「新・地方自治のミライ」 第15回 ミイラ化した地方公務員制度改革

時事ニュース

2023.02.10

本記事は、月刊『ガバナンス』2014年6月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 2014年4月25日に地方公務員法の改正が可決された。16年4月施行の見通しという。同改正は、07年に改正された国家公務員法の規定に準じた内容と理解されており、国・自治体を通じて足並みを揃えるものである。民間企業に再就職した元自治体職員は、退職前5年間に担当していた分野の許認可や契約で、退職後2年間は、再就職先の企業・団体に有利になるよう働きかけする口利き行為を禁止される。また、首長などは、人事評価の基準や方法を決定して実施する。

 公務員制度改革論議は、1990年代後半から、主として国政レベルで議論されてきた。いわゆる橋本行革は、内閣強化と省庁再編という「器」の改革であったため、「中身=スタッフ」の改革として、90年代末から公務員制度改革が模索されてきた。とはいうものの、国政での論議は、①2000年代前半の経産官僚を中心とする「官僚の官僚による官僚のための」公務員制度改革構想に起因した人事院・総務省との官界内抗争と、②2000年代後半の政治指導力の欠けた二大政党の空虚な「政治主導」の掛け声と、③戦後レジームの遺産である公務員労働基本権回復という建前論とのなかで、迷走を続けてきた。今回、取り敢えず、公務員制度を大きな改革課題としないかたちで、事態の収拾が国政レベルでは図られたようである。

 しかし、これは、自治体レベルにおける公務員制度改革の課題とは、全く無関係な世界での収拾であった。そこで、今回は、自治体レベルでの公務員制度改革について考察してみたい。

職階制の正式廃止

 あまり知られてもいないし、関心も集めていない事柄に、職階制(旧地方公務員法第23条、第3章「職員に適用される基準」第3節「職階制」)の廃止がある(「人事評価」に置換)。職階制自体は、戦後の公務員制度改革で、公務員制度の基準あるいは原理として法制上は導入されながらも、実際には運用されることなく空文化していたものであり(注1)、実態に制度を合わせた。また、国家公務員法ではすでに正式に廃止されていたので、国にも平仄を合わせたものである。その意味で、「自然」な流れであろう。

(注1)復帰前の琉球政府では、「職階制」が運用されていた。川手摂『戦後琉球の公務員制度史』東京大学出版会、2012年。

 もっとも、仔細に旧法を読めば、公式制度としても、旧地方公務員制度が職階制を前提にして組み立てられていたとは言えない。というのは、「人事委員会を置く地方公共団体は、職階制を採用するものとする」(第23条①)とあるように、人事委員会を置かない自治体は、職階制を基準としていないからである。では、人事委員会を置かない自治体は「職員に適用される基準」がないかと言うとそうではない。同法第3章には、もともと職務給原則(24条)など膨大な規定がある。職階制がなくとも運用できるように、すでに旧地方公務員法は構築されていた。

人事委員会は全自治体での必置ではない

 その前提は、人事委員会が必ずしもすべての自治体に置かれるわけではないことである。人事委員会は、都道府県及び政令指定都市は必置である(第7条①)。しかし、人口15万人以上の政令指定都市ではない市町村及び特別区は、選択制である(第7条②)。さらに、人口15万人未満の市町村は人事委員会を置けない(第7条③)。

 確かに、小規模団体では、組織機構を簡素化しなければならない以上、独立の執行機関を沢山必置することには、慎重でなければならない。しかし、教育委員会・選挙管理委員会や監査委員は事の性質上、どのような小規模団体であろうと必置である。教育行政や選挙管理の中立性の観点は、小規模団体では必要ないどころか、むしろ、小規模団体でこそ大きいのかもしれないからである。こうしたことと比べて、人事行政の中立公正という点から一貫性に乏しいつくりであることがうかがえる。

