
政策課題への一考察
国内事例からみる世界情勢の変動時に求められる自治体対応|政策課題への一考察 第123回
NEW地方自治
2026.08.06
目次
出典書籍:『月刊 地方財務』2026年7月号
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【政策課題への一考察 第123回】
国内事例からみる世界情勢の変動時に求められる自治体対応
株式会社日本政策総研副主任研究員
栗原 章
※2026年6月時点の内容です。
1 はじめに
直近のトランプ関税やホルムズ海峡封鎖に代表される世界情勢は自治体財政にも大きく作用する。例えば製造品出荷額等に占める輸出関連産業の比率が高い自治体の場合、主要な輸入国による関税引き上げ及び輸入規制、輸出国による不公正な貿易慣行(ダンピング等)により国内製造の受注及び市場シェアが縮小し、下請・関連企業の売上及び設備投資が連鎖的に落ち込むおそれがある。これに伴い、自治体においては法人住民税などの歳入減に加え、業績が悪化すれば企業の資金繰りに係る相談、制度融資、信用保証料補助、雇用・就労支援などに係る歳出増につながる可能性がある。
世界情勢の変動に対しては、自治体は地域経済への影響を抑えるべく、各種制度を地域の実情に合わせた事業として具体化する必要がある。そのためには、平時から各産業の変調に伴う歳入・歳出への波及関係をあらかじめ整理しておくことが望ましい。
本稿では、こうした世界情勢の変動リスクに対する自治体の対応事例を調査分析し、自治体が担い得る基本的な機能を整理した上で、産業分野別のリスクの現れ方と財政への波及経路を確認する。次に、国内事例を通じて国の制度の活用や広域連携、商工団体・金融機関との連携、部門横断の情報統合などの対応の特徴を整理する。これらの特徴を踏まえ、平時の準備を危機時の財政判断や地域経済の回復へとつなげるための実務上の要点を示す。
2 自治体が担い得る3つの機能
世界情勢の変動に対応する上で、自治体にまず求められるのは、地域内のどの産業、工程、事業者が影響を受けやすいのかを把握することである。その上で、国の制度や外部資源を地域の実情に合わせて組み合わせ、事業者が実際に活用できる相談・申請・伴走支援の仕組みに落とし込む必要がある。表1に、上記の流れの中で自治体が担い得る3つの機能を整理する。
表1 自治体が担い得る機能

出典:筆者作成
(1)地域内の脆弱性を把握する機能
近畿経済産業局では「地域サプライチェーン連携支援の着眼点」として、支援対象の特定、地域サプライチェーンの可視化、共通課題の抽出などが示されている。自治体財政の観点からみれば、限られた財源や支援策における最適な投入先(産業・工程・事業者)を判断するための基礎情報整備と位置付けることができる。同資料に掲載されている泉州タオルの安定生産・産地維持に向けた取組(1)のように、産業ごとの脆弱な工程や共通課題を把握しておくことは地域産業への影響が雇用、税収、生活支援等に波及する可能性を見通す上でも重要である。
〔注〕
(1)九州経済産業局
https://www.kansai.meti.go.jp/2chuusyou/shoukei/13jirei.pdf
(2)国の制度や外部資源を地域の実情に合わせて適用する機能
国の制度は全国的な課題に対応する枠組みとして設計されるため、地域ごとの産業構造や事業者の実態を細部まで反映するには限界がある。自治体は国の制度の要件と地域の実態との間にあるギャップを埋めるべく、業界団体、金融機関、企業、地域団体等と連携しながら制度を実際に使える形へ具体化する役割を担う。
(3)現場での支援を仕組み化する機能
申請書の作成、必要書類の準備、自己負担や資金繰りの見通しが障壁となれば、制度を整えても事業者の利用には結び付きにくい。広島県呉市と呉広域商工会の事例では、商工会と市が共同で小規模事業者の事業継続力強化を支援するための「事業継続力強化支援計画」を策定している(2)。同計画は商工会と市が支援主体となり、小規模事業者の防災・減災や事業継続に向けた取組を支援する枠組みである。
〔注〕
(2)中国経済産業局
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/keizokuryoku/002/004.pdf
自治体が以上の機能を担うにあたり、世界情勢の変動がまず産業活動に対して影響を及ぼす(武力等による物理的な被害を除く)ことを念頭に置き、資源を投入する対象の優先順位と規模を想定しておく必要がある。このため、次章では世界情勢の変動が産業に及ぼす影響の特徴を整理し、それを踏まえて自治体がとり得る対応を分析する。
3 産業別にみる世界情勢の変動の影響
