「新・地方自治のミライ」 第33回 多様な教育機会確保なるミイラとり

時事ニュース

2023.07.27

本記事は、月刊『ガバナンス』2015年12月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 小中学校に馴染めない、いわゆる「不登校」の子どもは、12万人といわれている(フリースクールは数千人)。義務教育を学校で受けなければ教育機会が確保されていないという立場からすれば、学校に登校させようと躍起になる。しかし、子どもが心身の不適合を起こし、実際には不登校が避けられない。とするならば、学校以外の多様な場で教育機会を確保することができないか、という発想が出てくる。

 フリースクール関係者を始め「善意」の市民運動から、超党派の議員に働きかけて進められてきたのが、いわゆる「多様な教育機会確保法案」である。特に、今次の内閣改造で文科相に就任した馳浩議員は、議員立法案の取りまとめの中心的な役割を担ってきたため、立法化への観測がある。しかし、自治体現場では、あまり知られていないかもしれない。そこで、今回はこの問題を採り上げてみよう。

個別学習計画

 法案が国会に提出されておらず、「多様な教育機会確保法案」なるものが確定したわけではない。しかし、その大枠はできてきている(例えば、2015年9月15日素案)(注1)。その柱となるのが、個別学習計画である。その内容は以下の通りである。

注1 多様な学び保障法を実現する会ホームページより。http://aejapan.org/wp/(2015年11月10日閲覧)

 相当の期間学校を欠席している学齢児童又は学齢生徒であって文部科学省令で定める特別の事情を有するため就学困難なもの(以下、同素案にはないが「当該欠席者」と略述する)の保護者は、文部科学省令で定めるところにより、当該欠席者の学習活動に関する計画(「個別学習計画」)を作成し、当該欠席者の居住地の市区町村教育委員会に、適当である旨の認定を受けることができる(12条①)。

 個別学習計画には、⑴当該欠席者と保護者の氏名・住所及び当該欠席者の学習・生活状況、⑵学習活動の目標、⑶学習活動の内容及び実施方法、⑷保護者以外の者が学習支援するときには、イ支援者の氏名・法人名、住所、法人代表者氏名、ロ支援内容及び実施方法、ハ保護者との連携方法、⑸その他文部科学省令で定める事項、を記載しなければならない(12条②)。

 市区町村教育委員会は、個別学習計画の申請があると、⑴当該欠席者が相当の期間学校を欠席しており、文部科学省令の定める特別の事情を有する、⑵学校に在籍しないで学習活動をすることが適当である、⑶文部科学大臣の定める「基本指針」(6条)に照らして適当である、⑷学校教育の目標を踏まえた文部科学省の定める各種の基準に適合する、ときには、認定するものとする(13条③)。その際には、当該教育委員会は、教育学・心理学・児童福祉の専門家や支援実務経験者の意見を聴くものとする(13条④)。

 個別学習計画の認定を受けると、保護者は就学履修義務(学校教育法第17条①)などを履行したとみなされる(17条)。市区町村教育委員会は、認定個別学習計画に従った学習活動によって義務教育を修了したと認定するに当たっては、当該欠席者の学習状況を総合的に評価しておこなわなければならない(18条①)。市区町村教育委員会は、義務教育を修了した当該欠席者に、修了証書を授与する(18条②)。

「多様な教育機会」と称する家庭内強制

 このように、学校に行かなくても義務教育を修了した認定できるようになるのが、「多様な教育機会」を確保するという触れこみである。これは、一見するとよさそうに見える。しかし、残念ながらそうはいかない。

 第一に、個別学習計画を認定するのは、所詮は市区町村教育委員会である。市区町村教育委員会は、基本的には、義務教育である小中学校を運営している司令塔である。その司令塔に従った学校に馴染めないのが不登校の子どもである。そのような市区町村教育委員会が、子どもに配慮した個別学習計画を認定する意思も能力も持ち合わせるはずがないのである。逆に、度量の広い教育委員会であれば、そもそも、小中学校自体に多様な子どもを通わせることができる度量の広い小中学校を作れる。そうなれば、そもそも、個別学習計画自体が不要である。

