
自治体の防災マネジメント
避難の行動変容は「2人称の防災」で~「津波防災の日」スペシャルイベントから~│自治体の防災マネジメント 第117回
NEW地方自治
2026.07.22
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出典書籍:『月刊ガバナンス』2025年12月号
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月刊 ガバナンス 2025年12月号
特集:自治・地域をめぐる私の論点2025→2026 編著者名:ぎょうせい/編
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※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2025年12月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
2025年11月5日、内閣府が「津波防災の日」スペシャルイベント「南海トラフ地震等を見据えた国民の防災意識向上と行動変容について」をオンラインで実施した。
基調講演は、片田敏孝・東京大学大学院情報学環環総合防災情報研究センター特任教授が務められ、避難の行動変容には「2人称の防災」が大切だ、と話された。非常にインパクトがあるので紹介したい。なお、本稿は私のメモをもとにしており、不正確な点はご容赦願いたい。
3人称の防災
私はこれまで、研修や講演などで家具転倒防止の話をするときは、阪神・淡路大震災における直接死の要因の約1割が家具の下敷きとみられること、新潟県中越地震ではけが人の5割以上が家具の下敷きになったこと、震度6強では1m以上の高い家具が倒れやすいことなどのデータや知識を伝えることが多かった。
しかし、話を聞いている人の顔を見ると、とても今日、家具の転倒防止をしそうにない。単なる知識では人は動かないだろうと感じていた。似た話が津波避難にもある。宮城県七ヶ浜町における、東日本大震災前の避難訓練や防災講習への参加の有無と、実際に津波避難をした人との関係性は次のようなものだった。
「地震避難訓練、地震や津波に関する防災の講義への参加、地震・津波に関する話を聞いた経験は避難行動に統計学的に有意な影響を与えていない」(※1)(傍線部は筆者)
*1 中谷直樹「津波避難訓練が避難行動に与える効果」埼玉県立大学地域産学連携センター2019年度WEB講座
やはりここでも、地震や津波の知識が行動変容につながっていない。片田教授は、知識を伝える「3人称の防災」は当事者感が生じにくい、自分事になりにくい、と指摘する。
1人称の防災
そこでこのごろは、家具転倒防止の必要性を訴えるために、実際に地震で倒れた家具の写真や映像を使うようになった。映像を見て「怖い」と感じてもらった後で、具体的な対策を伝える。
家具の転倒防止は、L字金具でとめるのが最も良いが、難しいことも多い。そこで、まず家具の配置を考える。寝室や居間に置かず家具部屋をつくったり、倒れても人に当たらない場所に移動させる。できれば奥さんが古い洋服などを断捨離して背の低い家具に変えるのがいいが、これはL字金具の固定より難しい(笑)。
簡易な方法として、家具の手前下部に転倒防止版を入れる方法もある。1つ1000円未満で買えるが、すぐに用意できない場合にもとりあえず雑誌などを挟み込んでおこう、と伝える。天井と家具上部の隙間に段ボールを押し込むとさらに効果がある、と念押しする。大地震の場合、家具は転倒防止対策をしても倒れるかもしれないが、逃げる時間を稼げる可能性が高い、と言い訳もする。
ただ、顔を見ていると、やはり実践しそうにないと感じる。片田教授は、恐怖感を与える「1人称の防災」は正常性バイアスが働くために、行動変容が起きにくい、と話す。
2人称の防災
そこで、片田教授は次のような例えを講義で話すという。
「お母さんが地震後に家具の下敷きになったとしよう。津波浸水域で大津波警報が発令された。お父さんと君が一所懸命に家具を持ち上げようとするが、上げられない。お母さんが『もういいよ、あなたたちは逃げて。今までありがとう』と言ったらどうする?もし、君とお父さんが逃げれば2人は助かる、逃げなければ3人とも死んでしまうかもしれない。でもお父さんや君は逃げられるだろうか。実は先生も答えがわからない。自分にも娘がいるけれど、そんな状況になったら多分、逃げられない。じゃあ、どうすれば良いだろうか。
答えはある。それは地震前に家具の転倒防止対策をしておくことだ」
