「新・地方自治のミライ」 第45回 続・「法力」装置と国・自治体間紛争のミライ

時事ニュース

2023.11.21

本記事は、月刊『ガバナンス』2016年12月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 前回、2016年9月16日の福岡高裁那覇支部判決を、行政学的に論評した。その後、沖縄県側は9月23日に最高裁に上告をしたので、本件は確定はしていない。

 本件紛争自体は、辺野古基地建設を巡る沖縄固有の問題であり、全国の自治体にとっては、対岸の火事かもしれない。しかし、2000年分権改革は、国と自治体の対等・協力関係の構築を目指した。その関係を前提にするならば、国と自治体の政治的見解が異なることもあり得る。その意味で、一般的な問題として本件問題を捉えるべきである。

 そこで、国と自治体の政治的紛争を、第三者機関としての「法力」装置で解決できるのかを吟味してみたい。前回、明らかにしたように、本件高裁判決は、第三者の「法力」装置として処理したのではなく、国の政治力を忖度して、決着をつけたに過ぎないからである。

政治行為への謙抑の必要

 裁判所は、民主的正統性を有しない。また、高度に細分化・専門化した政策内容について、政策的専門知を背景に意思決定をする専門的正統性も有しない。裁判所が有するのは、あくまで、法律的専門性に過ぎない。そして、一般に行政機関は、民主的正統性を有する政治の指導のもと、政策的な専門性を加味するために、職員機構を設け、また、内外の専門家を活用する。このため、裁判所が国・自治体の政策決定を審査することには、一定の謙抑性が伴うことは避けられない。特に、今回のような高度に政策的対立性を帯びた紛争となった政治行為には、とりわけ慎重な判断が求められる。

 裁判所は、「国防・外交に関する事項を国全体の安全や国としての国際社会における地位がいかにあるべきかという面から判断する権限も判断し得る組織体制も責任を負いうる立場も有しない」(判決要旨3頁)のである。したがって、国防・外交に関する判断は、基本的には国側の主張を丸呑みにする。だから、「北朝鮮が保有する弾道ミサイルのうちノドンの射程外となるのは我が国では沖縄などごく一部である」などという国側の説明で、「沖縄に地理的優位性が認められる」と判断できる。沖縄は北朝鮮のムスダンや中国のミサイルの射程内であって、航空自衛隊那覇航空基地に最新鋭のステルス戦闘機F-35を配備できないなどという、「地理的劣位性」があることなどは、国が主張しない以上、採用しないわけである(注1)

注1 三沢基地に配備予定である。産経新聞2016年9月24日付。https://www.sankei.com/photo/story/news/160924/sty1609240001-n1.html

 しかし、同様に裁判所は、「国土利用上の観点からの当該埋立ての必要性及び公共性の高さと、当該埋立て自体及び埋立て後の土地利用が周囲の自然環境ないし生活環境に及ぼす影響などと比較衡量した上で、地域の実情などを踏まえ、総合的に判断することになり、これらの様々な一般公益の取捨選択あるいは軽重の判断は高度の政策的判断に属するとともに、専門技術的な判断も含まれるから、承認権者である都道府県知事には広範な裁量が認められるものと解される」(同3頁)としている。

 つまり、話は単純である。裁判所は国の政策判断に対しては、国の主張を基本的に尊重する謙抑的な立場にある。同時に、裁判所は自治体の政策判断に対しても、自治体の主張を基本的に尊重する謙抑的な立場にある。したがって、裁判所には、国と自治体の政策判断が対立した場合には、基本的には解決することができる「法力」はない。能力を超えたことを公的機関が為す場合、様々な不利益が社会に対して発生する。

裁判所の越権判断

 しかるに、「本件訴訟に対して所定の手続に沿って速やかに中立的に公平な審理・判断をすべき責務を負わされている裁判所としてはその責務を果たすほかない」と張り切りすぎた裁判所は、自治体の政治行為に対する越権判断をしてしまった。

