保育者のリアルなお悩み、弁護士が解決します!

吉永公平

保育者のリアルなお悩み、弁護士が解決します! 第5回 ②事故と保育園の責任(2)具体的な事故の考え方

ぎょうせいの本

2022.06.08

連載 保育者のリアルなお悩み、弁護士が解決します!

弁護士・春日井市総務部参事
吉永公平

第5回 ②事故と保育園の責任(2)具体的な事故の考え方

「責任・過失・謝罪」から考える

 今回は、保育園において法律が関係する場面として第1回でご紹介した①~⑨のうち、②事故と保育園の責任の続きを解説します。前回解説しました「責任・過失・謝罪」の理解をベースにして、具体的な事故における保育園の責任についての考え方を身に付けましょう。

園児が転倒した場合

 保育園による保育中に園児が転倒した場合、言葉としてはまさに「保育中の事故」です。保育士の中には、「保育中の事故は、どのような場合でも保育園の責任になり、謝罪をしなければならない」と思い込んでいる方がいるかもしれません。しかし、この「責任」と「謝罪」の意味が重要です。保育園が「道義的責任」ではなく「法的責任」を負うのは、保育園に「過失」(落ち度・不注意)がある場合です。この場合は「非を認める謝罪」をする必要があります。一方、保育園に「過失」がなければ、保育園は「法的責任」を負わず、「道義的責任」を負う余地があるのみです。この場合は謝罪をするとしても「感情に配慮した謝罪」となります。ここまでは前回の復習です。  

 前回の復習をベースにすると、保育園の責任に関する考え方の出発点は、保育園の「過失」の有無です。そうすると、保育園の「過失」の有無はケースバイケースとなりますので、保育園の「法的責任」の有無や「非を認める謝罪」の要否もケースバイケースとなります。

 たとえば、保育士が後方不注意のまま後ろに下がったところ、園児にぶつかってしまい、園児が転倒したケースを考えてみましょう。この場合は、保育士が後方に注意していれば園児にぶつからず、園児の転倒を避けることができたといえます。そのため、保育士=保育園に「過失」があったといえ、保育園は「法的責任」を負います。「非を認める謝罪」も必要になります。

 一方、何も障害物がない平らな場所で園児が転倒したとしたら、成長過程における園児の歩行の未熟さが転倒の原因といえます。保育園がこのような園児の転倒を防ぐことは、園児に「歩くな」と指示するか、保育士が付きっきりで園児が転倒した直後に体を支えでもしない限り困難です。そのため、保育園に「過失」はなかったといえ、保育園は「法的責任」を負いません。保育園としては、園児の転倒を防げず心情的に申し訳ないという立場にとどまりますので、「道義的責任」を負うのみであり、「感情に配慮した謝罪」をすることになります。

ある園児が他の園児を転倒させた場合

 ある園児が他の園児を転倒させた場合、被害者も加害者も園児となります(転倒に至る経緯は様々なものがあるでしょうが、ここでは単純化して「被害者」「加害者」と表現します)。保育園の関わりとしては、被害者である園児を守れなかったという側面と、加害者である園児を止められなかったという側面の両面があります。前者の側面は、上記の転倒事故と同様です。後者の側面は、保護者による家庭保育と保育園による施設保育の両者によってカバーされる問題となります。

 たとえば、ある園児が他の園児とケンカをしており、保育士がその様子に気付きながら止めなかったところ、ある園児が他の園児を突き飛ばして転倒させたケースを考えてみましょう。この場合、保育士が園児のケンカに気付いてからすぐにケンカを止めていれば、突き飛ばしによる転倒まで至らなかった可能性が高いといえます。そのため、保育園に「過失」があった可能性が高く、「法的責任」を負う可能性が高いです。「非を認める謝罪」も必要になる可能性が高くなります。

 一方、ある園児が他の園児を突発的に突き飛ばして転倒させたとしたら、保育士としては、突き飛ばしによる転倒を防ぐ機会さえなかなかありません。そのため、保育園に「過失」はなかった可能性が高く、保育園は「法的責任」を負わない可能性が高いです。保育園としては、「道義的責任」を負うにとどまり、「感情に配慮した謝罪」をすることになる可能性が高いといえます。