世界情勢の変動は、農林水産業では資材などの価格上昇、製造業では受注や調達の停滞、観光関連産業では需要の急減、都市型産業では生活サービスの供給不安といったように産業ごとに異なる影響を及ぼす。したがって、自治体は産業ごとに影響経路を分けて把握する必要がある。以下に、国際情勢の緊迫や世界経済の変動が地域経済に及ぼす影響について、自治体が注視すべきリスクの特性を産業分野ごとに整理する。
表2 産業分野ごとの世界情勢の変動による影響の特徴

出典:筆者作成
農林水産業では飼料、肥料、燃料、資材の価格上昇が経営を圧迫する。影響は農林水産業にとどまらず、加工、流通、飲食、学校給食などに波及し、地域産品の安定供給及び品質維持にも影響を及ぼし得る。自治体側には、農業者・漁業者向けの緊急補助、燃料費支援及び資金繰り支援などを通じて事業継続や地域産業の維持を図る判断が求められる。
製造業では特定国・特定部材への依存、通商措置、輸出規制が受注と調達に影響する。下請・中小企業の資金繰り悪化は金融機関の貸付条件変更等の件数として表面化し、自治体にも資金繰りの支援及び雇用維持対応が求められる。
観光関連産業では感染症、災害、風評、交通途絶が宿泊、飲食、交通、小売、文化施設に連鎖する。影響は事業者の売上だけでなく、雇用、入湯税、宿泊税、使用料収入、地域交通売上、商店街売上にも幅広く及ぶ。
物流、医療・介護及び金融業など人口集積と日常的なサービス需要に依存する都市型産業では物流停滞、物価上昇及び人手不足が各産業に波及し、深刻化すれば地方税(固定資産税、法人住民税等)等の滞納や納付遅延件数が増加する。この段階になると、影響は商工費や農林水産業費にとどまらず、民生費や労働費にも波及する。したがって、産業部門では資金繰り相談や制度融資申請の増加として、税務・収納部門では地方税の納付遅延として、福祉部門では生活困窮相談の増加として、それぞれ異変が先行する。自治体ではこれらを部門横断的に把握し、地域経済の変調に対して、どの段階で、どの分野に、どの程度の支援を行うべきか判断することが求められる。
なお、産業別に影響の特徴を把握した次に求められることは、自治体が把握したリスクをどのように事業化し、誰と連携し、どの制度や財源を組み合わせて実行するかである。
4 自治体によるリスク対応事例の特徴
危機対応を実務に移す自治体には共通する構造がある。国の制度を地域課題に合わせて事業化し、必要に応じて広域連携を設計し、商工団体等を伴走支援の担い手として位置付け、金融機関等の事業者接点を地域経済の変調把握に活用している。
筆者が調査した国内事例からみてとれる第一の特徴は、自治体が国の制度や事業を活用し、地域課題の具体的な解決基盤として事業化している点である。東松島市の「スマート防災エコタウン(3)」は、東日本大震災後の住宅再建・復興まちづくりの過程で、防災、環境、地域エネルギー政策を一体化した事例である。同市は復興まちづくり計画や環境未来都市構想の一環として、環境省の「自立・分散型低炭素エネルギー社会構築推進事業」を活用し、民間事業者等と連携して自営線によるマイクログリッドを構築した。これにより、平時にはエリア内で電力を地産地消し、災害時には災害公営住宅、病院及び公共施設等への電力供給を可能としている。この事例の意義は、国の補助事業を単独の設備整備にとどめず、復興、防災、環境、地域エネルギー政策を結び付け、災害時にも生活・医療・公共機能を支える地域基盤として具体化した点にある。
第二の特徴は、自治体が産業リスクへの対応に向けた広域連携を設計していることである。京都府では行政、経済団体及びライフライン事業者等が参画する検討会議を設置し、地域連携型BCPとして行動指針を策定している(4)。同指針は平常時、緊急対応時、復旧・復興期のフェーズごとにヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源や地域連携の要点を整理したものである。こうした広域調整が機能する上では、自治体や国の出先機関が持つ公的な信頼性が強みとなる。
〔注〕
(4)京都府
https://www.pref.kyoto.jp/kikikanri/kyotobcp/index.html
第三の特徴は、業界団体・商工団体が支援及び補助金審査対象者の把握及び伴走支援の主体として位置付けられている点である。中小企業庁の事業継続力強化計画制度(5)により、認定事業者は税制措置、金融支援及び補助金審査における加点等を受けることができる。しかし、小規模事業者が単独で災害リスクを把握し、申請書を作成し、訓練や見直しまで継続することは難しい。呉市と呉広域商工会の事例では商工会が地域事業者の被災経験や経営実態を踏まえ、市と共同で事業継続力強化支援計画を策定し、巡回・窓口相談、ハザードマップやリスクチェックシートを活用したリスク確認、専門家による普及啓発セミナー、保険会社と連携した相談、事業継続力強化計画の策定支援を行っている。
〔注〕
(5)中国経済産業局
