自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[71]シティコンで建設する海底山脈の提案
地方自治
2022.12.07
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2022年2月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
防災をミッションとしているが「遠くを見るものは嫌われる」と実感するときがある。大地震から生き延びることには民も官も力を注ぐが、その後の生活や事業を維持すること、さらに復興することまで「あなたの仕事ですよ」と促すのは難しい。
関東大震災100年に向け、中林一樹東京都立大学名誉教授ら有志が、現在も将来も役立つ政策として「日本の沿岸漁業の復活、カーボンニュートラルの促進とともに巨大災害からの首都と全国の迅速で創造的復興に貢献する『シティコンで建設する海底山脈プロジェクト』」の提案を行った。その重要な部分を紹介したい。
提案の趣旨
全国の沿岸海域に、シティコン(都市施設やビルから切り出すコンクリート塊)を環境安全性を確保した新たな資源材として「人工海底山脈」を建設する社会技術の確立を提案している。その効果は端的には次のようになる。
「⑴魚の増殖による沿岸漁業の復活と地域活性化、日本の食料自給率向上と食生活安定化を推進する
⑵「海の森林(植物プランクトン増殖)」などによる日本のカーボンニュートラル(脱炭素)を促進する
⑶首都直下地震など巨大震災からの迅速で創造的な復興に貢献する」
防災対策は、日常で利活用されるものをベースにするのが効果的だ。災害時にだけ活用するものは、無駄になりやすく、運用もうまくいかなくなりがちだ。シティコン活用は日常の漁業振興、カーボンニュートラル政策で利活用するものを災害時のコンクリート塊で加速し、処理する提案だ。
提案の概要
海底に高さ30m程度の「小山」を建設すると、海流が変化し、海底の栄養分が太陽光の到達する表層に運ばれ光合成が活発になる。その結果、海中のCO2が固定されて大量の植物プランクトンが発生し、食物連鎖により魚が殖える。植物プランクトンや藻類は「海の森林」ともいわれ、カーボンニュートラル(脱炭素)にも貢献する。
1995年以来、水産庁と6県により全国に17基の海底山脈が建設され稼働している。その効果は、漁獲高が約2倍になり、総費用129億円に対し便益額は433億円、費用便益比は3.36倍、直轄事業平均では2.59倍だ(水産庁評価書による)。しかも、人工海底山脈はメンテナンスの必要がなく、半永久的に植物プランクトンを増殖し続け、沿岸漁業回復の効果が持続する。
今、日本の漁業は、沿岸漁獲高が30年間で200万tから100万tに半減するなど、衰退を続けている。日本全国の水深50m〜200mの沿岸域は34万㎢、このうち97%は海底が平坦で生産性の低い海域だ。人工海底山脈の建設により、沿岸海域は豊饒の海となり、沿岸漁業の復活と地域活性化、食料自給率の向上が可能となる。
人工海底山脈は、原材料としてブロックや自然石が使われ、原材料取得費が一基数億円以上かかることもあり、全国に海底山脈を拡げるのは容易ではない。ここで、都市で大量に発生するシティコンを人工海底山脈の資源材として活用する構想が生まれたという。各方面へのヒアリング等に基づく試算では、シティコン海底山脈の建設費は従来型海底山脈の4分の1程度、事業効果(費用便益比)は、漁業振興だけで従来型の3.36倍が10倍程度になることが可能だ。ちなみに、内閣府経済社会総合研究所によるマクロ計量モデルでは、2015年における公共投資の乗数効果は1.14倍である。
大地震対策としてのシティコン活用
首都直下地震や南海トラフ地震が発生する確率は30年以内に70〜80%とされ、切迫する巨大災害への対応は焦眉の国家的課題だ。
中央防災会議の被害想定(2013年)によると、首都直下地震では一瞬の揺れで多数の建物等が倒壊し、約6400万tのコンクリート塊が、南海トラフ巨大地震では1万6900万tが発生すると想定されている。これは東日本大震災で発生したコンクリート塊900万tの26倍に上る。
コンクリートは減容できず、都市部には仮置き場も埋立て水面も少ないため多額な費用と処理期間の長期化が生じ、迅速な復興を妨げてしまう。この国難災害後の日本の社会経済は甚大な被害に苦吟することが容易に想定される。
このコンクリート塊を資源材として、人工海底山脈建設に活用すれば、超長期化が懸念される復興期間の短縮と処理費用の軽減及び、海底山脈のもたらす成果(魚の増殖による沿岸漁業の復活と地域活性化、カーボンニュートラルの促進)によって、被災地のみならず日本全体の迅速で創造的な復興が可能になるのではないか。
首都防災ウィーク
この提言の主体となった首都防災ウィーク実行委員会は、2002年から、住宅の耐震補強や家具固定など、民間からの防災の啓発と実践を始めた。2013年(関東大震災90周年)からは、大震災で3万8000人が焼死した横網町公園・東京都慰霊堂を会場に、研究者、NPO、市民団体、行政関係者などに呼びかけて「首都防災ウィーク」を開催している。
2018年からはシティコンを用いた人工海底山脈について、研究者とNPO諸団体が協働し、シティコン研究会を立ち上げて検討を続けてきた。2021年9月の第9回首都防災ウィークでは、現地会場とオンライン配信で防災フォーラムを開催し、多くの参加者とともに集中的に議論した。その後も検討を継続した結果、次のように提案した。
「適切な法制度と、環境安全性を確保するための利用基準の整備等を行うならば、人工海底山脈の平時の建設資源材としてシティコンを活用することが可能であり、巨大震災時に発生する大量のコンクリート塊もまた、シティコン海底山脈建設促進に活用できるという結論に達し、政府、自治体、漁業関係者をはじめとする皆さまに、提案させていただくことといたしました。
私たちはこの提案に、未来への夢と希望を託しています。
陸と海、大都市と地方、消費者と生産者が連携し、みんなの知恵と力を合わせるならば、国家的課題である沿岸漁業振興と地域活性化、カーボンニュートラルに大きく貢献すると共に、国難ともいうべき巨大災害にも屈することなく、日本全体の創造的復興を進める一歩にすることができると確信します。(中略)
令和3年12月
提案者代表 中林一樹(首都防災ウィーク実行委員会代表、東京都立大学名誉教授)他提案者一同」
注:全文は次のサイトにあります。「シティコンで建設する海底山脈」提案(本文)令和3年12月20日。https://miracletv.site/?page_id=11574
残された課題と政府の役割
現実的な提案を真剣に検討してきたが、新しいことを政策化するためには下記のような課題があり、政府の取組みが不可欠だ。
・ シティコンを活用するために環境安全性を確保する基準、利活用範囲や工法等の関連法制度を整備し、新たな処理制度を構築すること
・ 海底山脈建設を希望する沿岸自治体とともに、基礎調査や実証事業への支援制度を構築すること
・ シティコンの資源化を含む災害時の廃棄物処理計画を確立し、処理体制を構築すること
平時に年間排出されるシティコンの規模をもとに推計すると、30年間で全国の海域に必要な海底山脈を建設することが可能となる。大規模震災はもちろん発生してほしくないが、その時には、短期間にその規模に相当するシティコンが利活用でき
ることになる。
政府には、国土強靭化計画の中にこの提案を位置づけ、推進いただくことが望まれる。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。