政策形成力の磨き方 - その10 法的思考力① 適用結果の想定

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2024.03.21

★本記事のポイント★
1 膨大な法的知識を駆使するためには、法的知識が整然と引き出しに格納され適切に引き出されるという法的思考力を高める必要がある。法的思考力の要素として、リーガルマインドとともに、適用結果の想定や整合性の考慮がある。2 法令を適用するとどのような結果が生ずるかを想定することは、法令を立案する際に重要な検討事項。 3 安全性が認証されたことを示すマークが付されている電気用品でなければ、販売し、又は販売の目的で陳列してはならないとする法令の規定を適用するとどのような結果が生ずるかを考察する。

 

1.法的思考力

 「条例化の関門」では、政策をどのように条例にしていくかという法的検討のプロセスについて考察し、条例の所管事項、法律と条例との関係、憲法適合性などの関門を経て条例が出来上がるとしました。
 政策形成と比較すれば、検討の過程がある程度定型化されているということで、職人芸の出番は少ないと述べましたが、憲法、行政法、地方自治法、個別の法令、立法技術などに関する膨大な法的知識を駆使して条例等を立案することは、立案の職人芸と言われるかもしれません。
 このように膨大な法的知識を駆使するためには、法的知識が整然と引き出しに格納され適切に引き出されるという法的思考力を高める必要があると思います。法律の世界では、法的な問題について多くの人を納得させる妥当な結論を出せるセンスのことをリーガルマインドと呼ぶことがあります。このようなリーガルマインドは、法的思考力の重要な要素でしょう。
 リーガルマインドの修得方法は、人それぞれでしょうが、筆者は、リーガルマインドとは、人権思想、法的安定性、信義則、責任主義などといった実定法の背後にある原理を踏まえた総合的な思考力のようなものだと考えていますので、実定法の具体的な制度の背景にある原理・原則を踏まえて法律問題を考える習慣をつけることにより修得できるのではないかと思っています。
 抽象的な議論をしましたが、ここからは、条例立案における法的思考力の要素としての適用結果の想定や整合性の考慮について考察したいと思います。「条例化の関門」の第6回で、条例立案における憲法審査には、適用結果の想定とか種々の原理・制度等との整合性の考慮など職人芸とも言えるスキルが必要となる場面もあると述べました。適用結果の想定や整合性の考慮は、条例立案における憲法審査だけでなく、法的検討の多くの場面において重要な要素なので、改めて考察したいと思います

 

2.適用結果の想定

 「条例化の関門」の第6回では、条例立案の憲法審査に関連して、政策を条例にする場合、具体的な条例の規定を念頭に置いて、その規定を適用するとどのような結果が生ずるかを想定することの重要性を述べました。その際には、条例が意図している結果だけでなく、意図していない結果なども想定する必要があるともしました。
 憲法審査に限らず、法令を適用するとどのような結果が生ずるかを想定することは、法令を立案する際に重要な検討事項です。

 

3.事例で考えましょう

 <事例>
 電気用品の製造又は販売の事業を行う者は、一定の手続により電気用品が安全性の技術基準に適合していると認証されたことを示すマークが付されているものでなければ、電気用品を販売し、又は販売の目的で陳列してはならないとする法令の規定を適用するとどのような結果が生ずるかを想定しましょう。

 <考察>
 法令の意図した結果は、「絶縁不良による発火などのおそれがない安全な電気用品が販売される」ということです。
 法令の意図しない結果としては、この法令の施行前に製造された電気用品にはこのようなマークが付されていませんので、中古の電気用品は販売等ができないことが考えられます。
 これは、実際に、PSE(Product Safety Electrical appliance & materials)問題として生じた事例です
 平成11年(1999年)に「通商産業省関係の基準・認証制度等の整理及び合理化に関する法律」により、「電気用品取締法」が改正され「電気用品安全法」となり、電気用品の製造、輸入又は販売の事業を行う者は、電気用品が安全性を満たしていることを示すPSEマークが付されているものでなければ、電気用品を販売し、又は販売の目的で陳列してはならないとされました(平成13年(2001年)4月施行)。
 電気用品安全法の施行後5年間の猶予期間が過ぎる平成18年(2006年)4月からは、PSE マークがない同法施行前に作られた電気用品は、販売できないことになり、その結果、幅広く流通する中古家電の売買が制限され、中古家電販売業界に大きな混乱が生じました。
 このPSE問題の原因は、法律作成の際、中古家電が広く普及していることを考慮していなかったことにあるとされています。法令を立案する際には種々の適用結果を想定することの重要性を認識させられる事例だと思います。
 なお、法令の経過措置が書ければ立案者としては一人前であるという話を聞いたことがあります。経過措置は、その法令(の本則の規定)を施行・適用した際にどのような事象が生ずるかを予測したうえで、その事象から生ずる不都合を緩和することなどを図る規定ですので、経過措置を書くためには予測の力が求められます。
 このPSE問題についても、法令の施行の際、現に存する電気用品について、安全性を確認しつつ販売できるような経過措置を置く必要があったのではないかと考えます。

 

1 法的思考・リーガルマインドの一般的な解説については、田中茂明『法学入門(第3版)』(有斐閣、2023年)189頁以下参照。本稿では、立案における法的思考について考察したいと思います。 2  経緯については、以下のサイト参照。
・「PSE法問題はそれからどうなったのか」Timesteps 2008年10月5日
http://timesteps.net/archives/818570.html
・「PSE問題で経産省がミス認め謝罪「立法時、中古品想定せず」」 ITmedia News
2007年07月17日 www.itmedia.co.jp/news/articles/0707/17/news088.html

 

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(元)参議院常任委員会専門員・青山学院大学法務研究科客員教授 塩見 政幸

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