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/keizokuryoku/002/004.pdf
第四の特徴は、金融機関が持つ事業者接点を個社情報の取扱いに留意した上で、地域経済の変調を把握する補助的な情報源と位置付けることである。近畿経済産業局は、地域金融機関との連携プログラムを通じて、補助金等施策の普及・活用促進や、地域企業の経営課題解決に向けた協働事業に取り組んでいる。これは自治体そのものの事例ではないが、地域金融機関を事業者支援の接点として位置付ける連携モデルとして参考になる(6)。
〔注〕
(6)関東経済産業局
https://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/kinyu_renkei/index.html
自治体側にも金融機関との連携を地域課題や地域経済動向の把握に活用しようとするニーズはある。内閣官房の自治体アンケートでは金融機関と連携実績・予定がある自治体は約7割であり、今後金融機関に期待する役割として、地域課題に関する情報提供や地域経済動向に関する情報提供が多く挙げられている(7)。
〔注〕
(7)内閣官房新しい地方経済・生活環境創生本部事務局
https://www.chisou.go.jp/sousei/pdf/2501_research_kinyu_s.pdf
金融機関は資金繰り相談、条件変更、借換、返済猶予、支払遅延、廃業相談等を個社レベルで把握し得る立場にある。これらを個社情報として扱うのではなく、業種別、地域別、規模別、相談内容別の傾向として統計情報として集計できれば、自治体が相談窓口の開設、補助制度の発動、専門家派遣の分野選定、生活支援との連動を判断するための先行指標になり得る。
以上、世界情勢の変動に伴う影響及びそのリスクに対応している自治体事例の特徴を示した。これらの事例をみるに、各自治体による平時の準備を危機時の財政判断や地域経済の回復につなげるために必要な条件の1つとして、自治体内における情報活用・庁内連携によるリスク管理が重要であることが窺える。このため、次章では自治体内における情報連携を実現している事例をもとに自治体がとるべき行動を示唆する。
5 自治体内における部門ごとの情報の統合と財政判断への活用
危機時における自治体側の対応を阻むものは、把握すべき情報、支援対象、活用する制度などを短時間で判断しなければならない点である。そのため平時から必要な情報を部門ごとに分散させたままにせず、関係者が同じ前提で判断できる形に整えておく必要がある。
可児工業団地の連携BCP(8)では個社では対応しきれない災害時の課題に対して企業、工業団地、市、県、国出先機関、インフラ事業者等が参加し、産官連携タイムラインの共有、共通資源の洗い出し、連絡網、災害用マップ、被害状況報告書、初動対応フロー、訓練等を平時から整備しており、事業継続力強化計画制度において、計画策定だけでなく訓練、フォローアップ、見直しが重視されている。
〔注〕
(8)岐阜県可児工業団地
https://www.kani-i-p.com/bcp
この事例から特記できることは、危機時に初めて必要になる資料や関係性を平時から作成・更新している点である。地域産業リスク台帳、関係者連絡台帳、支援制度一覧、初動チェックリスト、相談票、制度外案件リスト、訓練記録、効果検証様式を作成しておくことで、どの対象に、どの順番で、どれくらいの規模の資源を投入するかを判断する根拠を作ることができる。
また、こうした準備を紙の台帳や会議資料にとどめず、継続的に更新できるデータ基盤として整えることも有用である。
近年ではデータ可視化ツール(BIなど)を平時のEBPM基盤として整備する自治体事例がある。豊中市は税関連のデータを加工した上で固定資産税額等の推移を地区別・産業分類別に可視化し、企業立地促進施策の効果検証に活用している(9)。また横須賀市では、産業連関表を用いた経済波及効果分析ツールを開発し、観光・イベント、建設投資、設備投資等の効果を定量的に検証できる仕組みを整えている(10)。
〔注〕
(9)総務省統計局
https://www.stat.go.jp/dstart/case/63.html
(10)総務省統計局
https://www.stat.go.jp/dstart/case/11.html
観光分野では日本政府観光局(JNTO)がTableau Publicを活用し、訪日外国人数、都道府県別訪問率、旅行消費額、滞在エリアのヒートマップ等を公開している(11)。岩手県観光協会もDomoを活用し、観光キャンペーンや旅行支援関連データを関係者間で分析できる環境を整えている(12)。観光危機管理や風評被害対策を財政事業として扱う場合、宿泊稼働率、予約キャンセル、来訪者属性、消費単価等を可視化する基盤は、支援制度の発動判断や需要回復施策の設計に活用できる。
