『モモ』(ミヒャエル・エンデ/著)―お金って何だろう 立ち止まって考える

キャリア

2019.12.04

第9回 お金って何だろう 立ち止まって考える

『地方財務』2019年5月号

 財政課は、予算に責任を持ちます。
 必要なところに過不足なく予算が計上されているか、不要な事業に予算が使われていないか、歳入はしっかり確保されているか、後年度に過度な負担を負わせていないか、などいろいろな要素を勘案しながら予算を作り、その執行を管理します。
 それは大切なことですが、ともすると、予算が単なる「数字」になってしまいかねません。現実世界では見たこともない1000万円といった額も、数百億円の予算を扱っている中では、小さな額に感じられてしまいます。
 4月から新しい年度が始まり、予算の執行も始まります。年度末から年度初めにかけてバタバタしていた役所内も、連休を明けると少し落ち着いてくるのではないでしょうか。こんなときこそ、一度立ち止まって、「お金とは何か?」といった根本的なことに立ち返ってみたいものです。普段の業務に役立つことはあまりないかもしれませんが、莫大な金額を記号のように扱う財政課の職員であればこそ、お金の何たるかについて、常に考えていたいものです。
 さて、今回ご紹介する本は、ミヒャエル・エンデ著の『モモ』です。有名な児童文学なので、読んだことがあるという方もいらっしゃるでしょう。
 「お金について考えよう」と言っておいて、どうして児童文学を紹介するのか、と疑問に思われた方もおられるかもしれません。実はエンデさんは、お金の正体について突き詰めて考えた思想家でもあったのです。この『モモ』にも、お金に関する寓意がふんだんに盛り込まれているとされています。エンデさんの思いをたどることで、お金に関する認識が深まるのではないでしょうか。

○「時間」と「お金」の関係

 本のタイトルである「モモ」は、主人公である女の子の名前です。モモは、人の話をじっくり聞くことによって、みんなの気持ちをつかまえます。モモは何も持っていませんが、彼女と接することで、誰もが豊かな気持ちになれる不思議な存在です。
 平和な日々が続いていたモモの世界に、「時間泥棒」が登場し、一気に暗雲が垂れ込めます。時間泥棒は、人々に時間の節約を求め、余らせた時間を奪って「時間貯蓄銀行」に貯めていきます。そして、それまで自分らしく生きていた人たちが、時間に追われるあまり自分の姿を見失い、モモのもとを離れていきます。
 子ども向けの小説なので、平易にわかりやすく書かれていますが、いろいろと深読みしたくなる内容です。
 「時間貯蓄銀行」があるくらいですから、「時間」が「お金」の暗喩となっていると考えるのはむしろ自然かもしれません。そして、使うために節約していたはずが、いつの間にか貯めることが目的となり、貯めるために大切なものを犠牲にしてしまうというのも、いかにもお金のことを言っているように思えます。
 そう言えば、古典派経済学には「労働価値説」というものがあります。これは、「人間の労働が価値を生み、労働が商品の価値を決める」という理論ですが、投下された労働を測る基準の一つとして労働時間が用いられます。価値やお金について考えるとき、「時間」という概念は避けて通れないのです。

○「信用」と「お金」の関係

 考えてみれば、お金とは不思議なものです。紙切れに「壱万円」と書いてあるだけで、1万円分の価値を持つのですから。なぜ壱万円札が1万円分の価値を持つのかと言えば、みんながそれをそう信じているからです。「信用」がお金をお金たらしめていると言っていいでしょう。
 『モモ』では、灰色の男たちの言葉に踊らされ、人々はこぞって時間銀行に時間を貯めていきます。一分一秒を削り出すために、せっせせっせと努めます。そうするのは、時間泥棒を「信用」してしまったからであり、それが高じて貯まったものを守ることに追われ、そればかりを考えるようになります。経済学で言う「貨幣愛」のような状況かもしれません。
 逆に、お金への信用がなくなったらどうなるでしょう。
 報道によれば、国際通貨基金(IMF)が、南米ベネズエラのインフレ率は、2019年中に年率1000万%に達するとの予測を発表したとのことです。1000万%と言われても全くピンときませんが、100円の品物が1年後には1000万円を超えてしまう計算になります。これでは国民経済が大混乱に陥ることを避けられません。こうしたハイパーインフレにはいろいろな要因がありますが、人々がお金の価値を信じられなくなってしまった状態と言えるでしょう。
 金の切れ目が縁の切れ目、などと言いますが、これを踏まえて言えば、信用の切れ目がお金の切れ目、という感じでしょうか。

○エンデの遺言

 エンデさんは、1995年に65歳でお亡くなりになりました。死の前年エンデさんは、NHKに現代のお金をテーマにした番組を作るように提案されたと言います。そして、それに基づいて作られた番組が「エンデの遺言」であり、その内容を深掘りする形で、同名の本も出版されました。副題は、「根源からお金を問う」というもので、大きな反響を呼びました。
 エンデさんは「パン屋さんでパンを買う代金としてのお金と、株式取引所で扱われる資本としてのお金は、異なった種類のお金である」と認識していました。貯め込まれて流通しないお金や、商品や投機の対象となっているお金が、人々を惑わせているというのです。お金がお金を呼び、お金自体が力を持ってしまうことが、大きな問題を引き起こす引き金になると危惧していました。
 「エンデの遺言」では、新しいお金の形として地域通貨が紹介され、世界各地での取り組みが報告されました。中には、利子の考え方とは反対に、貯蔵することによって価値が下がっていく仕組みを取り入れたものもあり、貯めることから使うこと、分かち合うことにお金のあり方が変わった例もあったようです。

○「お金」について考えよう

 エンデさんは利子の存在を重視しましたが、近年の日本ではほぼ利子が消滅してしまっています。また、ビットコインなどの仮想通貨が世界的に広まるなど、お金の姿はさらに変貌を遂げています。
 死から20年以上が経過し、エンデさんの考えも、少し古くなっているのかもしれません。しかし、だから駄目だというのではなく、お金について考え続ける姿勢を学びたいものです。
 お金について考えたところで、予算が増えるわけではありませんし、歳出を削れるわけでもありません。しかし、予算を扱う財政課は、常にお金とは何かということを考えていたいところです。そこからきっと見えてくるものがあります。じっくりと「時間」をかけて、お金の何たるかに迫っていきましょう。

【今月の本】
『モモ』ミヒャエル・エンデ/著、大島かおり/訳
(岩波書店、2005年、定価:800円+税)

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