 ただし、園児のケンカも成長の機会ともいえるため、どの時点で保育士がケンカを止めるべきかという点や、ある園児が他の園児を普段からよく突き飛ばしていた等の事情があったらどうか等、保育園の「過失」の有無を検討する際には、考慮すべき点が少なくありません。上記の解説も「可能性が高い」という表現にとどめています。まさにケースバイケースで「過失」の有無を判断する必要があります。「過失」の有無の判断が困難な場合は、保育園の現場だけではなく、公立園の保育課職員や私立園の本部職員、場合によっては弁護士も交えて検討すべきでしょう。弁護士も交えた検討は、第3回で解説した「チーム保育園」の一場面でもあります。

 また、どちらのケースでも、加害者としてのある園児の保護者による家庭保育の問題のうち、「ある園児の保護者も『法的責任』を負うか」という問題は残ります。しかし、保育園は裁判所ではありませんので、保育園以外の立場の方の「法的責任」につき、保育園が検討する必要はありません。保育園としては、ある園児の保護者に対し、家庭保育でも気を付けていただくよう伝えるという、子育て支援としての関わり方をすることになろうかと思います。

登園・降園時における事故の場合

 登園・降園時は、「誰が園児の安全を引き受けているか」がポイントとなります。そのことが保育園の「過失」の有無の前提となります。登園前・降園後において保育園の敷地外に園児がいれば、「園児の安全を引き受けているのは保護者」であることは当然です。また、保育園の敷地内に園児がいても、登園の際に保護者から保育士に園児を引き渡す前や、降園の際に保育士から保護者に園児を引き渡した後であれば、やはり「園児の安全を引き受けているのは保護者」です。つまり、これらの段階では、保育園は園児の安全を引き受けていません。そのため、園児に事故が発生しても、原則として保育園に「過失」はなく、保育園は「法的責任」を負いません。「道義的責任」も負わないケースが多いでしょう。  

 ただし、保育中の園児が「保育園が安全を引き受ける前の園児や、保護者に安全を引き渡した園児」に危害を加えた場合は、保育園は保育中の園児の加害行為を止められなかったことにつき、「過失」の有無を問われることになります。保育園に「過失」があれば、保育園は「法的責任」を負い、「非を認める謝罪」をする必要があります。

保育園・保育士は責められやすいが…

 園児に事故が起こると、保育園・保育士は保護者からも社会からも責められやすい立場にあるのが現状です。しかし、事故を一つ一つ詳細に検討していけば、園児の成長過程において避け難い事故や、国が定める保育士の配置基準が低水準であるため、そもそも十分な保育体制を構築できない等の事情により発生してしまった事故もあると思います。常に保育園・保育士が責められるのは間違いであり、問題の本質が見えなくなるおそれさえあるように危惧しています。事故と保育園の責任につき、正しい考え方(手段)と正しい評価(結論)が必要です。

 次回は、③事故以外の保育園の運営に関するトラブルについて解説します。

[著者プロフィール]

吉永公平(よしなが・こうへい)
名古屋大学法学部卒業、名古屋大学法科大学院修了後、2012 年弁護士登録。法律事務所にて勤務した後、2014 年春日井市入庁。現在、総務部参事。職員からの法律相談や職員研修、庁内報の発行、要保護児童対策地域協議会(実務者会議)への参加等を主な業務としている。兼業として、中京大学総合政策学部(地方自治法)・名古屋学院大学法学部(情報法)・名古屋大学法学部(法曹養成演習Ⅳ実務)非常勤講師や、他の自治体や劇場での研修講師も務める。愛知県弁護士会行政連携センター運営委員会委員。1児の父として約3か月の育児休業を取得。

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『ズバッと解決! 保育者のリアルなお悩み200 園児の呼び方から送迎トラブル、園内事故まで』
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(発行年月: 2022年4月/販売価格: 2,310 円(税込み))

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吉永公平(よしなが・こうへい) 名古屋大学法学部卒業、名古屋大学法科大学院修了後、2012 年弁護士登録。法律事務所にて勤務した後、2014 年春日井市入庁。現在、総務部参事。職員からの法律相談や職員研修、庁内報の発行、要保護児童対策地域協議会(実務者会議)への参加等を主な業務としている。兼業として、中京大学総合政策学部(地方自治法)・名古屋学院大学法学部(情報法)・名古屋大学法学部(法曹養成演習Ⅳ実務)非常勤講師や、他の自治体や劇場での研修講師も務める。愛知県弁護士会行政連携センター運営委員会委員。1児の父として約3か月の育児休業を取得。

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