感染症リスクと労務対応

弁護士法人淀屋橋・山上合同

【労務】感染症リスクと労務対応 第12回 感染症対策のために変形労働時間制を導入するには?

キャリア

2020.05.03

新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)

感染症対策のために変形労働時間制を導入するには?

(弁護士 下川拓朗)

【Q12】

 ウイルス等感染症の対策のため、イベントの中止や学校の休業、事業活動の閉鎖や縮小などの影響を受けて、労働時間が増減する事態が考えられます。その場合に労働基準法の労働時間の上限を超えないようにするため、変形労働時間制を導入したり、内容を変更したりするにはどうしたらよいでしょうか。

【A】

 「変形労働時間制」の制度を確認した上で、「1年単位の変形労働時間制を導入する際の主な留意点」「変形労働時間制の内容変更」について、それぞれ解説していきたいと思います。

1 変形労働時間制とは

 変形労働時間制は、単位となる期間内(1週間、1か月間、または1年間)において、所定労働時間を平均して週法定労働時間を超えなければ、期間内の一部の日または週において所定労働時間が1日または1週の法定労働時間を超えても、所定労働時間の限度で法定労働時間を超えたとの取扱いをされない制度です。
 具体的には、①1か月以内の期間の変形労働時間制(労基32条の2第1項)、②1年間以内の期間の変形労働時間制(同法32条の4)、③1週間単位の非定型的変形労働時間制(同法32条の5)があります。なお、③は規模30人未満の小売業、旅館、料理・飲食店の事業しか採用できません。
 今般のウイルス等感染症に関連して、人手不足のために労働時間が長くなる場合や、事業活動を縮小したために労働時間が短くなる場合については、変形労働時間制を導入することが考えられます。
 たとえば、1年間以内の期間の変形労働時間制(労基32条の4)についてみると、労使協定において、1年以内の変形期間を平均して1週間あたりの労働時間が40時間を超えない範囲内で、1週に1回の休日が確保される等の条件を満たしたうえで、労働日および労働時間を具体的に特定した場合、特定の週および日に1日8時間・1週40時間の法定労働時間を超えて労働させることができるとされています。
 そこで、以下では、1年単位の変形労働時間制導入におけるポイントをみていきます。

2 1年単位の変形労働時間制を導入する際の主な留意点

(1) 要 件
 1年以内の期間の変形労働時間制は、事業所の労使協定によって制度内容を定めることを要し、具体的には、以下の点を明確にして定める必要があります。
① 対象労働者の範囲(労基32条の4第1項1号、労基則12条の2第1項)
② 対象期間および起算点
1か月を超え1年を超えない対象期間を、その起算日を明らかにして定める必要があります(労基32条の4第1項2号、労基則12条の2第1項)。
③ 特定期間(特に業務が繁忙な時期)
・対象期間中の特に業務が繁忙な時期を特定期間と定めることが可能です。
・連続労働勤務日数は原則6日間ですが、特定期間を設けた場合には最長12日間とすることができます。
④ 労働日および労働日ごとの労働時間
対象期間を平均して1週あたりの労働時間が40時間を超えないように、対象期間中の労働日と各労働日の所定労働時間を定める必要があります。
⑤ 労使協定の有効期間(労基32条の4第1項5号、労基則12条の4第1項)
以上を労使協定で定めたうえ、所管労働基準監督署に届け出ることを要します(労基32条の4第4項)。
 なお、常時10人以上を要する事業者が、1年以内の期間の変形労働時間制を採用する場合には、上記のような労使協定等による変形労働時間制の内容の定めに加えて、就業規則において、始業・就業事項の記載をしなければなりません(労基89条1項)。ただし、1か月以上の区分期間を設ける場合には、就業規則においては、始業・就業時刻の類型とその組み合わせ方、これらによる勤務割の作成・明示の仕方を定めておけば足りるとされています(平成11年1月29日基発45号)。

(2) 時間外労働となる時間とその上限
 変形労働時間制において時間外労働となる時間は、1か月以内の期間の変形労働時間でも同様ですが、①8時間を超える所定労働時間を定めた日はその所定労働時間を、それ以外の日は8時間をそれぞれ超えて労働させた時間、②40時間を超える所定労働時間を定めた週は、その所定労働時間を、それ以外の週は40時間をそれぞれ超えて労働させた時間(①の時間外労働時間を除く)、③単位期間の総労働時間のうち同期間の法定労働時間の総枠を超える労働時間(①、②の時間外労働時間を除く)となります。

(3) 変形労働時間制の適用の制限
 変形労働時間制は所定労働時間の不規則的配分や弾力的配置を内容とするものであるため、労働者によっては、これに適応することが困難な場合もあります。そこで、労働基準法は、①妊産婦についての適用制限の規定(同法66条1項)に加え、②育児を行う者、老人等の介護を行う者、職業訓練または教育を受ける者その他特別の配慮を要する者に対し、これらの者が育児等に必要な時間を確保できるように配慮しなければならないとしています(労基則12条の6)ので、この点、留意してください。

3 変形労働時間制の内容変更

 ウイルス等感染症対策により、1年単位の変形労働時間制をすでに採用している事業場において、当初の予定どおりに1年単位の変形労働時間制を実施することが困難となる場合も想定されます。1年単位の変形労働時間制は、対象期間中の業務の繁閑に計画的に対応するために対象期間を単位として適用されるものであるので、労使の合意によって対象期間の途中でその適用を中止することはできないと解されています。
 しかし、ウイルス等感染症への対策による影響に鑑みれば、当初の予定どおりに1年単位の変形労働時間制を実施することが企業の経営上著しく不適当と認められる場合には、特例的に労使でよく話し合ったうえで、1年単位の変形労働時間制の労使協定について、労使で合意解約をしたり、あるいは協定中の破棄条項に従って解約し、あらためて協定し直すことも可能と考えられます(令和2年3月17日付厚生労働省発基0317 第17 号、厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)・令和2年4月28日時点版」5・問1参照)。
 ただし、この場合であっても、解約までの期間を平均し、1週40時間を超えて労働させた時間について割増賃金を支払うなど協定の解約が労働者にとって不利になることのないよう留意が必要です。

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弁護士法人淀屋橋・山上合同は、あらゆる分野の法律問題について、迅速・良質・親切な法的サービスを提供している法律事務所。2020年3月現在64名の弁護士が所属。連載を担当したメンバーは、主に企業側に立って、雇用や労働紛争に係る相談対応、法的助言から裁判手続、労働委員会における各種手続の代理人活動等を行っている。

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