自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[79]個別避難計画の進捗状況と課題

地方自治

2023.06.14

※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2022年10月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

個別避難計画の意義と現状

 2021年度の災害対策基本法改正により、それまでにガイドラインで定められていた個別計画は「個別避難計画」と名称が変更となり、その作成が市区町村の努力義務と位置づけられた。

 個別避難計画作成については、多くの自治体からコロナ禍、人手不足の現場に対する過重な負担という声を聞く。個別避難計画は確かに新たな業務であるが、そもそも災害時に高齢者、障がい者、難病患者の命を守るよりも重要な計画はあるだろうか。災害時という非常事態に、自らの力だけでは避難できない人々を守るのは、まさに自治体のミッションだ。今まで取り組んでいなかったことが課題であり、それが東日本大震災はじめ多くの災害で逃げ遅れを生んだり、関連死を生じたのではないか。

 法改正後、全国の自治体が個別避難計画についてどのような取り組みをしているかを内閣府と消防庁で調査を行い、2022年6月に報告書が公表されたので、主な内容を紹介したい。

庁内の連携

図1 庁内の連携の取組み

出典: 内閣府・総務省消防庁「避難行動要支援者名簿及び個別避難計画の作成等に係る取組状況の調査結果」、2022年6月28日

 庁内の連携の取組みを実施中は44.2%であるが、検討中が38%にも上る。モデル自治体の話を聞いても、庁内の連携体制が最初の壁であり、もしかすると最大の壁かもしれない。

 自治体では新たな業務が降ってくると、その業務の主管課を決める。個別避難計画は、防災か福祉、総務、高齢などの部署である。そこで、課長、係長、担当職員のラインで計画、執行を検討する。もし、あなたが職員か係長で、上司がストップをかけるタイプであれば、新たな業務はそこで止まる。庁内連携をするためには、さらにほかの部署の課長、係長、担当職員とやりとりをするのだが、やはり一人でもストップをかける人がいると進まない。ストップをかける理由はいくらでもある。本業が多忙で人手不足、ノウハウがない、予算がない、成果が見えにくい……。つまり、複数の部署が関わる仕事は止まりやすいのである。

 これを打ち破るのは、担当職員の覚悟と並外れた熱意とが必要になる。また、トップを巻き込んで支持を得るのも心強い。

庁外との連携の取組状況

図2 庁外との連携の取り組み状況

出典: 内閣府・総務省消防庁「避難行動要支援者名簿及び個別避難計画の作成等に係る取組状況の調査結果」、2022年6月28日

 庁外との連携の取り組み状況では、36.8%が実施中である。個別避難計画は、結局は近隣住民、福祉専門職の参画を得なくては作成できない。現時点では、モデル事業的に実施しているため、自治体職員中心で行う場合があるが、将来を見越すと庁外との十分な連携が鍵になる。

福祉専門職の参画

図3 福祉専門職の参画状況

出典: 内閣府・総務省消防庁「避難行動要支援者名簿及び個別避難計画の作成等に係る取組状況の調査結果」、2022年6月28日

 内閣府の「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針(令和3年5月改定)」においては、個別避難計画の作成には福祉専門職の参画が極めて重要とされている。調査結果からは、すでに20%の自治体で福祉専門職が個別避難計画作成に参画しており、検討中を加えると約3分の2にもなる。これは、個別避難計画をはじめとする防災活動に福祉専門職が制度的に加わってきていることを示す非常に心強い変化だ。

個別避難計画の策定状況

図4 個別避難計画の策定状況

出典: 内閣府・総務省消防庁「避難行動要支援者名簿及び個別避難計画の作成等に係る取組状況の調査結果」、2022年6月28日

 策定済みが7.9%と2020年調査よりも減少している。新規の避難行動要支援者が増加したり、あるいは避難行動要支援者名簿の更新が滞った可能性がある。いずれにせよ、不十分であることは言うまでもない。

個別避難計画の避難支援等関係者

図5 個別避難計画に係る避難支援等関係者となる者

出典: 内閣府・総務省消防庁「避難行動要支援者名簿及び個別避難計画の作成等に係る取組状況の調査結果」、2022年6月28日。丸囲みは鍵屋が付け加えた

 社会福祉協議会が避難支援等関係者に位置づけられているのが約64%になっている。民生委員が84%であることを考えると、その事務局機能として位置づけられている可能性がある。一方で、福祉専門職自体が避難支援等関係者になっているのは約20%である。図3の調査と符合していることから、現時点では個別避難計画作成に参画した福祉専門職の多くが避難支援等関係者になっている可能性が高い。

福祉専門職が参画しやすくなるために

 2021年度、個別避難計画の普及、展開を図るため、内閣府は希望する34市区町村、18都道府県を対象にモデル事業を実施した。その結果、福祉専門職の参画を促進した事例について、次のようにまとめている。

○県・市町村レベルから県・市町村単位で設置されている福祉専門職の団体に働きかける

○福祉事業所の所属長、管理者、施設長などのマネジメント層に働きかける

○市町村から福祉専門職へ具体的に協力の内容を説明する

○災害の切迫性の理解、個別避難計画の必要性に関して福祉専門職との間で共通認識を形成

○個別避難計画づくりを経験した福祉専門職の経験を他の福祉専門職と共有する

○研修への参加の促進(主任介護支援専門員法定外研修への位置づけなど)

 

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。

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鍵屋 一

跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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