
新・地方自治のミライ
ジェネリックと自治体のミライ|新・地方自治のミライ 第113回
地方自治
2026.05.26
出典書籍:『月刊ガバナンス』2022年8月号
「新・地方自治のミライ」は「月刊 ガバナンス」で過去に掲載された連載です。
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本記事は、月刊『ガバナンス』2022年8月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに
健康保険証(共済組合員証)を日常的にまじまじと見る機会は少ないだろう。プラスチックカードの「東京都職員共済組合組合員証」(なお、2025年12月2日以降、個人番号カードへの強制一体化が進められたが、「資格確認書」というプラスチックカードの発行もなされている)の場合、裏面には臓器提供に関する意思表示記載欄があり、❶脳死・心臓死後に臓器提供する❷心臓死後にのみ臓器提供する❸臓器提供しない、という三つの選択肢があり、記入する場合にはどれかに○を付けることになっている。そして、署名年月日、本人自筆署名、家族自筆署名の欄がある(注1)。表面には、交付年月日・記号・番号(枝番)・氏名・生年月日・性別・資格取得年月日・(資格確認書では有効期限年月日・)発行機関所在地・保険者番号・名称・所在地の他に、「ジェネリック医薬品を希望します」が組合員本人の意向を聞かずに、強制印字されている。今回はこの問題を考えてみたい。
注1 本人が無記入で死亡した場合には、家族が自署できる。家族に勝手に署名させないためには、生前に自分で記入しなければならない。運転免許証の裏面にも臓器提供意思表示欄があるが、ここには家族署名欄はない。

ジェネリック医薬品推進政策と自治体
社会保険医療費の抑制のために、ジェネリック医薬品(以下、後発薬)が推進されている。後発薬とは、先発薬と効能が「同じ」であるが安価な医薬品とされる(注2)。
注2 この点については学術論争がありうる。本当に「同じ」ならば、先発薬を保険適用外にすれば済む。そうなっていない以上、効能の差異が何らかはあるのであろう。
「同じ」ならば、合利的個人は安価な後発薬を選択するはずであるが、現実にはそうなってない。第1に、効能が「同じ」ではないと、非合理的に患者が判断しているからかもしれない。この場合、患者を愚者と看做して、行政が何らかの善導や強制をしたがるだろう。第2に、単に惰性や非合利性などから、漫然と先発薬にしているのかもしれない。非合理的・非合利的個人には、お節介(パターナル)に行政が誘導して差し上げる発想になる。
後発薬推進政策に関わる自治体には、複数の顔がある。第1は、一般的な医療保険政策の実施当局である。第2は、地域保険者である。第3は、職域保険者である。正確に言えば、自治体当局と職員共済組合とは別組織ではある。しかし、後述するように、両者が密接であることは否めない。第4は、生活保護(医療扶助)実施機関である(注3)。
注3 2018年10月1日から、原則として、被保護者には後発薬が給付される(改正生活保護法第34条③)。
政策実施当局としての自治体
東京都庁は、アンケート調査結果なども参照して、2021年3月に「東京都後発医薬品安心使用促進に向けた具体的方策(ロードマップ)」を策定した(注4)。
注4 「後発医薬品のさらなる使用促進のためのロードマップ」(2013年4月5日厚生労働省)を受けている。
そのなかで、①ジェネリックカルテの分析結果の情報提供による区市町村の取組(地域の実情に応じた啓発や医療関係者への説明など)への支援②保険者協議会と連携した差額通知事業等の事例共有③保険者の後発医薬品希望カード・シール・差額通知等の取組に対する財政支援、などを例示している。希望カード・シールの配付に留まっている。

地域保険者としての自治体
東京都八王子市(国民健康保険)は、医療機関や薬局の窓口で後発薬を希望する旨を伝えることを推奨しているが、「すべての治療薬にジェネリック医薬品があるわけではなく」、「有効成分が新薬と同じでも、その他の添加剤はメーカーごとに微妙な違いがあり、ほかの薬などとの飲み合わせが変わってくる」としている。そのうえで、後発薬希望シールを希望者に市役所や各事務所で配布している(注5)。
注5 八王子市役所ウェブサイト。
https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kurashi/nenkin/004/p003447.html
山梨県甲州市(国民健康保険)は、2022年度の被保険者証から「ジェネリック医薬品希望」と強制印字している(注6)。「そのまま被保険者証を提示することで、ジェネリック医薬品を希望する意思表示」できるとする。但し、「希望されない方につきましては、被保険者証裏面の「ジェネリック表示欄保護シール」を貼っていただくことで「希望しない」とすることが可能です」とし、「※ジェネリック医薬品への変更を強制するものではありません」としている。そして、「ジェネリック表示欄保護シールは、被保険者証の台紙裏面にあります」としている。保護シールを取りに行く手間はない。
注6 甲州市役所ウェブサイト。