 そもそも、国レベルで、人事院という内閣・各府省からの相対的な独立機関が置かれ、給与勧告を行うことは、労働基本権制限の代償措置として不可欠とされてきた。また、人事院が採用試験を企画立案・実施することが、「官庁訪問」という不透明な面接による採用内定という仕組みに内在される政権党・内閣・各府省官僚の恣意的な情実人事の可能性を抑制してきた。こうしてみると、人事の独立機関は国家公務員制度では根幹の一つであったわけであるが、そもそも、地方公務員制度においては、都道府県・政令指定都市等を除き、こうした根幹が欠落しているのである。その意味では、もともと、自治体は国と平仄を合わせていないのである。

国と自治体の課題の差異

 国政レベルの公務員制度改革には、国政固有の課題がある。任命権を含む各省縦割制と強固な各省キャリア官僚制が、内閣や政権党の一体性・凝集性を弱め、内閣・首相官邸による政治主導を困難にさせてきた面はある。さらに、それが各省の持つ許認可権・予算執行権とあいまって、「天下り」や癒着を惹き起こしてきた面もあろう。また、官邸・政権党・各省幹部の目から見て、官邸・政権党・各省幹部に媚を売らない硬骨官僚でも一律に昇進してしまい、左遷・退職に追い込めないという意味で、「人事評価」が不充分という問題意識もあっただろう。

 しかし、こういう課題が、地方公務員にあるかと言えば、必ずしも判然としない。自治体レベルでは、議会・行政委員会・監査委員事務局や公営企業・地方独法の職員も含めて、首長および首長部局の人事担当部が、一元的な人事権を掌握することが普通である。したがって、硬骨職員は、簡単に左遷させられてしまう。「天下り」職員がいないわけではないが、それほど大きな「口利き」をできるかには大いに疑問がある。自治体で「口利き」をするのは議員の仕事であるし、もっと大きなものは首長による「天の声」である。そもそも、大都市や警察職員・教員などはともかく、自治体職員の多くはジェネラリストであり、特定の出身部局に恩義もない。

 結局のところ、国家公務員制度改革に平仄を合わせた今次の改正は、国と自治体で課題が異なる以上、ほとんど無意味なのである。ともかく、十年来の課題を収束させるという以外、何の意味もない。もっとも、意味のない公務員制度改革論議に終止符を打つことができれば、それはそれなりに意味があると言える。ミイラはミイラと認め、生き返ることはないことを理解することは、大事なことである。

自治体公務員の固有の課題とは

 地方公務員制度に固有の課題があるかどうかは、予断を持つことはできない(注2)。また、「地方公務員制度」において一般的に課題があるのか、それとも、各自治体の個別的状況に応じて、固有の課題があるのかは、同じではない。例えば、鹿児島県阿久根市や大阪府市で起こり得ることは、地方公務員制度の一般的な制度のもとで起こり得ることなのか、特定の自治体でのみ起こり得ることなのかは、区別する必要がある。特定の例外的時期かつ個別の自治体の課題を除去しようとして一般制度を変革すると、そうした問題のない多くの自治体にとっては、副作用を生むだけだからである。

(注2)「ワタリ」が固有の課題だとする自治制度官庁の「伝統的」な見方に立てば、「等級別基準職務表」(25条③Ⅱ)と「等級・職制段階別職員数公表」(58条の3①②)が大事ということになろう。

 あくまで、地方公務員一般の固有の課題を想定すれば、首長が強すぎることがあろう。「官邸主導の国家戦略スタッフ」ならぬ「首長主導の自治体戦略スタッフ」は既に存在している。むしろ、それどころか、政策的な異見・諫言が高リスクになって、特に有能な現職幹部や中堅若手の幹部候補生層がより一層、首長の意向を忖度する過剰同調化することが懸念されている。

 人事委員会を設置している都道府県・政令指定都市でもそうであり、ましてや、そうした独立機関がない中小以下の自治体ではなおさらである。いわば、地方公務員制度自体が、未完なのである。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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