「新・地方自治のミライ」 第31回 参議院の合区と地域代表のミライ

時事ニュース

2023.07.06

本記事は、月刊『ガバナンス』2015年10月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 集団的自衛権行使等法制の違憲合憲論議の陰に隠れて、参議院選挙制度の大きな変更が行われた。すなわち、参議院の一票の格差の違憲状態を解消するという目的を含めて、「憲政史上初めて」と称する合区を導入することとなった。

 変更法は、「鳥取・島根」「徳島・高知」を合区し、北海道・東京・愛知・兵庫・福岡の定数を各2増、宮城・新潟・長野を各2減し、選挙区定数を全体で「10増10減」する内容である(注1)。全体として見れば、地方圏から大都市圏への定数配分=選出議員数配分の移動となる。東京一極集中の実態を追認したものと言えよう。

注1 参議院は半数改選制なので、増減は2を最小単位とすることが想定されている。単に一票の格差を是正したいというだけならば、論理的には、1増減という方策もあり得るだろう。つまり、n年には定数1または3でも、n+3年には定数0または2という手もある。これならば、合区をしないでも、一票の格差は是正できる。

 この「10増10減」の結果、一票の最大格差は、直近10年国勢調査に基づくと2.974に収まるとされる。「3倍以内」という、必ずしも理論的な根拠があるとは思えないが、最高裁判所判決が示唆する基準を、何とかクリアする。しかし、15年1月1日現在の住民基本台帳人口では3倍を超え、これでは上記の基準さえも満たさない。そのため、野党を中心に「格差是正は不充分」あるいは「過渡的措置」と考えられている。

 しかも、本年15年は国勢調査の年でもあり、この最新数値に基づいて3倍以上となると、厄介な問題となる。そのため変更法附則では「選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、必ず結論を得る」と明記されている。自民党はさらなる変更に消極的といわれるが、一票の価値の平等の問題を追求すれば、大都市圏への定数再配分を基調とする見直し論議は避けられない。

 この問題については、本連載でもすでに本年2月号・3月号で触れているところであるが、そこでは、民主主義原理と地方自治原理の相克・調整として捉えた。今回は、国民代表と地域住民代表の観点から、さらに検討してみたい。

平等と合理的区別

 一票の価値の平等が重視されるのは、国民(または有権者)の一人ひとりが平等に取り扱われるべきだからである。しかし、逆に言えば、「合理的な区別」であるならば、形式的平等である必要はない。要は、根拠や理由もないまま、漫然と不平等を放置しておくことが問題なのである。その意味では、「3倍以内」という基準は、激変緩和や過去の経緯からの漸進的改革というような事情への考慮を除いては、長期的・理念的な正当化に資する理由を構成するとは思えない。

 したがって、この場合には、人口が大幅に移動したからと言って、直ちに定数是正をすべきとはならないにせよ、長期的には一対一を目指す、最悪でも一対二未満にする、という基準しか出てこないであろう。いわば、激変緩和を織り込んだ「3倍以内」という暫定基準を、永久基準と看做すことには無理がある。それゆえ、「10増10減」は全くの過渡的措置に過ぎないと言えよう。

地域代表と国民代表

 しかし、選出された国会議員はすべて国民代表であるならば、本来、一票の価値の格差はあり得ないはずである。なぜならば、どの選挙区から選出された国会議員も、全国民のために行動するのであって、当該選挙区民の利益のために行動するわけではない。結局、全国民から代表されたすべての国会議員が、全国民のために行動する(べきなの)であって、どのような選挙区割りや定数不均衡であろうと、一切問題がないと言えるのである。

 しかし、このような観念的で空疎な国民代表論は、常識的に言って、まやかしでしかない。政治力学上、国会議員は選挙区民の代表であって、選挙での当落を左右する当該選挙区民の利益から自由ではあり得ない。だから国会議員は、国民代表でもあるが、当該選挙区民の代表でもある。選挙区が地域単位で区画されている限り、国会議員は地域住民代表(地域代表)でもある(注2)

