新・地方自治のミライ

金井利之

「内密出産」のミライ|新・地方自治のミライ 第108回

NEW地方自治

2026.01.20

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出典書籍:『月刊ガバナンス』2022年3月号

「新・地方自治のミライ」は「月刊 ガバナンス」で過去に掲載された連載です。
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本記事は、月刊『ガバナンス』2022年3月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 内密出産とは、妊娠を周囲に知られず匿名で出産を望む人が、専門の相談機関などに実名を明らかにして医療機関では匿名出産すること、または、その法制度である。

 独自の「内密出産」(注1)を導入している熊本市西区の慈恵病院は、2022年2月4日に、県外の10代が匿名を希望して出産した赤ちゃんについて、自分で養育しない意思を確認したと公表した。今回はこのテーマを採り上げてみよう。

注1 病院単独の工夫として、病院の相談室にのみ身元を明かして、病院で出産する仕組である。子どもが母親を知る権利を、母親の身分証名称のコピーなどを厳重保管して、病院が担保する。

「第108回 「内密出産」のミライ」のイメージ画像①

「内密出産」への経緯

 19年12月に同病院は「内密出産」の導入を決めた。翌20年7月に厚生労働省は「直ちに法令違反ではない」として、熊本市に行政指導の必要性を求めた。翌8月に熊本市は実施を控えるように行政指導をした。その後、熊本市は「内密出産」を前提とする行政指導は行わないと回答した。同病院は厚生労働省に指導を求めたが、同省は「国が個別の指導をするのは難しい」と回答した。

 21年12月に、匿名出産の希望者が出産に至った。12月に出産があった事実を、22年1月4日に同病院は公表した。出産・退院後も病院とやりとりを続け、上記の通り2月4日に、出産から1か月経ち、翻意の状況ではなくなったと確認した。なお、赤ちゃんは、熊本市児童相談所に一時保護された(注2)

注2 三宅玲子「赤ちゃんを産んだことをお母さんに知られたくない」文春オンライン2022年2月5日配信。

国と熊本市の対応

 戸籍法では出生届は親などに届出義務があり、病院が母親の身元を知りながら、それを伏せて出生届を提出すれば刑法の公正証書原本不実記載罪に問われるおそれがある、というのが熊本市の見解である(注3)。また、内密出産の定義がなく、市独自の判断で指導はできず、熊本地方法務局の見解を待つという。同病院も22年1月13日に熊本地方法務局に質問状を送った。大西一史・熊本市長は「内密出産に関する法制度が確立されていない中ではあるが慈恵病院とも情報を共有して、行政としてやらなければならないことを明らかにし、国とも十分に連携しながら対応したい」と談話した(注4)

注3 戸籍法第49条②(出生届記載事項)や第52条②③(出生届義務者)での罰則は見当たらないという意味であろう。なお、「不実記載」と「不記載(空欄)」とでは、異なるようにも見える。
注4 FNNプライムオンライン2022年2月4日18時40分配信。

 岸田文雄・首相は、「一般論として子どもの出自を知る権利をどう考えるか、未成年が内密出産を希望する場合の支援のあり方などの課題がある」「児童福祉法や医師法など厚生労働省の所管法令には直ちに違反と考えられる点はない」とする一方、刑法上の犯罪に当たるかは「捜査機関により収集された証拠に基づき個別に判断されるべきだ」と国会答弁した。また、古川禎久・法相も「日本で生まれた場合には日本国民となり、その戸籍をつくる」と原則論を展開する。

「第108回 「内密出産」のミライ」のイメージ画像②

「ゆりかご」から「内密出産」へ

 「内密出産」への道程には、まず、「こうのとりのゆりかご」(以下「ゆりかご」)の実践がある(注5)

注5 熊本市要保護児童対策地域協議会こうのとりのゆりかご専門部会『「こうのとりのゆりかご」第5期検証報告書』2021年6月。

 「ゆりかご」では、子どもが病院に預けられると、同病院から、熊本南警察署と熊本市児童相談所に連絡がなされる。子どもの身元が不明な場合、戸籍法上の「遺児」として、熊本南警察署から熊本市に戸籍法上の申出がなされ、熊本市が戸籍を作成する。病院は遺児の第一発見者として警察に申告した位置づけになる。また、遺児は児童福祉法上の「要保護児童」として、一時保護を行い、社会調査が進められる。親が判明しない場合には、乳児院・児童養護施設への入所、里親への委託、特別養子縁組などがなされる。

 「ゆりかご」での実践を経て、子どもの無戸籍の不利益は回避されている。とはいえ、行政による(母)親「炙り出し」への「社会調査(せんさく)」は続行する。さらに、匿名を求めて、孤独出産になりやすく、母子ともに危険である。加えて、実親匿名・不明の場合には子ども本人が出自を知ることはできない。内密出産は、安全に出産・分娩でき、実親の秘密は守られ、子は出自をいずれ知ることができる。「ゆりかご」から「内密出産」に至るのは自然であろう。

