知っておきたい危機管理術/木村 栄宏
危機管理術 AIとの付き合い方
キャリア
2020.08.01
知っておきたい危機管理術 第44回 AIとの付き合い方
私たちの生活を向上させるAI
私たちの生活や仕事の中で、もはやAIと無関係でいられるものはない。ネットやTV、ラジオや紙媒体等を問わず、メディアでAIの言葉がでない時はない。データ化、デジタル化の進展と相まって、AIはあらゆる分野で業務効率を上げる。それは私たちの生活を向上させていくと皆が想定する。
例えば、AIによる気象分析で自然災害の被害予測を行い、損保会社の業務効率化が図られる(災害発生前から損害を予測し、調査期間の短縮により迅速に保険金支払いを行う等)。また災害情報を多様な言語で自動発信するAIアナウンサーの登場により、24時間災害情報を伝える手段が増える。既に東京都豊島区は、最先端のAIが見守る災害に強い町として、総合防災システムの構築を進めた。
あるいはAIによる監視システムや犯罪予測で、犯罪抑止と被害の未然化が可能になる。このように社会生活に係わる危機管理分野だけでなく、AIを使った防衛や武器など、安全保障分野までその対象は多岐にわたる。
遺伝子解析では出生操作、出生前診断が進むことで、生き方を想定外から想定内に変えることが可能になり、投資や投機の分野では、AIによる超高速の為替自動取引が進化。AIと相性が悪そうな政治の分野でさえ、AIを用いた政策決定と検証が可能になる。
AIブームの様相
自治体業務では、AIにより効率化が図られることで、住民とのコミュニケーションだけでなく、創造的な工夫と人間性による判断が必要な、調整業務や予算・実績・評価・新たな計画策定などに注力できるようになる、といった具合に、AIへの期待と熱狂は、ブームの様相を呈している。
AI第1次ブームは、1950年代後期から1970年代にかけて生じた。コンピュータの進化の始まりの時代であり、映画「2001年宇宙の旅」(1968年4月)では、人工知能のHALの暴走で人類の未来への恐怖と不安が提起された。
AI第2次ブームは、エキスパートシステム(AIプログラム)の進化により1980年代に生じたが、例えば第5世代コンピュータプロジェクトを開始した日本では、バブルの崩壊と共に終焉した。
AI第3次ブームは、ディープ・ラーニングを核に2006年頃から始まった潮流である。2016年に囲碁対戦用AI(グーグルの子会社作成)が人間のプロ囲碁棋士に勝利したというニュースで社会にインパクトを与えると、その後続々とAIによる成果が登場し、社会現象となった。この間、未来学者のレイ・カーツワイルが2005年に技術的特異点(シンギュラリティ)を提唱。2013年にはオックスフォード大学オズボーン准教授とフライによる論文で「10年後には全職種の49%がコンピュータリゼイションの影響を受け消滅する」と述べられた。そこでAIは人間の仕事を奪うのかという議論が生じた。なくなる仕事の代表が「テレマーケター」や「手縫いの仕立て屋」、定型業務を行なう仕事等とされ、AIに奪われず残る仕事の代表としては「危機管理責任者」「メンタルヘルス・薬物関連ソーシャルワーカー」などが挙げられ、この論文は有名になった。
社会インフラと化すAIの時代
しかし、AIの場合は、もはやブームというものではない。元々、「第何次ブーム」といういい方は、日本ではベンチャーブームやIT革命といった際に使われてきた。しかしAIは既に社会に浸透し、AIを前提とした社会になっており、“自動車事故をなくすには自動車自体をなくせばよいのではなく、自動車という存在を前提として危機管理を行う”と同様、「AIはブームではなく社会インフラと化す」という認識の時代になっている。
一方、注意すべきは、「意思決定の二重過程理論」(人間が物事を考えるときに感情的・経験的に考えるシステムと、分析的・論理的に考えるシステムがあるが、前者が後者より優位に立つ)である。感情的な印象はリスク認知に影響を与え、市民の日常生活に関連性が低い技術は信頼感がなく、否定的な印象をもたらす。AIとデジタルデータ化の進展で、プライバシーが侵害されたり、フェイク画像・ニュースで不利益が生じないかなど、AIにまつわる不安はあろう。しかしAIが人々に役立つという価値観の共有がされれば、信頼感に影響し「よく分からないから怖い」という認知は消える。
自動車の「自動運転」も人間が完全に運転に関わらない自立走行に辿り着くまでの移行期間が、最も危険といわれるが、自動車の構造を知らなくても私たちが生きる前提として自動車を「疑問も持たずに」利用してきたように、AIも「信頼と安心」をもたらす社会「ツール」として私たちの生活に溶け込む、ということを期待して今後生きていく時代になっている。