相手を動かす話し方
相手を動かす話し方 第6回 住民説明会でのプレゼンを任された
キャリア
2019.07.31
相手を動かす話し方
第6回 住民説明会でのプレゼンを任された
田中君が所属する課では、3年後の完成を目指して集会所の建て替え計画を進めている。老朽化が進み住民のライフスタイルも変化してきた中、敷地面積を拡張し最新の設備を導入する予定だ。マスタープランができあがった段階で、近隣住民を集めて説明会を開くことになった。
そこで、田中君はプレゼンテーションを行う重責を担うことに…。しかし、建設に伴う近隣への影響があり、住民説明会は紛糾する可能性もある。どうすれば住民の理解を得られるプレゼンができるか、田中君は悩み始めた。
説明会で住民にわかりやすく説明し、賛同を得るプレゼンテーションをするために、大切なことは次の3つだ。
①住民の立場に立って説明すること
②誠実な態度で説明すること
③住民一人ひとりに語りかけること
住民の立場に立って説明する
多くの人は、自分の伝えたいことを伝えることがプレゼンテーションだと考えている。言いたいことを一方的に話し、言いたいことがしっかり言えればうまくいったと思う。もし、半分も言えなければ失敗したと悲観する。しかし、プレゼンテーションは〝プレゼント〟だから、住民が聴きたいことを話さなければならない。住民が聴きたいことを説明し計画に合意してもらえれば、話し手のプレゼンテーションの目的は達成できる。
では、住民の聴きたいこととは何だろうか。住民の立場に立ってイメージを湧かせてみよう。何のイメージも湧かないとか、「う〜ん」と唸って思考停止になるなら、日頃の仕事に対する姿勢が問題だ。住民が聴きたいことは、まず、集会所を建て替えることによって、住民にどんなメリットがあるか。あるいは、どんなデメリットがあり得るか。それに、建て替えでどれだけ近隣に影響が出るかなどだ。
ところが、担当者は、まず、集会所を建て替える必要性を話すべきだと考える。住民から「建て替えは必要ないのでは?」という意見が出ると話がややこしくなるから、必要性を切々と訴え理解を求めようとする。次に、集会所の外観、設計、レイアウト、設備の仕様などについて説明し、いかに立派な集会所ができるか理解してもらおうと思う。そして、最後に今後の工期も含めたスケジュールを淡々と説明する。
担当者にとってみれば、集会所を建て替えることが仕事の目的だ。だから、集会所の建て替えについて力説する。しかし、住民にとってみれば、それは手段にしかすぎない。住民にとっては集会所を便利に快適に使用することが目的であって、集会所を建て替えることは、目的達成の手段にしかすぎない。住民の立場に立つとは、「住民の目的とそれを達成する手段は、自分の目的とそれを達成する手段とは逆の関係にある」と認識することだ。
そこで、説明会でのプレゼンテーションは、住民の聴きたい順番で話を組み立てる。まず、住民の目的である集会所を建て替えるメリット、つまり、便利で快適なスペースを提供することから話し始める。次に、建て替えることによって住民が受けるデメリットや悪影響を誠実な態度で説明し、その対策を明らかにすること。そして、最後に集会所の外観、設計、レイアウト、設備の仕様などに言及する。担当者が話したい順番と住民が聴きたい順番は逆だ。これからは、逆立ちをしてプレゼンテーションをしよう。
誠実な態度での説明が大切
住民説明会のプレゼンテーションで大切なことの2つ目は、誠実な態度で説明すること。誠実な態度とは、下手に出るとか、丁寧な言葉で話すという意味ではない。話し手が本当は話したくない事柄、たとえば、住民にとって好ましくない事柄を、正直に開示し説明すること。それが誠実な態度という意味だ。
ひょっとすると、集会所の建て替えに伴う住民のデメリットは、説明会の最後に簡単に話をしてやり過ごしたいと思うかもしれない。しかし、そうすれば、逆に問題は大きくなる。受益者に負担を強いなければならないこと、利用規則が変わること、工事期間に騒音が発生すること、不便を強いることなどのデメリットは、説明会の早い段階で開示することだ。それも、単に開示するだけでなく、デメリットを解消する対策もきちんと説明する。そうすれば、住民の納得は得やすくなる。
プレゼンテーションでメリットばかり訴求すると、逆に聴き手は「本当だろうか」とか、「何か裏があるのでは?」などと猜疑心をもつ。賢明な聴き手は、何事にもメリットがあればデメリットもあると考えている。デメリットも誠実に示すことにより、聴き手の理解と合意を得ることができる。
また、ひとつの案を訴求するだけでなく、選択肢を示すことも重要だ。たとえば、A案を提案して合意させたいとしよう。もし、プレゼンテーションでA案の良さを、これでもかとばかり説明すると、聴き手は「他にもあるのでは?」と考える。A案に合意させたければ、B案、C案についても説明し、そして、総合的に判断するとA案であると説明する。そうすれば、誠実な人だという印象を与えることができるだけでなく、非常に納得性の高いプレゼンテーションになる。
住民一人ひとりに語りかける
プレゼンテーションを準備する段階で、多くの人はパソコンを立ち上げ、スライド作りに専念する。そして、説明会では聴き手の正面にスクリーンを立て、スライドに沿って説明をする。そうなると、プレゼンテーションの主人公はスライドになる。そして、話し手はスライドを解説する単なる〝解説者〟に成り下がってしまう。本来、プレゼンテーションでは、話し手が主役でなければならない。ここで使うスライドは、伝えるためのツールにしかすぎない。
文明の利器は人間を2つの方向へ導く。1つは、人間に利便性をもたらす方向。もう1つは、人間を堕落させる方向。スライドに頼ってプレゼンテーションをするのは、文明の利器に使われ堕落した話し手だ。
住民説明会のプレゼンテーションで大切なことの3つ目は、ツールに頼ることなく住民一人ひとりに語りかけること。住民の正面に立ち目線をしっかり合わせ、一人ひとりに誠実に語りかける。「わかってほしい」、「賛成してほしい」という気持ちを込めて話すことだ。準備の段階で、自分が言いたいことを書き出し、聴き手の前でそれを吐き出す無味乾燥なプレゼンテーションでは、住民の理解も合意も得ることは難しい。
もし、スライド作りに時間を費やすなら、住民の立場に立って考えることに時間を使うべきだ。いくら凝ったスライドを作ったとしても、スライドは住民を説得してくれない。担当者が自らの口から住民に向かって誠実に語ることが大切だ。
著者プロフィール
八幡 紕芦史(やはた ひろし)
経営戦略コンサルタント
アクセス・ビジネス・コンサルティング(株)代表取締役、NPO法人国際プレゼンテーション協会理事長、一般社団法人プレゼンテーション検定協会代表理事。大学卒業とともに社会人教育の為の教育機関を設立。企業・団体における人材育成、大学での教鞭を経て現職。顧問先企業では、変革実現へ、経営者やマネジメント層に支援・指導・助言を行う。日本におけるプレゼンテーションの先駆者。著書に『パーフェクト・プレゼンテーション』『自分の考えをしっかり伝える技術』『脱しくじりプレゼン』ほか多数。