「新・地方自治のミライ」 第4回 教育委員会の独立性と国・自治体の政治

時事ニュース

2022.11.02

本記事は、月刊『ガバナンス』2013年7月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

長期的に論争的テーマ

 小中高校という公立学校教育に関しては、都道府県教育委員会と市区町村教育委員会が執行機関としての任務を負っている。その関係は、都道府県・市区町村という各自治体の内部的な問題としては、執行機関多元主義と首長総合調整権とが相克して微妙なものである。また、二元代表制と首長制の観点からも、複雑な位置にある。それと同時に、学校教育は当該自治体のみで完結するものではなく、国・都道府県・市区町村の「指導助言」・「指示」という関与関係を孕んでいる。特に、市区町村が設置者となることが普通である小中学校において顕著である。

 このような複雑な仕組みは、戦後改革による公選制教育委員会の導入を経て、いわゆる「逆コース」のなかで、00年第1次分権改革でも骨格が変わらないまま、地方教育行政体制として成立してきたものである。このような教育行政の在り方は、しかしながら、しばしば功罪を論じられてきた。しかも、多くの国民は小中高校での経験を踏まえているため、非常に身近な争点でもある。

 そして、自分あるいは他人の問題を誰かの所為にしたい権力者からは、教育はしばしば、その標的とされてきた。政治家をはじめとして官僚・経済人など、長じて権力者となった人物が、成長するプロセスで、最も身近に接した原初的な抑圧者=権力者が、学校教師だからである。その意味で、長期的に論争的テーマであり続けてきたのである。

教育委員会制度と独立性

 教育委員会は、首長とは別個の執行機関として設置され、職務遂行においては独立性・中立性を有しているのが建前である。小中高校という公立学校教育という児童・生徒の一生の形成に関わる問題は、ときの多数派を背景として当選した首長の政治的・党派的な運営に委ねるのではなく、住民全体から見て長期的・中立的な執行が期待される。

 そこで、教育委員は住民からの直接選挙によって政治的・党派的に選出されるのではなく、首長が議会の同意を得て、政治的に中立的な人物を選任することとした。そして、教育行政をつかさどる教育長は、教育委員のなかから互選で選任されるようにした。任命制である以上、首長による政治的任用という可能性はあるが、議会の同意を要することとしており、首長だけの政治的意思では教育委員の構成を差配できないようにしている。

 さらに、教育行政の執行を首長が決定することはできず、合議体としての教育委員会の決定に掛からしめることとしたのである。5人程度の合議体ということは、ある決定を首長が教育委員会に要求する場合に、3人程度以上を説得しなければならないということである。つまり、独任制であれば、1人の責任者を説得(実態は「恫喝」かもしれない)すれば事足りる。しかし、合議制であれば、多数を説得(「恫喝」)しなければならず、それだけ、首長の影響力の行使には手間がかかる仕組みになっている。

 加えて、教育委員会は、文部科学省─都道府県教育委員会─市区町村教育委員会、という縦系列の地方教育行政体制に組み込まれている。このため、ある知事が、当該都道府県教育委員会・教育長・同事務局に影響力を行使したとしても、文部科学省や市区町村教育委員会に影響力を直接には及ぼすことはできない。また、同様にある市区町村長の影響力も、都道府県教育委員会や文部科学省に及ばない。

 ちなみに、文部科学大臣のもとにある文部科学省は、もちろん、政権や国政与党の支配下にあり、政治的・党派的に中立性を欠いているが、政権・国政与党あるいは文部科学大臣も、自治体の教育委員会に直接には影響力を及ぼせない。

 特定の一政治家が一存で直接に学校教育に影響力を及ぼせないという意味で、教育行政は独立性を維持している。教育委員会は、政治的に超然的・中立的というより、多数の政治家が関わることで、一種の権力的な真空を確保することでの「独立性」を得ているのである。

