、中高層住宅に居住する世帯は優に半数を超える。都心区では8割以上とも言われる(正確なデータがないのが残念)。なお、本稿では所有形態にかかわらず、中高層住宅をマンションと表記する。
東京においてはマンション防災の重要性が極めて高いが、建築基準法、中高層住宅の条例や指導要綱、消防法によるハードの法規制はあるものの、備蓄などのソフト対策は啓発どまりであり、実質的に自助に任されている。
東京LCP住宅と被害想定
阪神・淡路大震災や、東日本大震災、熊本地震などでは、マンションそのものが損傷を受けていなくても、停電、断水やエレベーターの運転が停止し、結果として自宅での生活の継続が難しい状況になった者も多い。
そこで、2020年9月、災害時において救援物資が供給されるまでの間、自宅での生活を継続するために防災マニュアルや防災訓練、備蓄等の防災活動による備えを行っている「東京都LCP住宅」制度が施行された。しかし、ホームページで確認する限りではあるが、2022年4月時点で登録件数は6件にとどまる。
停電率
都の被害想定による停電率は、都心南部地震夕方で最大で11.9%となっている。しかし、丁寧に見ると次のような条件付きである。
〈結果の総括〉
□配電設備被害による停電率は都心南部直下地震(冬・夕方、風速8m/S)のケースで最大となり、都内の停電率は平均で11.9%と想定される。
□配電設備被害による停電の復旧完了(*)は約4日後になると想定される(*延焼による停電を除く)。
□拠点的な施設・機能(発電所、変電所、及び基幹送電網等)の被災は、定量評価結果には含まれていないため、被災状況により、被害が大幅に増加し、復旧期間が長期化する可能性がある点に留意する必要がある。
□なお、こうした定量化できていない被害の影響等については、過去の被害等を踏まえ被害様相を作成した。
その定性的被害様相は次のとおりである。
○震度6弱以上で発電所が概ね運転を停止すると、需要に対し供給能力が不足し、より広範囲な地域で停電が発生し、ブラックアウトになる可能性がある。
□発災直後の需給バランスの調整のため、発電所の発電量を抑制する場合があるが、供給量はすぐには回復できないため、電力需要が回復しても、供給が追いつかず、停電地域がさらに拡大する可能性がある。(中略)
○職員自身が多数被災したり、他地域からの応援要員、燃料、運搬車両、工事車両、管路の資材等の人的・物的資源が不足した場合、復旧が進まない可能性がある。
□ 電力のほか、上・下水道やガス等の他のライフライン施設も損傷している地域では、復旧箇所の調整のため、工事開始が遅延する箇所が発生する。(後略)
過去の災害を見ると、こちらの方が実相に近いのではないか。被災地では、電力の復旧活動を行う電気工事車両等が頻繁に往来している。道路啓開がなければ、おそらく全く復旧できない。また、公共交通機関が止まり、緊急輸送道路を使えない状態で復旧工事の作業員はどうやって来られるだろうか。さらに、発電所では水が不可欠だが、断水状態でどれだけできるか不安がある。
人と防災未来センターの寅屋敷哲也主任研究員の最新の研究によれば図1のように「復旧は1か月程度では済まず、数か月以上といった時間を要する可能性もある」という。
トイレが最大の課題
停電による影響は多方面にわたり、極めて甚大であるが、マンションにおいてはトイレが使えないことがすぐに課題となる。人は1日に5回程度トイレを使うが、室内のトイレが使えなければ、そのたびに地上に降りて避難所等のトイレに行くことになる。高齢者や障がい者で、しかも中高層に住んでいる人はまさに死活問題だ。
都の被害想定「身の回りで起こり得る災害シナリオと被害の様相」において、「マンション等の集合住宅では、水道が供給されていても、排水管等の修理が終了していない場合、トイレ利用が不可」「家庭内備蓄をしていた携帯トイレが枯渇したり、トイレが使用できない期間が長期化した場合、在宅避難が困難化」と課題を挙げている。在宅の高齢者や障がい者がトイレを求めて避難所に移ろうと思っても、おそらく満員で入れない。まさにトイレ難民が地上に溢れることが容易に想定できる。
東京・大阪における「備蓄している災害用トイレを利用する」割合は図2のとおり、わずか15.6%に過ぎない。これを少なくとも水の備蓄並みに5割、6割に上げなければならない。
東京では多くの働き手がマンションに住んでいる。その社員、家族がけがをしたり、残された家族の生活が困難であれば出勤できず、働けない者が多くなる。すなわち、マンションが安全安心であることが、企業・自治体・団体等のBCPの前提となる社会インフラなのだ。それが、自助に任され、問題が十分に見えないのが課題だ。
早急に、トイレ問題をはじめ、家具転倒防止など当たり前の対策がきちんと都民ができるように、具体的な行動計画を打ち出していただきたい。なお、東京都におけるマンション防災の所管は東京都総合防災局なのか、それとも住宅政策本部なのかよくわからない。所管を明確に決めることから始める必要がある。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。