 第二に、個別学習計画の認定は、上記のように、文部科学省令その他の基準にがんじがらめである。小中学校に在籍して行うことが原則の義務教育について、例外を認定するという仕掛けである以上、結局は、小中学校のような拘束にならざるを得ない。そのような内容を要求する個別学習計画を、不登校の子どもが求める可能性は低い。市区町村教育委員会は、所詮は文部科学省の手足に過ぎない。したがって、まれに心ある市区町村教育委員会が登場しても、その思いを実践することはできないのである。

 第三に、個別学習計画は、市区町村教育委員会が、専門家や支援団体の意見を聴いて認定するが、保護者や不登校の子ども本人に耳を傾ける仕組みにはなっていない。いわば、保護者・本人不在のなかで、関係者が談合するだけである。あえていえば、専門家や支援実務経験者が、市区町村教育委員会を司令塔とする「教育ムラ」という談合集団(「協力体制」(14条①))に入るだけである。

 保護者も子ども本人も、何の発言の機会を持たない。保護者は市区町村教育委員会から、報告徴収を求められ(16条)、また、助言・指導(14条②)や勧告(15条)を受ける。勧告に従わないと個別学習計画は取り消される(15条②)。子どもは教育委員会から学習状況や心身状況を把握される(14条②)。要は、不登校の親子を個別学習計画によって、市区町村教育委員会・専門家・支援者が統制するのである。

 第四に、最も重要なことであるが、個別学習計画の認定を受けないと、保護者は就学義務履行違反になるという強制の仕組みである。個別学習計画の申請は「任意」であって自由だ、などという風説が関係者の間では流布しているようであるが、「任意出頭」しなければ、「違反」として取締(刑事罰)の対象としようとしている(学校教育法第144条①)。

 実は、これまでの不登校の実践では、この就学義務履行違反を事実上、死文化・不罰化させてきたのが、大きな成果であった。ともかくも、「無理に学校に行かなくてもよいのだ、家で休むのが、まずは不可欠なのだ」ということを確認してきた。確かに、学習機会としては充分ではないかもしれないが、学習の前提はまず心身健全に生きることである。法案は、「ありのままで生きていていいのだ」という義務履行解除という大きな成果を失わせ、ますます、不登校親子の居場所を奪うのである。

 そして、第五に、このことは不登校の親子の対立を、「教育ムラ」が煽ることを意味する。就学義務履行違反を免れたい保護者は、無理矢理、子どもに認定個別学習計画を押し付ける。子どもは、法制上は拒否権がない。しかし、子どもは事実上の心身の抵抗を示す。子どもの立場に立つ保護者は就学義務履行違反を問われる。誠に、不登校親子のわずかな安息をも奪う内容である。

おわりに

 学校以外に、多様な学習機会あるいは教育保障を確保することは、学校に不信感を持つ人々にとっては、一つの夢であった。そのような動きは、超党派の議員に働きかけて議員立法を目指すロビー活動となった。しかし、為政者は、こうした「善意」の市民団体の意向をそのまま丸飲みするほど、お人よしではない。

 これを機に、一部支援者を「教育ムラ」という談合集団に取り込みつつ、多くの不登校の子ども・保護者を、文科省=教育委員会の管轄内に再回収して、さらに苦しめることになる。民間推進団体は、「理想的な法律でないとしても、チャンスだから妥協して飲もう」などと、自己正当化をする始末である。つまり、民間推進団体の試みは、「ミイラ取りがミイラになる」ことを、まさに絵に描いたように実証しているのである(注2)

注2 なお、本稿校了後、自民党の議員連盟が相当に異なる新たな法素案をとりまとめたとの報道に接した(『朝日新聞』2015年11月13日付朝刊)。その内容は承知していないので、次号以降で採り上げたい。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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