政策形成力の磨き方 - その12 起案力 

キャリア

2024.04.04

★本記事のポイント★
1 本則の中心的な規定である実体規定について、実体規定のパターンの理解を前提にしつつ、条例化する政策の手段に相応しい具体的な内容を考えていくことや、その際、政策手段の基本的な型である手法が、法令ではどのように規定されているかを理解すれば、条文を起案しやすくなる。2 プールの経営を許可制にする条例を立案する際の制度設計の手順については、許可に関する規定のパターンを理解したうえで、問題とされた分野における施策に関する知識を活用して具体的な内容を考える必要がある。 3 この条例の立案の際は、プールの経営を許可制にする理由を考慮しつつ、条例の目的規定、許可基準、義務、監督規定などの具体的な内容を検討することになる。

 

1.政策形成と条例起案の橋渡し

 「条例化の関門」の第9回では、条文を書くこと自体の難しさがあるとして、政策を条例化する際の制度設計の手順などを示して、政策形成と条例起案の橋渡しをすることを試みました。
 そして、本則の中心的な規定である実体規定について、実体規定のパターンの理解を前提にしつつ、条例化する政策の手段に相応しい具体的な内容を考えていくことや、その際、政策手段の基本的な型である手法(禁止、義務付け、許可、補助等)が、法令ではどのように規定されているかを理解すれば、条文を起案しやすくなることを述べました。
 なお、参考として、「条例化の関門」の第11回において、「政策手法の規定例」(https://shop.gyosei.jp/user_data/pdf/seisaku_kiteirei.pdf)を参照できるようにしておきました。

 

2.制度設計の手順

 「条例化の関門」の第9回では、東京都のプール等取締条例を事例にあげて、プールの経営を許可制にする理由や許可基準について考察しましたが、もう少し詳細に政策を条例化する際の制度設計の手順を説明します。

⑴ 規定のパターンの理解
 まず、法制執務、立法技術などの書物には、許可に関する規定について解説されています。そのパターンは、次のようなものでしょう。

(許可)
第A条 ・・・を行おうとする者は、知事の許可を受けなければならない。

(許可の申請)
第B条 第A条の許可を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した申請書を知事に提出しなければならない。
 一 ・・・
 二 ・・・
 三 ・・・

(欠格条項)
第C条 次の各号のいずれかに該当する者は、第A条の許可を受けることができない。
 一 ・・・
 二 ・・・
 三 ・・・

(許可の基準)
第D条 知事は、第A条の許可の申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなければ、同条の許可をしてはならない。
 一 ・・・
 二 ・・・
 三 ・・・

(義務)
第E条 第A条の許可を受けた者は、・・・業務の適正な運営を図るため必要な措置を講じなければならない。

(報告等)
第F条 第A条の許可を受けた者は、帳簿を備え、その業務に関し規則で定める事項を記載し、これを保存しなければならない。
2 第A条の許可を受けた者は、毎年、その業務に関し規則で定める事項を知事に報告しなければならない。

(措置命令)
第G条 知事は、第A条の許可を受けた者の業務の適正な運営を確保するため必要があると認めるときは、当該同条の許可を受けた者に対し、その改善に必要な措置を命ずることができる。

(許可の取消し等)
第H条 知事は、第A条の許可を受けた者が次の各号のいずれかに該当するときは、その許可を取り消し、又は・・・以内の期間を定めてその事業の停止を命ずることができる。
 一 ・・・
 二 ・・・
 三 ・・・

(罰則)
第I条 第A条に違反した者は、・・・処する。

⑵ 条例化する政策の手段に相応しい具体的な内容の検討
 政策において、どのような手段を採るかということは、重要な要素ですが、種々の知識と応用力が必要です。政策形成の一般的理論においては、手段の基本的な型である手法に関する知識が解説されることが多いですが、政策の手段を決定するには、それとともに問題とされた分野における施策に関する知識(専門知識)を総合して考える必要があります。

 