自分の大切な人(2人称)のことになると心配性バイアスが働き、いわゆる自分事化になりやすい。
岩手県釜石市での防災教育において、津波避難については次のように話したという。
「津波警報が出たとき、君たちが逃げるか逃げないかわからなければ、お母さんは心配して必ず迎えに来るだろう。そうすると津波にのまれてしまうかもしれない。では、どうしたら良いだろう。
それは、君が必ず逃げている、とお母さんが信じていることなんだ。今日帰ったら『僕は1人でも必ず避難場所に逃げる。お母さんも僕が逃げていることを信じて、すぐに避難場所に逃げてね』と伝えてほしい」
これは防災に関するコミュニケーションにおいて、説得ではなく共感による納得を目指すものだ。そして、態度の変容から行動変容につなげていく。
片田教授はまとめとして次のように述べている。
「災害対応に関わる当事者感、主体性を連呼しても、行動変容は促されない。人の心情のありようを理解し、これを踏まえて態度変容を促し、結果として行動変容が導かれる。防災では、そうしたコミュニケーションのデザインが必要と考える」
釜石市唐丹町荒川地区の事例報告
次に土橋照好・釜石市防災危機管理課長から事例が報告された。
東日本大震災の甚大な被害を経験した釜石市唐丹(とうに)町荒川地区では、被災体験を糧に、地域の防災力向上を目指して一歩ずつ実践を重ねている。「公助を待つのではなく、自助・共助で動く」ことを原則に、防災士の育成や地域での訓練を行ってきた。
また、要支援者について、車避難方法の検証など、現実に即した対応をすることで、より実践的な防災体制を構築しようとしている。
市では、地域訓練を行政職員も「必須参加」としており、職員と住民が顔の見える関係を築くことを重視している。この訓練現場での対話や協働を通じて、行政職員も地域課題をより具体的に把握できるようになり、実践的な地域防災力の向上につながっているという。土橋課長は「地域と行政が共に学び、共に行動する防災文化」を形成したいと話した。
高知市下知地区の事例報告
続いて、皆本隆章・下知(しもぢ)地区減災連絡会会長、及び山中晶一・高知市防災政策課長が事例を報告した。
下知地区は、南海トラフ地震で最大震度7、津波浸水深3~5m、到達時間20~30分、地盤沈降1.7mが想定され、全域が長期浸水する恐れがある。南海トラフ地震を見据え、同地区では住民主体の「下知地区防災計画」を策定。単なる避難計画ではなく、事前復興を考える地区防災計画として位置づけられている。
計画は、「命を守る」「命をつなぐ」「生活を立ち上げる」という3段階を軸に、揺れ・津波・長期浸水・避難所運営・復興の5つのフェーズで構成される。住民参加型のワークショップを中心に、アドバイザーの進行のもと活発な意見交換を通じて「自分たちの計画」をつくり上げた。
基本理念は、「災害に“も”強いまち下知」。防災だけでなく「日常の暮らしが楽しく安心できるまちづくり」を意味し、5つの柱が設定されている。
・子どもが伸び伸びと元気に遊べるまち
・お年寄りや障がいがある人が安心と生きがいをもって暮らせるまち
・産業が活発で働きやすいまち
・魅力があり、災害から生活を守れるまち
・地域活動が盛んで名前で呼びあえるまち
さらに、防災計画の中で効果と実現性が高い10項目を「下知ベスト10」として実行中。主な内容は
・コミュニティ対策:近所づきあいの促進、HP「下知で笑顔の花を咲かそ」開設、防災活動への参加拡大
・揺れ対策:家具固定支援、要配慮者の見守り支援
・津波・長期浸水対策:避難所運営への住民参加、避難ビルとの連携訓練、物資備蓄
・復旧・復興対策:地域内の相互理解、相談窓口の早期整備
で、これらを毎年度PDCAサイクルで評価・更新し、実行と改善を重ねているという。下知地区は、当初、筆者がアドバイザーとして関わったが、それから継続してレベルアップを図っている。頭が下がる思いだ。
*
最後に片田教授がコーディネーターを務め、前述の参加者及び磯打千雅子・香川大学IECMS地域強靭化研究センター准教授と私でパネルディスカッションを行った。後日、内閣府HPでアーカイブが見られるので、ぜひご覧いただきたい。
著者プロフィール
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一 かぎや・はじめ
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。
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