時事問題の税法学

林仲宣

時事問題の税法学 第26回 応能負担と応益負担

地方自治

2019.08.19

時事問題の税法学 第26回

応能負担と応益負担
『月刊 税』2017年12月号

出国税導入

 昨年の9月、カンボジアのシェムリアップに入った。アンコールワット遺跡群を観光する旅である。世界遺産の素晴らしさには圧倒されたが、それにもまして驚き、心を痛めたのは、カンボジアの貧しさだった。発展途上で活気のあるベトナムのハノイを経由したから、余計にそう感じたのかもしれない。

 遺跡群の周辺でも、雨水に頼る生活であり、施設不足のため義務教育の小学校は二部制だと説明する現地人ガイドは、在留邦人が経営する日本語学校で学んだというから、相当、恵まれた家庭・階層の出身なのだろう。

 同じツアーの女性が、「1ドルね」と物売りの少女から絵葉書を買っている姿を横目で見ながら、「1枚1ドルは高いね」と同行した40年来の学友につぶやいた。飲食店で、ミネラルウォーターが1ドル、ビールが2ドルと請求されていたからだ。友人がうなずいたとき、女性が驚きの声をあげた。少女から10枚以上の絵葉書が入ったケースを渡されたのだ。しかも北海道や沖縄で売られている絵葉書と比べても、遜色のない出来ばえだった。庶民生活において、1ドルの価値の高さが分かった瞬間といえる。そうなると、遺跡群の入場料金が40ドルというのは法外な金額となるが、それも貧しいカンボジアへの貢献と考えれば、納得できる。同様に、喧噪渦巻くハノイに戻る際には、さらに「出国税」と称する課金にも違和感はなかった。ところが、わが国にも「出国税」を導入する動きがあるという報道には驚愕した(産経新聞電子版10月23日)。

 出国税といっても、平成27年度税制改正で創設された、国外転出時課税制度のことではない。この制度は海外に転出する富裕層に対して課税することから出国税と通称されているが、驚愕したのは、観光庁が、日本から出国する人に課す「出国税」を検討しているという話である。平成32年までに訪日外国人客を4000万人に増やす政府目標の達成に向け、訪日客の受け入れ態勢整備などに充てる新たな財源の確保を目的として、有識者会議を経て、今秋に議論をまとめるという。日本の文化や歴史、おもてなしを堪能した訪日客に追い銭をふっかけることになる。租税に対する応能負担や応益負担という見地からは説明がつかない。

 しかも、この「出国税」は、日本人に課される可能性もあるという。海外旅行に出かける余裕があるという資力への応能負担ということかもしれない。

応益負担

 日本人にもこの「出国税」が導入された場合に、自宅から空港までの経路で、受益負担の対象は見当たらない。海外旅行への意欲が減退するだけである。海外旅行のツアー料金には、燃油サーチャージ金額の表示がされることが多いが、これも消費者は価額にシビアであることを、観光庁は理解していないのだろうか。

 10年ほど前、現在、東京の第一の名所といってもいい施設の建設案が浮上したときのことだ。地元自治体の税務責任者から、施設の入場者に、環境整備の法定外税として課税できないかと相談を受けた。しかし、東京ディズニーランドや当時話題だった六本木ヒルズの来場者には課税されていないし、環境整備の責任は施設を運営する事業会社に課されるのではと答えた。まさしく応益負担である。

 雨後の筍のように、全国の自治体で様々な法定外税が考案され、一部が導入実施された。しかしその多くは、首長や議員の選挙に関係ない訪問客や企業を対象としたものだった。とくに環境保全、利用者施設の整備等をうたった、いわゆる環境税は、観光客のみを対象とした、負担転嫁税制といえる。もちろん観光客の落としたお金で潤った地元企業は応能負担で納税することになるが、観光目的の中心が神社仏閣である場合には疑問が残る。

 結局、公的な課金制度を強制力の強い法形式である「租税」に依拠している、つまりなんでもかんでも「租税」にして取ろうという考えが、税制を歪めていると感じる。いわば課税にはルールが必須だとする租税法律主義の原則(憲法30条・84条)を形式論だけで語るべきではないと思う。

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税理士

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