自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[56]高齢者、障がい者等の避難制度を考える──内閣府サブワーキンググループの検討から⑶
地方自治
2021.09.08
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[56]高齢者、障がい者等の避難制度を考える──内閣府サブワーキンググループの検討から⑶
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2020年11月号)
内閣府「高齢者等の避難に関するサブワーキンググループ」は9月25日に第5回会合を開き、中間とりまとめ(案)について議論し、中間報告を作成した。ここでは、課題と制度面での対応の方向性について重要な点を整理して紹介したい。なお、わかりやすくするため、原文ではなく要約して記述する。
中間報告(要約)
避難行動要支援者名簿
【課題・背景】
・避難行動要支援者名簿(以下、「名簿」という)は98.9%の市町村で作成されているが、自ら避難できる者が含まれていたり、名簿に掲載すべき者が漏れている場合がある。
・名簿情報は、たとえば社会福祉協議会に関しては3割程度しか共有されていないなど、共有が進んでいない。
【対応の方向性】
・名簿に掲載すべきものが漏れないことが重要であり、福祉専門職、かかりつけ医、町内会等地域の鍵となる人や団体との連携が重要である。
・市町村地域福祉計画にも「避難行動要支援者の把握及び日常的な見守り・支援の推進方策」が挙げられており、福祉と防災施策の連携により名簿の活用を進めることが重要である。
個別計画
【課題・背景】
・名簿に掲載されている者全員について個別計画の策定を完了している市町村は12.1%、一部について策定が完了している市町村は50.1%である。
・大分県別府市や兵庫県内の市町では、介護支援専門員等の福祉専門職に、業務として協力を得て、実効性のある個別計画を策定している。
【対応の方向性】
・個別計画の策定を更に促進するためには、制度的な位置付けを明確化することが必要である。
・市町村によっては、当分の間は新規策定を要する方が多数に上り、一時に策定するのが困難なため、段階的に策定せざるを得ない実情に配慮する必要がある。
・関係者のうち、特に介護支援専門員や相談支援専門員は、日頃からケアプラン等の作成を通じて、避難行動要支援者本人の状況等を把握しており、信頼関係も期待できる。このため、個別計画の策定においても、福祉専門職の業務として位置付け、参画を得ることが重要である。
・避難行動要支援者本人も参加する会議を開催し、福祉専門職や地域住民が必要な情報を共有し、調整を行うことが望ましい。
・個別計画策定の優先度は、ハザードの状況、当事者本人の心身の状況、独居等の居住実態や社会的孤立状況などが挙げられるが、ハザードマップ上、危険な場所に居住する者については、特に優先的に策定すべきである。
・自治体間で格差が生じないよう、市町村の個別計画策定の取組について財政的に支援することが重要である。
・個別計画策定の普及に当たっては、国がモデル地区を設定しPDCAを意識した取組を実施することにより、課題抽出、検証、改善を行い、全国展開することが重要である。
福祉避難所等
【課題・背景】
・福祉避難所が二次避難所として運用される場合には、高齢者や障害者が、発災後、直ちに直接の避難ができないとの指摘がある。
・障害者は、一般避難所で過ごすことが困難であるため、平素から利用している施設へ直接に避難したいとの声がある。
・障害児の避難先について、熊本市では、平成28年熊本地震の経験を踏まえ、市内の特別支援学校との協定に基づき、「福祉子ども避難所」制度が平成31年に創設されている。これにより、特別支援学校の在校生とその家族及び未就学の障害児とその家族が、特別支援学校への直接の避難が可能とされている。
【対応の方向性】
・福祉避難所等への直接避難について、熊本市の事例もあり、事前に避難先である福祉避難所等と受入れ対象者の限定や、受入れ者の調整を行って直接避難ができるよう検討を行う必要がある。
・特別支援学校は、障害児や家族が避難する福祉避難所となることも想定されるが、自治体が、人材の確保や備蓄等について必要な支援を行うことを検討する必要がある。
・市町村内だけで福祉避難所など要配慮者が避難できる避難所を確保することが困難な場合には、県が調整し、広域的に確保する取組が必要である。
地区防災計画
【課題・背景】
・地区住民等が地区防災計画素案を作成する際に、住民等の機運を高め、助言・誘導できるような計画作成支援者(地域での防災関係の有識者、市町村職員など)が不足している。
【対応の方向性】
・地区防災計画においては、防災、福祉など様々な分野の方が関わったインクルーシブな計画とし、災害危険度の高いところから優先的に策定することが重要である。
・地区防災計画においては、地域防災の担い手づくりを支援する仕組み、及びこうした支援人材を育成する仕組みを考えることが重要である。
災害時、誰一人取り残さない社会を目指して
国レベルでの高齢者・障がい者等の避難制度の検討は、2004年の新潟・福島豪雨災害を機に始まった。非公式の打ち合わせのとき、すべての自然災害、すべての災害時要援護者(現在は、要配慮者)を対象にすると、検討時間が足りなくなるので、まずは避難時間に余裕がある水害、数の多い高齢者を対象ではどうか、との事務局の提案があり「それは、そうですね」と安易に応じてしまった。その後の2年間の検討も経て、災害時要援護者名簿の整備、共有や避難支援ガイドライン(全体計画と個別計画)の作成を経たところで検討は終了した。
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、やはり高齢者、障がい者の死亡の割合が高かった。私たちは慟哭した。なぜ、あの打ち合わせの時、せめて早く逃げれば助かる津波や土砂災害を加えるべきだと言わなかったのか。もし、名簿の整備・共有、避難支援ガイドラインが津波被災地で完全にできていたら、どれだけ多くの人を救えただろうか。
本当に大事なことが、素知らぬ顔で私たちの目の前を通り過ぎていったのだ。私たちはうかつだった。申し訳ない、一生をかけて償わせていただきたい、と固く決意した。
避難行動要支援者の個別計画で重要な問題は、要支援度の高い人にはケアマネなど福祉専門職が日常的に関わっているのに、個別計画に関与していないことだ。一方で、別府市や兵庫県は、福祉専門職に業務としての対価を支払って個別計画を作成してもらい、大きな成果を上げていた。
個別計画作成における福祉専門職の関与が、大きな方向性となって検討が深まった。委員の間で、これに疑義を呈するものは皆無であった。そして、モデル事業でPDCAサイクルを回しながら、全国展開することが確認された。
他にも、福祉避難所への直接避難、特別支援学校を障がい児の福祉避難所に指定する、地区防災計画作成を進める人材を育成する、など新たな観点が盛り込まれている。
私見だが、ハザードの危険な地域(津波、水害、土砂災害等を問わず)に住んでいる避難行動要支援者は100%、実効性のある個別計画を作成すべきだ。これ以外の高齢者、障がい者等は、地区防災計画、マイタイムラインなどにより自助・共助で確実に避難できる計画を立てる。
目標は、地域の総力を挙げて、災害時に誰一人取り残さない社会を築くことだ。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。