 例えば、「本件新施設等の建設に反対する民意には沿わないとしても、普天間飛行場その他の基地負担の軽減を求める民意には反するとは言えない」(同9頁)などとする。しかし、「民意」は何であるかの判断は政治行為そのものであり、裁判所の能力を超える。一方の民意に沿わず、他方の民意に反しない、という状況こそ、まさに、政治行為が直面する難問である。判決要旨のように「簡易迅速」に判断するのは、素人特有の蛮勇であろう。

 同様に、「地域振興開発の阻害要因とは言えない」(同9頁)とも判断している。地域振興がどのようにしたら可能になるのか、何が阻害要因か、まさに自治体が常に直面してきた高度に政治的な難問である。これが簡単に判断できるならば、地方創生も裁判所が実現できよう。

 基地負担軽減の判断も政治行為そのものであり、簡単ではない。「普天間飛行場から海兵隊の航空部隊が他に移転すること以外に除去する方法はない」(同6頁)とする。しかし、辺野古埋立をしても、本当に海兵隊が移転することは、論理的には何の保証もない。「普天間飛行場が返還され」る「蓋然性」(同6頁)など、判断のしようがない。裁判所が述べるように、「合意事項が遵守されていないことにより深刻化」しているのが基地被害であり、「そもそもこれが遵守されていないとの確認は困難である」(同6頁)。約束が守られない状況での政策判断であり、辺野古移設で甚大な基地被害が生ずるかもしれない。裁判所が責任を持って判断できる案件ではない。

係争処理制度の設計精神

 国と自治体の政策判断が対立するときに、裁判所が第三者として解決することは、基本的にはできない。確かに、国の権力的関与に対して、自治体からの国地方係争処理委員会への審査申出を経て、裁判所での関与取消訴訟での決着が制度化されている。しかし、これを額面通りに受け取っては、2000年分権改革の精神を実現できない。

 裁判所は国の法政策判断を基本的には尊重する以上、国の関与を取り消さない方向でのバイアスがある。したがって、自治体側から関与取消訴訟を提起しないのが、2000年分権改革の精神である。自治体が訴訟を提起すれば、裁判所は国側有利の結論を出さざるを得ないことが多いからである。しかし、自治事務であれば、国の権力的関与を無視しても、それを超える「法力」は想定されていない。つまり、国と自治体の政治行為間の対立は、裁判所では決着をつけないことになっている。 

 「地域主権改革」のなかの2012年地方自治法改正では、国からの権力的関与を受けても、なお自治体が対応しない場合には、国側から国地方係争処理委員会への審査申出を経て、違法確認訴訟を提起できるようになった。しかし、ここで問われるべきことは、国の権力的関与が合法的かではなく、自治体が違法状態にあるかどうか、である。そして、自治体の法政策判断として、不作為が違法状態でないと解釈している以上、裁判所は本来的に自治体の判断を尊重すべきなのである。2000年分権改革の精神を理解するならば、裁判所は、傾向的に自治体側有利の結論を出す。したがって、本来は国側から違法確認訴訟を提起することは、例外事態となる。

 こうして、どちらからも訴訟が提起されない状態となる。それゆえに、国と自治体の政治交渉に委ねられる。これこそが、対等協力を目指した分権改革の設計精神である。

おわりに

 もちろん、政治的決着がつかない状態への批判はあろう。しかし、そのために、わざわざ、法定受託事務に関する代執行訴訟制度が別途用意されている。もし、「法力」で決着する必要があるならば、代執行訴訟で決着すべきなのである。

 実は、本件問題も代執行訴訟での「法力」行使が目指されていた。しかし、裁判所が和解を提示し、国地方係争処理制度での決着に誘導してしまった。このような誘導は、2000年分権改革の精神を棄損し、今後の国と自治体の関係に大きな禍根を残すことになった。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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