政策形成の職人芸
政策形成の職人芸 その8 条件の把握・対処
キャリア
2022.11.01
★本記事のポイント★
①政策を実現するためには、そのための条件が必要で、思いついた政策案が実現できるかどうか、条件の整備状況を調査する必要がある。条件は、変化していくので、政策は適切なタイミングに講ずる必要がある。 ②政策をデザインする際、デザイナーが変更できない所与の条件と、デザイナーが変更できる条件があることを認識する必要がある。 ③政策をデザインする際、様々な状況に対処する必要があり、「場合分け」、「裁量権の付与」、「分権」などで対処する。
1.条件の重要性
政策を実現するためには、そのための条件が必要です。思いついた政策案が、実現できるかどうか、条件の整備状況を調査する必要があります。
公共政策学の書物の中には、「同じ内容の政策であっても、実施される国や地域、タイミングなどによって、また、政策が対象とする人々によって、まったく異なった結果をもたらすことがある」としたうえで、「政策をデザインする際には、その政策が実際に実施される現場の条件や要因をできるだけ幅広く考慮しておく必要がある」「政策が失敗する原因の1つは、このような現場の具体的状況の見落としにある」という論述1があります。
国や他の自治体において同様の政策課題に対処する先行事例を、状況の違いを考慮せず模倣することなどは、政策が失敗する原因となり、この論述の指摘は重要だと思います。
例えば、コロナ問題について、PCR検査を積極的に行い、陽性者を病院に一定期間隔離・治療する政策案を採るとして、果たして、令和2年の春先の時点でPCR検査を行う体制や受け入れる病院のキャパシティーが十分であったか問題となるでしょう。当時、もっと積極的に検査を行うべきとの意見もありましたが、このような条件が十分に整っていないこともあり、それほど検査が進まなかったとも言われています。
2.条件は変化する
また、条件は、変化していくことも念頭に置く必要があります。
感染対策の1つとして、感染経路や濃厚接触者を調べる「積極的疫学調査」があります。わが国では、保健所がコロナの感染経路を丹念に追跡したことにより、初期の爆発的感染を抑える効果があったと思われます。しかし、「積極的疫学調査」が効果を発揮するのは、感染者数がそれほど多くなく感染経路がある程度追跡できる場合であり、感染者数が増加し、感染経路不明率が高くなった場合(いわゆるまん延期)にはその効果も薄れます。また、保健所のマンパワーから、調査自体にも無理が生じます。実際、令和3年1月には、神奈川県や東京都は、「積極的疫学調査」の対象を縮小する方針を採ったとされています。また、令和4年1月から感染急拡大したオミクロン株については、感染力が強いことと世代時間(感染者が感染してから他人に感染させるまでの時間)が短いことにより、「積極的疫学調査」で濃厚接触者を特定しても濃厚接触者はすでに感染している可能性も高くなり、「積極的疫学調査」の効果は薄れたとされています。
次に、コロナ問題についての自粛要請の効果についてですが、令和2年の春ごろは、コロナ感染に対する恐れもあり、自粛要請というマイルドな方法も比較的効果があったとされていますが、徐々にコロナ慣れしたせいか、令和2年の秋ごろからは、自粛要請ではあまり効果が上がらず、冬に至ると感染者数が増大しました。これは、客観的な条件だけでなく、人の心理という主観的な条件も変化することを示す例でしょう。
このように政策の効果は、条件に依存しますので、政策は適切なタイミングに講ずる必要があります。
3.条件の種類を見分ける
ところで、公共政策学の書物の中には、デザイン活動に要求される能力として、「デザイナーが自由に操作することができず、いわば所与のものとして受け入れデザインの大前提とせざるを得ないような諸条件と、デザイナーがその努力と才覚で変えることができる諸要因の各々を、的確に把握し峻別するという能力」をあげるものがあります2。
確かに、政策をデザインする際、デザイナーが変更できない所与の条件と、デザイナーが変更できる条件があることを認識する必要があります。
実際の政策過程において、政策内容が政治的に決められることは別としても、予算、人員等の政策資源の制約、社会慣行による制約等が、デザイナーが変更できない所与の条件とされることが多いと思います。このような制約は、デザイナーが変更できない所与の条件であることが多いでしょうが、政策のデザインをする際に、このような所与の条件を最初に設定することは、「できない理由」を探すことが先行して、有効な政策案が思い浮かばないことになりかねません。政策案を構想したうえで、その政策案が実施される条件が整備されているかどうかを具体的に検討する方法が望ましいと考えます。また、問題の解決のためには、所与の条件と考えられたものを変更することが必要となる場合もあります。
例えば、先ほど例にあげたコロナのまん延防止に関する令和2年の春先の時点でのPCR検査を行う体制や受け入れる病院のキャパシティーは、その時点ではデザイナーが変更できない所与の条件かもしれませんが、コロナのまん延防止のためには体制の強化を図る政策案を検討すべきと考えます。
4.条件への対処
政策をデザインする際、様々な状況に対処する必要がある場合とか、どのような条件があるかの予測が難しい場合があります。このような場合、どのように対処するかについて考察します。
公共政策学の書物の中には、このような場合の対処法として、「場合分け」「裁量権の付与」「分権」をあげるものがあります。
名称 | 対処法 |
---|---|
場合分け | 政策をデザインする際にあらかじめどのような状況や条件、対象がありうるかを列挙し、それぞれのタイプにあわせて内容を決めること |
裁量権の付与 | 状況にあわせて柔軟に内容を変えられるように現場の裁量の余地を残しておくこと |
分権 | 権限を「下に向けて」委譲することによってそれぞれの地域や対象ごとに多様な政策展開を可能にすること3 |
この論述のとおり、様々な状況・条件が予見できる場合は、「場合分け」で対処し、予見できない場合は、「裁量権の付与」「分権」など現場の判断に委ねる余地を残す方法で対処すべきでしょう。法令においても、事情の変化に機敏に対応することや地域性を考慮することが必要な場合、下位の法令に内容の細目を委任したり、行政裁量を認めたりすることがあります。
1 公共政策学(2018)261頁・264頁。 2 足立幸男「政策研究」北川正恭ほか編『政策研究のメソドロジー-戦略と実践-』(法律文化社、2005年)27頁以下。 3 公共政策学(2018)268頁以下参照。