3.事例で考えましょう

 <事例>
 プールの経営を許可制にする条例を立案するとして、上記の許可制の規定のパターンを念頭に置きつつ、その条例の主要な規定の具体的な内容について考察しましょう。

 <考察>
➀許可制にする理由
 プールを経営することは本来自由かもしれませんが、プールが不衛生であったり、安全に問題があったりするならば、利用者の健康等を害する危険性があるため、あらかじめプールの経営を一般的に禁止しておき、衛生状態や安全の確保ができていることを確認したうえで、プールの経営を個別に認めるということが、許可制にしている理由です。そして、その理由に基づき具体的な規定を考えていきます。
➁目的規定
 許可制にする理由から、この条例の目的は公衆衛生や安全の確保を図ることと考えられます。
③申請事項
 許可の申請を行う場合の、申請事項は、申請に係るプールの衛生状態や安全の確保ができていることを確認するために必要な事項となるでしょう。
④許可基準
 許可基準を決める際には、その政策の目的が達成できるような基準を定める必要があり、政策の目的の達成とは無関係な許可基準を定めることは過剰な規制となります。
 条例の目的は、公衆衛生や安全の確保を図ることなので、許可基準を定める際には、この目的の達成のために必要な基準を定める必要があります。
 専門知識が必要となりますが、ここでは、プール等に関して公衆衛生や安全の確保を図るために必要な基準を思い浮かべてください。そうすると、プール等の水質を衛生的なものに保つことや、プール等で溺れたり、プールサイドで滑ったりすることを防ぐことなどが思い浮かびます。そこから、専門知識を活用して、貯水槽やプールサイドの構造、監視体制などについて基準を定めていくことになるでしょう。
⑤義務
 一般に、許可を受けた後も、許可に係る業務が適正に行われるように、許可を受けた者にさまざまな措置を講ずるように義務付ける規定が置かれることが多いです。
 この条例では、プールを経営する者は、経営の許可を得た後も、プールにおける公衆衛生や安全の確保に関し、必要な措置を講ずるように義務付けることが考えられます。例えば、衛生を確保するためにプールの清掃を行うこと、安全を確保するため監視人を配置することなどが思い浮かびます。
⑥報告等・措置命令
 一般に、許可を受けた後も、許可に係る業務が適正に行われるように、許可権者が監督を行うため報告聴取、立入検査、業務改善命令などの規定が置かれることが多いです。
 この条例では、知事は、プールにおける公衆衛生や安全の確保のため必要な報告を求めたり、立入検査を行うことができるとする規定が考えられます。また、プールにおける公衆衛生や安全の確保ができていないときは、公衆衛生や安全の確保のため必要な措置を講ずるよう命ずることができるとする規定も考えられます。
⑦許可の取消し
 一般に、許可を受けた者が、業務に関する義務に違反したり、措置命令に違反するような場合は、許可を取り消すことができるとする規定が置かれることが多いです。制裁であるとともに、この制裁があることにより適正に業務を行うことを確保する意義もあります。その意味で、許可制の実効性を確保するための規定です。
 この条例では、知事は、プールの経営者がプールにおける公衆衛生や安全の確保に関し、必要な措置を講じなかったり、措置命令に違反した場合など、許可を取り消すことができるとする規定が考えられます。
⑧罰則
 許可制の実効性を確保するために、許可を受けることなく業務を行った者には、罰則が科されることが多いです。また、許可に係る業務に関する義務、監督規定等に違反した場合も罰則が科されることが多いです。
 この条例では、許可を受けることなくプールを経営した者や、プールにおける公衆衛生や安全の確保に関し必要な措置を講ずる義務や措置命令に違反した者に、罰則を科す規定が考えられます。
 以上のような検討を経て、条例の規定が出来ると思います。

 最後に、本稿が皆さんの政策形成力の向上に資することができれば幸いです。

 

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(元)参議院常任委員会専門員・青山学院大学法務研究科客員教授 塩見 政幸

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