注2 選挙区が職域や性別など他の観点で区分されているときには、地域住民代表ではなくなる。なお、以下では、地域住民代表と地域代表とは同義で用いる。議員が「地域」という土地を代表することはあり得ないからである。

 そして、地域住民代表であることと国民代表であることを両立させるために、選挙区ごとの国会議員の比率は、地域住民(または、選挙区民、以下同じ)の数の比率と一致させることになる。つまり、地域住民に分割された国民を離れて、抽象的で「一にして不可分の国民全体」が存在するのではない。国民とは地域住民を足し算した集計なのである。国民代表とは地域住民代表の集計である。ここでも、一票の価値の格差はあってはならない。

地域住民という基礎単位を国政は決定できない

 この場合問題となるのは、「選挙区民」とされる「地域住民」という単位は、どのように決定されるのかである。国会の選挙区割りによって自由に統廃合できるのであれば、「地域住民」という構成単位は、そもそも自立して存在しないということになる。つまり、「一にして不可分の国民全体」だからこそ、羊羹の切り分けのように、適当に選挙区割りができるということである。

 しかし、そのように国政当事者の裁量で切り分けできるのであれば、「地域代表」の単位は存在しないことになる。地域代表の概念がないならば、空疎な国民代表そのものであって、そもそも、一票の価値の格差などは問題になり得ない。どのように分けても一体としての国民は国民だからである。

 とするならば、地域代表と国民代表を両立させる以上、国政当事者が勝手に地域=選挙区を統廃合できず、選挙区割りは国政に先行する地域の単位に拠って縛られなければならないのである。

 国政レベルを構成する第一審級の地域の単位は、まずは、廃藩置県以来の基盤を持つ都道府県に他ならない。つまり、単に計算上で一票の価値を「3倍以内」に収めるという目的だけで、都道府県の枠を超えた選挙区を設置するのは、国民代表と地域代表の両立という点から見て、相当に問題を孕むと言えよう。

 都道府県単位の選挙区=地域代表と、全国的な一票の価値の平等による国民代表との両立は、技術的には簡単にできる。参議院の総定数を増やせばよいだけなのである。それによって歳費総額が膨張することが問題であるならば、一人当たりの歳費を減らして、総額を一定にすればよい。代表の原理原則に基づくことなく、そして議員一人当たりの歳費の水準を維持して、「一票の価値の平等」という数値目標だけをクリアしようとするから、このような稚拙な変更がなされたのであろう。民主主義原則より議員個人の歳費の維持が過度に重視されたのである。

 そもそも、このように反省すれば、衆議院でブロック単位の比例代表選挙区が設定されていること自体に問題の根がある(注3)。本来ならば、都道府県単位または全国一本であるべきなのである。いわば、1990年代に始まる「政治改革」なるものが、地域住民を軽視した営みの起点だったと言える。合区は「憲政史上初めて」ではないのである。

注3 なお、都道府県の廃置分合があっても参議院選挙区は「従前の例」によるとする規定(公職選挙法第14条②)も検討の余地がある。

おわりに

 全国知事会は、15年7月29日の全国知事会議で、参議院を「地方の府」と位置付け、人口の多寡に関係なく都道府県単位で議員を選出する憲法改正案を検討することを決めたという。この場合、原理的には、完全に全都道府県に同一の議員定数を配分することになろう。地方の代表、正確に言えば、都道府県及びその地域住民の代表としての参議院となる。この主張は観念論としては一つの提案である。

 しかし、この提案は、「現行憲法ではできない」と言ったのも同然であり、政治論としては敗北宣言に他ならない。本来ならば、一票の価値の平等という原理以外に、現行憲法の地方自治制度保障の原理や地域代表原理を対置させる論理構成にしなければならない。地方自治制度保障や地域代表は、国民代表や民主主義あるいは平等と並んで、憲法的な価値である。いわば、合理的な区別を構成し得るものなのである。ところが、安易に改憲論に逃げた意味で、全国知事会がいかに弱体化しているかが分かろう。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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