感染症リスクと労務対応
【労務】感染症リスクと労務対応 第5回 従業員がウイルスに感染していることがわかりました。このことは公表すべきでしょうか。
キャリア
2020.03.19
新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)
従業員の感染や企業の業績への影響は公表するべきか。その法的根拠や開示範囲
(弁護士 高 芝元)
【Q5】
従業員がウイルスに感染していることがわかりました。このことは公表すべきでしょうか。また、ウイルスによる企業の業績への影響について公表すべきでしょうか。
【A】
従業員情報の公表、企業の業績への影響の2つについて、それぞれ解説したいと思います。
1. 従業員情報の公表
(1) 公 表
労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定しています。
そのため、使用者は、労働者の安全や健康に配慮する義務(以下、「安全配慮義務」といいます)を負い、会社内で従業員がウイルスに感染したことが判明した場合には、保健所や職場に告知・連携を行い、感染経路や(濃厚)接触者の範囲を確認のうえ、消毒作業などの「必要な配慮」をとらなければならないと考えられます。
他方、保健所等に対する告知や上記の「必要な配慮」を超えて、情報公開をするか否かについては、現在、一律のルールは定められていません。
この点、企業イメージや事業に与える影響から、公表をすべきか否か、公表するとした場合にいかなる範囲で公表するのかなどについての判断は、極めて難しいものといえます。
もっとも、会社を訪れる人の二次感染被害の防止や内部から通報された場合のリスクを考慮すれば、個人情報の保護に配慮したうえで、可能な限りの事実関係や対応措置について公表することが望ましいといえるでしょう。
実際に、NTTデータや電通、JR東日本などでは、社員の感染情報等について公表しています。
(2) 個人情報の保護
個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)16条2項は、個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで当該「個人情報」を扱ってはならないと規定しているところ、「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」には本人の同意が不要であると規定しています(同条3項2号)。
もっとも、感染者について、年代・性別・居住地域などの基本情報以外は公表しないという行政の対応に合わせることにより、「個人情報」にあたらず、本人の同意が不要であると考えられるため、個人情報保護法違反の問題が生ずる可能性は低いといえるでしょう。
なお、会社としては、会社内で従業員がウイルスに感染したことが判明した場合に、どのように公表等の対応をするのかについて、従業員に対してあらかじめ周知しておくことが、その後の問題を回避するためにも有益だと思われます。
2. 企業の業績への影響
東京証券取引所が、2020年2月10日付けで「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた適時開示実務上の取扱い」を、上場会社宛てに通知いたしました。
そのため、上場会社は、これを踏まえたうえで、企業の業績への影響について適時開示することが求められます。以下、重要箇所を抜粋します。
(以下、抜粋)
決算及び四半期決算の内容の開示
通期の決算内容及び四半期決算内容につき、今般の新型コロナウイルス感染症の影響により決算手続き等に遅延が生じ、速やかに決算内容等を確定することが困難となった場合には、「事業年度の末日から45日以内」などの時期にとらわれず、確定次第にご開示いただくことで差支えありません。
新型コロナウイルス感染症の影響により、大幅に決算内容等の確定時期が遅れることが見込まれる場合には、その旨(及び確定時期の見込みがある場合には、その時期)の適時開示をご検討ください。
新型コロナウイルス感染症の影響により、有価証券報告書又は四半期報告書の提出期限の延長申請を行うことを決定した場合には、その旨の適時開示が必要となります。
事業活動等への影響に関する開示
不正確・不明確な情報に基づく価格形成を回避し、投資者に適切な投資判断を促す観点から、役職員や取引先その他の関係者の皆様の健康及び安全の確保を最優先いただいたうえで、可能となった時点では、速やかにかつ積極的に、影響等に係る情報開示をご検討ください。
業績予想に関する開示
今般の新型コロナウイルス感染症が事業活動及び経営成績に与える影響により、決算内容の開示に際して業績予想の合理的な見積もりが困難となった場合や、開示済みの業績予想の前提条件に大きな変動が生じた場合などにあっては、その旨を明らかにして、業績予想を「未定」とする内容の開示を行い、その後に合理的な見積もりが可能となった時点で、適切にアップデートを行うことなどが考えられます。
【参考リンク】
・新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた適時開示実務上の取扱い
https://www.jpx.co.jp/news/1023/20200210-01.html