「第108回 「内密出産」のミライ」のイメージ画像③

戸籍という地域における事務へ

 戸籍事務は法定受託事務として、市区町村が、あたかも国(法務省・家庭裁判所)の出先機関のように、考えられることがある。しかし、2000年分権改革の意義は、法定受託事務も地域における事務の一種として、自治事務との違いはなく、それゆえ、自治体が自主的・総合的に実施することを原則とした。実際、「ゆりかご」でも、警察(熊本県)、児童相談所(熊本市)、子ども担当課(熊本市)、戸籍担当課(熊本市)などが連携した事務処理手続を形成してきた。地域における事務では、多面的な利益の衡量と総合が自主的になされるべきである。

 すでに、無戸籍による本人に対する弊害は、「ゆりかご」対応によって、解消されつつある。では、端的に、独自の「内密出産」を経たときに、子戸籍に親が空欄で何が、誰にとって、問題なのか、である。

 例えば、第1に、子どもは出自(実親)を戸籍で知ることはできない。しかし、それならば代替方策を作ればよい。独自の「内密出産」では、それを病院が担保するが、市区町村が保管してもよいだろう。

 第2に、親子嫡出関係の編み目の不在による、子どもへの不利益があろう。もっとも、戸籍の空欄を埋めても実体上の問題は何ら解決しない。むしろ、日本行政・社会の体質自体が問題である。現行の親子型の戸籍制度は、こうした体質を助長・再生産している。

 第3に、戸籍を介して(母)親に絶対的扶養義務を課すことで、負担を軽減したい行政の思惑もあろう。実親が育児・養育をできないときは行政が社会的養護の責任を負う。様々な圧迫と罪悪感・負担感を実(母)親に掛け、少しでも行政負担を減らそうとする。しかし、行政の負担を緩和したいならば、特別養子縁組を促進するしかない。

 第4に、実(母)親に負担を押しつけたがるのは、納税者にも、子育て世代にも、子どもを持たない人にも見られる。さらには、家制度・家父長主義その他のイデオロギー的・伝統的・宗教的・倫理的圧力もある。行政は誰のために事務処理するのか、総合判断が迫られる。

おわりに

 「ゆりかご」から「内密出産」は、熊本市で起きる必然はなく、全ての市区町村で起き得る。それゆえに、全国的に方針を決めるべき案件のようにも思われる。国には、適切な制度・政策を示す補完義務があろう(注6)。もっとも、本件では、国と熊本市は、互いに相手の判断を待つ「洞ヶ峠」が続き、他の市区町村は「対岸の火事」気分だった。

注6 熊本市長は何回も国に要望してきた。また、2021年5月17日に政令指定都市市長会も要請をまとめ、6月1日に国に要請している。

 しかし、2月9日になって熊本市は方針転換を表明し、現実的対応とする事実上の容認を示した。2月10日の熊本地方法務局の回答は、母親空欄の出生届の犯罪性には、捜査機関において個別に判断されるべき事柄で回答しかねると見解を示さないものの、出生届を出さないことにより医師が戸籍法による過料は適用されないと考えるとし、赤ちゃんに不利益がなければ出生届を出さなくてもよく、首長職権による赤ちゃん一人戸籍を作ることに病院の協力を求めるものだった。熊本市長も2月14日に、病院と協議をしながら、赤ちゃんの戸籍を職権で作成する方針を明らかにした。

 市区町村は、第一線現場で起きる事態を受け止めるものであり、国が適切な政策・制度を示さない時はたまたま自分の区域で起きたことも、現場主義に立って、知恵を出して事務処理すべきである(逆補完性の原則)。その点で2月9日の方針転換は適切である。

 今後は例えば、親が空欄の出生届を受理して、戸籍を作成するのもよい。秘密保持を了解して、実親に関する情報を病院から収受・保存し、将来的に子ども本人だけに開示する制度でもよい。親が記載された出生届を受けつつも、親を空欄にした戸籍を作成する覚悟を決めることもできよう(注7)。親の欄に記載した戸籍を作成しても、一定年限は非開示する運用もあり得よう(注8)

注7 「戸籍の記載又は記録をすることを怠つたとき、市町村長は10万円以下の過料である(戸籍法139条2号)。しかし、「怠つた」のではなく、一所懸命に考えた苦渋の事務処理にすぎないのかもしれない。
注8 「正当な理由がなくて届書……閲覧を拒んだとき」と「正当な理由がなくて戸籍謄本……の書面を交付しないとき」も同様の過料である(戸籍法第139条3号4号)。逆に言えば、「正当な理由」があれば、閲覧・交付拒否ができるのかもしれない。

 

著者プロフィール

東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき


1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。

主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。

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