徴収の智慧
徴収の智慧 第62話 見極める(1)
地方税・財政
2020.02.25
徴収の智慧
第62話 見極める(1)
元横浜市財政局主税部債権回収担当部長
鷲巣研二
見極めるべき二つのこと
世の中には「見極める」べきものが数多くある。例えば、「真贋を見極める」「真相を見極める」「正体を見極める」などがその典型であろう。その意味するところは対象を慎重に観察し、吟味検討した上で結論を出すといったものではないかと思う。つまり、見極めるもののその先には、結果を大きく左右する影響力のある「何か」があるのである。その「何か」は、使われる場面によって異なるが、滞納整理の場面で言えば、一つは「話(事情)を聴く必要のある人なのか、それとも聴く必要のない人なのか」を見極めることであり、もう一つは「滞納処分でいくのか、それとも納税緩和措置でいくのか」処理の方向性を見極めることである。今回は前者について述べてみたいと思う。
何らかの事情がある滞納とは
今なお地方税の滞納整理では「滞納者を粘り強く説得する」とか「お話を十分に伺って実情に沿った対応をする」といった声を少なからず耳にすることがある。これらの言葉を字義どおりに解釈し受け止めれば、何となく「そうなのかなぁ」と思ってしまう人もいるのだろう。しかし、よく考えてみてほしい。中には納得していないから滞納しているという人も、もしかしたらいるかも知れないが、ほとんどの滞納者は、納得していないから滞納しているのではない。うっかり納期を失念していたり、単に怠慢で放置しているだけの人が大多数なのであり、こうした人たちは何か独自の考えがあって確信的に滞納しているわけではないから、そのほとんどは督促状や催告書による催促に応じて、遅れながらも納税しているのである。しかも初期滞納のうちのほとんどがこのような人たちであるから、説得はもとより、じっくりと話を伺うなどといった必要は全くないのである。だいいち初期滞納の件数は膨大であり、そのようなことを求めたとしても実務的に不可能である。
督促状や催告書などによって大方の初期滞納がふるいにかけられて絞り込まれてくると、残りの滞納は「何らかの事情」がある滞納ということになる。この「何らかの事情」を探り、滞納の原因を突き止めつつ処理を進めていくのが、まさに徴税吏員の本務である滞納整理なのである。即ち、調査権と処分権を行使して滞納を整理していくということになる。
滞納者との接触をどう位置づけるのか
一定程度絞り込まれた滞納については、徴税吏員が調査権(質問検査、捜索)と処分権(滞納処分、納税緩和措置。以下同じ)を行使して整理していくわけであるが、この過程で滞納者との接触をどう位置づけるのかが効率的な滞納整理の推進にとって極めて重要である。なぜなら、いまだに「滞納者とせめて一度は接触してからでなければ処分すべきでない」といった〝神話〟を頑なに信じ込んでいる徴税吏員がいるようだからである。確かに滞納整理に伴う処分は慎重であるべきなのだが、それは刑事法でいうところの〝謙抑性〟のような「控え目に」とか「最後の手段として」という意味では決してない。租税事務は大量かつ反復的であることが特徴であるから、税法は手続的合理性を有しており、しかも要件規範として価値中立的で大量処理に適するように制度設計されている。それゆえ徴税吏員に求められているのは、滞納者につき税法が規定している要件を充足するだけの事実が認められるのか、それとも認められないのかを調査権を行使して確認することなのである。徴税吏員が行使する処分権は、まさに講学上の覊束行為の最たるものであって、調査権の行使によって収集した客観的な資料によって公平厳正に執行されるべきものである。そこに滞納者の「心情」だとか徴税吏員の「温情」などといった当事者の主観を入り込ませてはならないのである。
滞納者が自ら進んで弁明(滞納原因や収支の状況等について説明)する場合は真摯に耳を傾ける必要があるが、徴税吏員や役所に対する非難・中傷・不当要求などの暴言については、まったく聞く必要がないのである。徴税吏員は、聴くべき話なのか、それとも聞く必要のない話なのかを見極めるスキルを身につける必要がある。
(注)ここでは「聴く」(能動的に耳を傾ける)と「聞く」(受動的に耳に入る)とを使い分けている。