〔注〕
(11)日本政府観光局
https://statistics.jnto.go.jp/
(12)ドーモ株式会社プレスリリース(2023年1月11日)
https://www.domo.com/jp/news/press/iwate-tourism-association-202301
財政分野でも、東京都財務局はPower BIを活用した「都財政の見える化ボード」を公開(13)し、予算、決算、財務諸表、補助金、政策評価・事業評価等を可視化している。
〔注〕
(13)東京都財務局
https://www.zaimu.metro.tokyo.lg.jp/zaisei/zaisei/dashboard/
こうした財政データの可視化は、危機時の即時判断に直接用いるものではない。むしろ、数か月から年度単位で、地域経済の変調が歳入・歳出にどのような影響を及ぼしているのかを確認するための基盤である。そのうえで、税収、基金残高、地方債、国庫補助及び既存事業の優先順位を見直す際の共通の判断材料となる。
他方、世界情勢の変動への対応では危機発生時の支援だけでなく、事後の回復までを一連の事業として設計する必要がある。
6 地域経済の回復につながる事後対応
観光、飲食、小売、交通のように需要の落ち込みが短期間で雇用や地域消費に波及する分野では、安全確保、情報発信、風評対策、需要喚起を切り離して考えることはできない。糸満市観光危機管理計画は減災対策、情報発信、避難誘導・安全確保、帰宅困難者対策、風評被害対策、観光産業の早期復興・事業継続支援を観光危機管理の一連の対応として整理している(14)。特徴的なのは、危機発生直後の安全確保にとどまらず、危機後の風評被害対策や観光産業の早期復興までを計画に含めている点である。
〔注〕
(14)糸満市
https://www.city.itoman.lg.jp/soshiki/21/1130.html
また、山梨県のやまなしグリーン・ゾーン認証制度は、感染症の蔓延下において宿泊施設・飲食店等の安全性を県が確認し認証することで、利用者の安心・信頼を確保しようとした制度である(15)。認証基準の設定、現地確認、認証施設の周知、認証施設を対象とした宿泊割引等の需要喚起策(16)との組み合わせは、安全確保と経済支援を一体化した政策設計といえる。また同制度は新型コロナウイルス感染症の5類移行に伴い令和5年5月7日で認証制度を終了し、令和5年5月8日から登録制度へ移行した。注目すべきは、危機時の臨時制度を廃止するだけではなく、認証制度で形成された事業者ネットワークを平時の自主的対策と有事の迅速な協力要請に切り替えられる基盤として残した点である。
〔注〕
(15)公益社団法人やまなし観光推進機構
https://www.yamanashi-kankou.jp/greenzonetokusetsu.html
(16)山梨県中小企業団体中央会
https://www.chuokai-yamanashi.or.jp/%E3%80%90%E5%B1%B1%E6%A2%A8%E7%9C%8C%E6%B0%91%E9%99%90%E5%AE%9A%E3%80%91%E3%82%84%E3%81%BE%E3%81%AA%E3%81%97%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%B3%E5%AE%BF%E6%B3%8A
7 おわりに
世界情勢の変動への対応は、平時よりどの産業のどの変調が歳入と歳出にどのような影響を与えるのかを見立て、資源投入に係る戦略を立てておくことが重要である。
自治体の実務上では、自治体の主要産業、関連する税目、相談窓口、既存の支援制度、関係団体、金融機関との連絡経路を棚卸しすることから始めるべきである。新規で大規模な計画を作ることは必須ではなく、既存の産業振興計画、地域防災計画、業務継続計画、総合計画、財政見通しの中に世界情勢の変動がどの産業を通じて歳入減や歳出増をもたらすのかを一項目として組み込むことが第一歩である。
*政策コンテンツ交流フォーラムは、株式会社日本政策総研、神戸シティ法律事務所が連携ハブとなり、国・地方自治体・民間企業のメンバーを架橋し、政策的課題を多面的に検討するネットワークです。本コラムを通じて、フォーラムにおける課題認識、政策創造の視点等をご紹介します。
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株式会社日本政策総研 会社概要
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https://www.j-pri.co.jp/about.html
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