「独立性」の仮面と「効用」

 しかし、このような「独立性」は、国政与党、二層制自治体の首長・議会という五つの政治権力核の政治的指向性が異なる場合には成立するが、現実には、自民党一党支配体制と保守優位のもとで、ほとんど形骸化してきたと言ってよいだろう。つまり、多くの自治体では、首長与党が議会多数派を占める。自治体の首長の大半は、保守系無所属ないしは地域政党という事実上の自民党系である。国政は、基本的には自民党支配である。このようにみると、教育委員会制度が想定している党派的な中立性という意味での「独立性」は、それほどは存在しない。

 つまり、公立学校教育は、ほとんど、保守系政治家の政治的采配のもとにあるのであり、党派的中立性は存在しないのはもちろん、独立性も存在していない。簡単に言えば、首長は自分の意に沿う人物を教育委員として選任し、首長が議会対策その他でほとんど手懐けている議会の同意を容易に得る。さらに、ある人物を、いわゆる「教育長含み」で教育委員に選任するのであり、実質的には、教育長は教育担当副知事(副市区町村長)と相似である。知事と市区町村長は別人であるから、多少は保守派政治家間での権力の綱引きによる「独立性」は有り得る。しかし、少なくとも、同一自治体内では、教育委員会・教育長は首長の意を忖度して行動せざるを得ない。

 にもかかわらず、首長は直接の執行権限と責任を有しないので、教育行政に係る様々な責任追及から、相対的に「独立性」を維持できる。例えば、公立学校でいじめを原因とする自殺などがあれば大問題となるが、そのときの問責の矛先は、教育委員会や教育長であり、首長ではない。むしろ、首長は答責者ではなく、第三者としてあたかも住民全体や被害者の代弁者として行動し、「調査」「真相究明」「処分」「改善」などを求める。誠に、政治家首長にとっては、政治的に都合の良い制度なのである。

改善の方向性はあるか?

 首長は、口を出せるが、火の粉はかぶらない、という制度を改めるには、教育委員会制度を廃止し、首長が教育行政を含めた執行機関となることであろう。この場合には、首長は責任を負い、最終的には選挙によって、民意の審判を受ける。

 しかし、公立学校行政のわずかに残っている「独立性」もほとんど消滅し、政治家首長の党派的に非中立的な教育指向性で、ある世代の若者が教育されることになる。そして、首長は所詮は有限任期でしか責任を取れないが、そのような「偏向」教育を受けた児童・生徒は、一生の悪影響を受けることになる。要は、有限責任しか取れない首長には、児童・生徒の一生に関わる責任は負いきれないという問題がある。

 また、教育委員会を残しながら、教育行政の責任を独任制として明確にするため、教育長を執行機関とする手も考えられる。しかし、これは最悪の選択肢である。政治家首長は口は出せるが火の粉はかぶらない、という状態は治らない。それどころか、教育長一人を説得すればよいのだから、首長個人の政治的介入はより強化される。

 政治家首長の独断を制限するには、国・都道府県という縦の集権的な介入は一定の効果はある。しかし、これは、国政政治家の独断を助長するだけで、事態の悪化を招くだけである。各レベルの政治家たちの「政治主導」による混乱が深まるばかりである。政権・国政与党や文部科学省は、こうした集権化への郷愁を持っていようが、彼らが口を出すが火の粉はかぶらない存在となるだけで、およそ住民や児童・生徒のためにはならない。

 こうして考えると、ミイラ化した教育委員会制度の改悪は簡単であるが、改善は至極困難であることがわかる。干からびたミイラは生き返らせることはできない。せめて、バラバラに壊れないように慎重に保存するしかないのである。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

アンケート

この記事をシェアする

  • Facebook
  • LINE

ご購読なら年間購読がお薦め!複数年でさらにお得です。

オススメ

月刊 ガバナンス(年間購読)

発売

ご購入はこちら

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

関連記事

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中