相手を動かす話し方

八幡紕芦史

相手を動かす話し方 第5回 不安でいっぱい!初めての研修講師

キャリア

2019.07.31

相手を動かす話し方
第5回 不安でいっぱい!初めての研修講師

月刊『ガバナンス』2008年8月号

 田中君が提案した職場環境の改善計画に1週間後、上司の許可が降りた。計画実施に際して、上司からファイル管理の研修講師を務めるよう指示を受けた田中君。上司は、彼がファイル管理について徹底的に勉強をしていたのを見込んで、白羽の矢を立てたのだ。

 ところが、田中君は研修講師をした経験がない。人前で話をすることも苦手で、一度は辞退した。しかし、これからのキャリアにプラスになると説得され、講師を引き受けることになった。だが、研修日が近づくにつれ不安でいっぱいになり、胃が痛くなってきた。

 

受講者と一緒に考える

 受講者に「研修を受けてよかった!」と思ってもらえれば、研修講師としていい仕事ができたといえる。受講者が満足する条件は、わかりやすい内容だったとか、仕事に役立つ内容であったなどがある。もちろん、それらも重要だが、「積極的に研修に参加できた」という感想を得られると受講者満足度も高い。

 受講者に積極的に研修に参加してもらうためには、受講者と一緒に考えるという姿勢で臨むことだ。特に受講者と同じ職員が講師になる場合は、同じ目線に立って一緒に学ぶ態度で取り組んだ方がいい。一方的に、「ああしろ」とか、「こうすべきだ」などと上からの目線で講義をすると反発を受け、せっかくの内容であっても学習効果は非常に低くなってしまう。

 それに、一方的な講義であれば、受講者は受け身の態度に終始する。当然ながら、単に知識を得るだけで、実際の仕事の場面で活用できるかどうかは心許ない。研修中はその気になっても、終わって職場に戻ると何も変わっていないということがある。これでは、講師も受講者もエネルギーを浪費しただけになる。

 単に知識を付与するのではなく、共に考える研修を目指そう。そのためには、講師と受講者が双方向のコミュニケーションを行いながら、研修を進めることだ。たとえば、「問題を解決するには、こうすべきだ」ではなく、「職場では、どんな問題がありますか」と受講者に投げかけてみよう。そうすると、「私たちの職場では、このような問題があります」と、意見が返ってくる。

 さらに、「このような問題は、他の職場でもありますか」と、他の受講者に質問を投げかけてみる。あるいは、「皆さん、どうすればこの問題を解決することができるでしょうか」などと、受講者全員に投げかけて考えてもらう。講師と受講者だけでなく、受講者同士の話し合いが始まれば、研修は活性化する。

 このように一緒に考えるという姿勢で臨むと、受講者は「積極的に参加できた」と感想を寄せてくれるはずだ。

現場の具体例と直結させる

 初めて研修講師になると、決まって「研修の途中で、教えることがなくなってしまい立ち往生するのでは…」と不安に駆られる。その不安を解消するために、多くの講師は教える内容をあれもこれもと、たくさん用意する。

 その結果、研修では多くの情報を受講者に与えることになる。多くの情報を与えられると、受講者は消化不良を起こす。研修が終わって、受講者に「今日は何を学びましたか」と質問をすると、「う〜ん」と考え込んでしまう。これでは、職場に戻って研修内容を思い出すこともないだろう。「教えすぎると受講者は混乱する」と思っていた方がいい。

 研修の準備段階では、教えるべき内容を絞り込むことだ。3つぐらいにコンパクトにまとめ、その絞り込んだ内容を具体例でふくらませるといいだろう。

 そうすれば、教える内容がなくなってしまうことはない。逆に時間が足りなくなるぐらいだ。それに、研修講師は、ややもすると、抽象的な概念を投げかけるだけで終わってしまう。一般論をこねくり回すだけだと、受講者はいわゆる「わかったようで、わからない」気持ちになる。

 受講者に問題意識と当事者意識をもってもらうためには、受講者の現場の仕事を具体例として取り上げることだ。たとえば、「皆さんの職場の問題を、この理論に当てはめてみると…」とか、「皆さんの問題の原因は、この考え方を適用すれば…」などと、一般論と具体論にブリッジをかける。受講者に一般論だけ投げかけると、他人事になってしまう。それでは研修効果は期待できない。

 教える内容と受講者の現場の具体例とをつなぐには、受講者の仕事を知っていなければならない。研修を始める前に、受講者について情報を集めることが重要だ。受講者の属性をはじめとして、業務の内容、抱えている問題、解決すべき課題、研修参加の動機や期待など、できるだけ多くの情報を集める。そうすれば、受講者の現場と直結した研修を行うことができる。

 研修が始まる前に、アンケート調査を実施するなどして、受講者の状況を把握しておこう。また、アンケートの目的は、研修講師の情報収集のためだけではない。アンケートを記入することによって、受講者の問題意識と当事者意識を高めることができる。

講義であがらないためには?

 研修が始まるとき、受講者が受け身で「何を教えるのか…」とばかり、冷ややかな態度で待っているとしよう。そのような受講者の前に立つと緊張してあがってしまう可能性が大だ。それに、学習意欲が低い受講者では、いくら熱弁をふるっても暖簾(のれん)に腕押し状態になる。そんな雰囲気で、焦れば焦るほど講師の方はあがってしまうものだ。

 今まで話してきたように、受講者と一緒に考える姿勢で講義に臨めば、親しみのある雰囲気になり、研修講師もリラックスすることができる。また、受講者の具体例を盛り込んだ講義を実施すれば、受講者の学習意欲は高く、教える意欲をかき立てられる。人前で話すときにあがるのは、自らあがるような雰囲気を作り出していることが原因だ。

 一般的に、人はせかせかして、早口で話し始める。早口で話すとあがってしまう。あがると早口になる。悪循環だ。講義が始まったら、ゆっくりした動作で、ゆっくり話し始めよう。そして、大きな声で話すことだ。大きな声を出した瞬間、気分が落ち着いて、その後は余裕をもって講義をすることができる。

 また、講義内容をすべて書き出し丸暗記すると、受講者を前に緊張し、途中で頭の中が真っ白!その後は全滅ということになりかねない。それを避けるためには、講義内容を大きく3つの大項目で組み立て、それぞれの大項目を中項目3つに分解し、さらにそれぞれの中項目を小項目3つに展開する。

 このように、講義内容を3部構成のインデックス・ツリー状態で組み立て、それを頭の中に焼き付けておく。そうすれば、途中で真っ白になり、青ざめることはないだろう。

 

著者プロフィール

八幡 紕芦史(やはた ひろし)

経営戦略コンサルタント
アクセス・ビジネス・コンサルティング(株)代表取締役、NPO法人国際プレゼンテーション協会理事長、一般社団法人プレゼンテーション検定協会代表理事。大学卒業とともに社会人教育の為の教育機関を設立。企業・団体における人材育成、大学での教鞭を経て現職。顧問先企業では、変革実現へ、経営者やマネジメント層に支援・指導・助言を行う。日本におけるプレゼンテーションの先駆者。著書に『パーフェクト・プレゼンテーション』『自分の考えをしっかり伝える技術』『脱しくじりプレゼン』ほか多数。

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