自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[2]宮城県気仙沼市の事前防災

NEW地方自治

2020.03.18

自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[2]
宮城県気仙沼市の事前防災

鍵屋 一(かぎや・はじめ)
月刊『ガバナンス』2016年5月号) 

 宮城県最北端にある気仙沼市は2010年の国勢調査で人口約7万3500人、2万5500世帯の都市であった。翌11年の東日本大震災発生により、死者1139人、行方不明者220人、建物被害1万5815棟という大被害を受けた。

 今年3月26日、気仙沼市危機管理課長(当時、後に危機管理監)だった佐藤健一さんを訪ねて、現地を案内いただきながら話を聞いた。佐藤さんは役所に入って22年間、漁港・海岸などハード部門を担当し、その後、ソフトの防災を12年間担当した。まさに、自治体防災の第一人者だ。

気仙沼市魚市場

(写真は月刊「ガバナンス」2016年5月号より)

 東日本大震災で大変に厳しい被害を受けたが、実際には気仙沼市や市民が日常からの魅力づくりと事前の防災対策の両立により相当程度被害を軽減できたと気づいた。

 気仙沼市魚市場は07年に完成した。その屋上は、駐車場スペースが広くとられ、公園にあるような東屋が設置され、木のデッキが敷き詰められている。この景色だけを見れば、とても下に魚市場があるとは思えないだろう。

 この計画づくりに入っていたのが佐藤さんだ。いつか来る津波災害に備えて、魚市場の屋上を津波避難場所にも利用しようと考えた。それには、上屋を高くした上で、普段から市民や市場関係者が駐車場として使い、また東屋の下でゆっくりと海を見られるようにすることで、津波避難場所であることが周知されると考えたという。ただし、このような仕様にすれば、当然ながら費用が嵩む。国庫補助金を使うので、あれこれと算段しながらの申請に、当時の国の担当者が北海道奥尻島被害の経験を活かし、認可に至ったという。

 そして、11年3月11日に東日本大震災の大津波が襲来したとき、約1000人もの市民がここに避難して助かった。まさに、日常からの魅力増進型施設が防災対策として大きな効果を発揮した事例だ。

 市は、東日本大震災以前に魚市場を含めて津波避難ビルを多数指定し、そこで助かった人は約3000人にも上る。ただ、佐藤さんは今回は運が良かっただけかもしれないと考えている。今回は干潮時だったが、もし満潮時の津波であったら、あるいは避難ビルで津波火災が発生していたら、確実にもっと多くの人が亡くなっていた。したがって、避難ビルは第1次避難として、次のもっと安全な場所やビルに通路を作ることなどを考える必要があるという。私たちは、この貴重な教訓を津波避難対策に活かさなければならない。

魚市場の防災無線屋外スピーカー

(写真は月刊「ガバナンス」2016年5月号より)

 防災無線屋外スピーカーは、地震による停電のときも必ず放送できるように大型バッテリーを内蔵するのが通常である。佐藤さんが事業者と協力して実験的に太陽光パネルにしたところ、非常に安価で、しかも停電の恐れもほとんどなくなったという。地道な工夫が現場業務を支えていると実感する。このように日常の予算を少なくすることで、防災対策が継続しやすくなる。

五十鈴神社

 五十鈴神社は、魚市場の真向かいにあり、海に突き出た半島の上にある。神社に登る階段は相当に急だが、手すりが設置されていて、お年寄りでも時間をかければ登れそうになっている。

 もちろん、日常から参拝者が登りやすいように、と神社が付けたものだが、津波災害時にはこの手すりにつかまって速く駆け上がることもできる。ここでも、東日本大震災の津波からの避難者が助かっている。

ブロック塀

 気仙沼市のまちを見て、驚いたのがブロック塀の少なさだ。1978年の宮城県沖地震では宮城県内で27人が亡くなっているが、そのうち14人はブロック塀の倒壊により下敷きになって亡くなった。市はスクールゾーン以外は特に補助金は出していないというが、佐藤さんは、この地震の教訓で市民の間に自然にブロック塀をしないという考え方が普及したのではないかという。それにしても様々な塀があるものだ。

 ブロック塀が少なかったことにより、人がその下敷きにならなかったと同時に、道路を塞ぐこともなく、避難路を守ったと言えるのではないか。ブロック塀がなければ、日常から人が話しやすくなり、防犯効果も高いという。また、生垣にすれば、日常の緑化や景観を良くする。これも、日常の魅力づくりが災害に役立つ事例だ。

住民とのワークショップ

 佐藤さんは住民とのワークショップを重視した。東日本大震災前に、何と600回程度も実施していたという。津波シミュレーションを持参し、地域住民との間で避難場所、避難方法を決めていく。

 そして辛い話を聞かせてくれた。階上(はしかみ)地域のお伊勢浜海水浴場の近くに杉ノ下地区がある。ここに来る津波は、想定では最大8mで、高さ13mの高台には到達しない。また、明治三陸津波でも杉ノ下の高台までは到達していない。

 この地区は、年に6回ものワークショップを行い、自分たちで避難場所を決めた。佐藤さんは、この高台に逃げれば命を救えると判断し、避難場所に指定した。住民たちは、草刈りや道路清掃をし、また避難訓練にはほとんど全員が参加していた。非常に自治意識が高い地域で、佐藤さんも誇りに思って、各地で紹介してきたという。しかし、杉ノ下地区には、震災時に13m以上の津波が押し寄せ、93人もの人命が失われた。

 この辛い経験から、「避難場所は点であってはならない。線としてより安全な場所に避難できるように準備することが大事だ」という。

 一方、佐藤さんは、ある住民の言葉に救われたという。

 震災後、普段からとても職員に厳しい自治会長が来庁したので、また叱られると思った。ところがその自治会長は次のように話した。

 「佐藤さん、あんたがやってきたこと、だめだと思っているだろう。うちの地区は亡くなった方は多いけど、ワークショップや訓練や防災講座に出ていた人たちは、みんな助かったよ。あんたのやってたことは役に立った。ありがとうと言いに来た」

 ワークショップは、人の意識づくり、コミュニティづくり、自治意識の高揚に役立つ。防災をてこに、佐藤さんが地域づくり、人づくりをしてきたのだと改めて深く感じ入った。

 

Profile
跡見学園女子大学教授 鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

 

 

この記事をシェアする

特集:若者×自治体──若い力を地域づくりに活かす

お役立ち

月刊 ガバナンス2016年5月号

2016年5月 発売

本書のご購入はコチラ

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

関連記事

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

  • facebook

鍵屋 一

鍵屋 一

跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

閉じる