https://www.city.koshu.yamanashi.jp/docs/2022053000033/
職域保険者としての自治体または自治体連合
冒頭の通り、東京都職員共済組合は、希望カード・シールを任意または強制配布するのではなく、組合員が持たざるを得ない組合員証に強制印字する取組をした。しかも、後発薬を希望しない人に対して、保護シールを同時配布しない。離脱(オプトアウト)さえ事実上不可能にしている。
また、奈良県市町村職員共済組合は、2015年から組合員証を一斉更新し、そのときから組合員証等の表面にはあらかじめ後発薬希望の記載をした。なお、「*希望されない場合は、目隠しシール(新組合員証等と一緒にお配りします)を意思表示の記載箇所が隠れるようにお貼りください」としている(注7)。一応、離脱(オプトアウト)はしやすい。
注7 奈良県市町村職員共済組合ウェブサイト。
https://kyosai-nara.jp/pdf/sukoyaka/240/pdf/2015_01_17.pdf
大阪市職員共済組合では、先発薬を処方されている人のうち、後発薬への変更による切替効果が高い人に、年1回「ジェネリック医薬品利用促進通知」を送付して、後発薬の処方が可能か検討するように求めている(注8)。
注8 大阪市職員共済組合ウェブサイト。
http://www.city-osaka-kyosai.or.jp/tanki/iryouhi_osirase/
公立学校共済組合は、後発薬を希望する場合、病院や保険薬局で医師(薬剤師)にその旨を伝えるように教示している。また、口頭で言いにくい場合に配慮して、「ジェネリック医薬品お願いカード」を提示することを薦めている。同カードは、ウェブサイトでPDF化されており、それを印刷する方法となっている(注9)。ちなみに、上記の奈良県市町村職員組合も、強制印字配布以前には、この希望カード方式を採っていた(注10)。
注9 公立学校共済組合ウェブサイト。
https://www.kouritu.or.jp/kumiai/tanki/generic/index.html
注10 奈良県市町村職員共済組合ウェブサイト。
https://kyosai-nara.jp/pdf/sukoyaka/234/pdf/2013_07_17.pdf
また、地方職員共済組合は、「ジェネリック医薬品希望シール」を被保険証やお薬手帳に貼ることを勧めている(注11)。
注11 地方職員共済組合ウェブサイト。
https://www.chikyosai.or.jp/info/short/pdf/info_171207.pdf
おわりに
行政にせよ団体にせよ、個人の意思を離れて集団決定を強制することがある。民間団体であれば、意に沿わない集団決定する団体からは、個人は脱退できる。しかし、行政や健康保険組合からは、脱退できない。それゆえ、行政や健康保険組合・共済組合は、第1に、個々人の意思を反映する民主的決定手続が必要であり、第2に、強制決定する範囲・事項を限定する必要がある。しかし、特別権力関係のように組合員を位置づけて侵襲する団体もある。
強制加入の保険者が、民主的なのかは疑問である。市区町村国民健康保険の場合、被保険者と住民の範囲は乖離しており、住民代表が被保険者に代わって集団決定できるのか、実は疑義がある。また、職員共済組合の場合、組合員の意思を民主的に反映する仕組は、実態としては脆弱である。
例えば、東京都職員共済組合の場合、議決機関である組合会の半数は知事任命であり、執行機関である理事の半数と理事長は知事任命委員から選挙される(注12)。組合員は半分しか意思決定権を持たない。議員の半数だけ住民が選挙し、残りは知事任命という市区町村は、民主的団体とはいえないだろう。このように比べてみれば、東京都職員(共済組合組合員=被保険者)は、半分は知事(当局)に意思決定権を握られている。いわば半専制である。
注12 東京都職員共済組合ウェブサイト。
https://www.kyosai.metro.tokyo.jp/outline/kikan/post-185.html
仮に保険者が民主的でも、多数派意思により、団体が個人の意思を無視できるかは深刻な問題がある。個人の意思を確認しないまま、被保険証に強制印字して、個人の意思表明を勝手に後見代理することも疑問がある。シールで拒否(オプトアウト)できるからよい、とは言えない。そもそも、拒否(オプトアウト)という意思表示を強制させること自体が、非常な心理的圧迫(同調圧力)である。個人には、意思表示をしない自由もあるはずである。くわえて、公証にも利用される被保険者証の券面に、シールを貼ることは極めて不適切である(注13)。知らず識らずに人々の自律と尊厳はミイラのように干からびている。
注13 後発薬希望の強制印字を油性ペンで抹消したり、ポストイットで隠すことはできるのか、逆に、後発薬希望を勝手に油性ペンで加筆はできるのか、分からない。
著者プロフィール
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。
主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。
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