事例紹介

J-LIS編集部

事例紹介▶︎マイナ救急の運用開始

地方自治

2026.02.06

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この資料は、地方公共団体情報システム機構発行「月刊 J-LIS」2025年12月号に掲載された記事を使用しております。
なお、使用に当たっては、地方公共団体情報システム機構の承諾のもと使用しております。

特集 長寿大国・日本の医療DX

マイナ救急の運用開始
総務省消防庁消防・救急課救急企画室課長補佐
金子 洋
奈良県広域消防組合消防本部警防部救急課指導官
田中 久士

はじめに

 総務省消防庁では、救急業務の円滑化を目的に、救急現場において救急隊員が傷病者のマイナ保険証を活用し、病院選定等に資する情報を把握する取り組み、『マイナ救急』を推進しており、2025年10月1日からは全国すべての720消防本部でマイナ救急が実施されています。

 本稿では構成を二つに分け、前半は総務省消防庁がマイナ救急の実施に向けた取り組みの概要について解説し、後半は2024年度からマイナ救急の実証事業に参加している奈良県広域消防組合が、マイナ救急の取り組みとその課題について解説します。

マイナ救急の実施に向けた取り組み──消防庁から

(1)マイナ救急の概要

 マイナ救急とは、救急隊員が傷病者の健康保険証として利用登録されたマイナンバーカードを活用し、病院選定等に資する傷病者の情報を把握する取り組みです。現状の救急活動における傷病者の情報聴取は、主に口頭にて行われており、医療機関選定に必要な既往歴や受診した医療機関名などの情報を、症状に苦しむ傷病者本人から聴取せざるを得ないことも多く、また、傷病者本人が既往歴や受診した医療機関名等を失念していることや、家族等の関係者が傷病者の情報を把握していないこともあり、救急隊が傷病者の医療情報等を正確かつ早期に把握するにあたり、課題となっています。

(2)これまでの取り組み

 マイナ救急の効果として、救急隊にとっては、より適切な処置や円滑な搬送先の選定ができ、傷病者にとっては、症状が重い等のため、救急隊に既往歴等を口頭で伝達することが困難な場合に負担が軽減され、医療機関にとっては、傷病者に関する情報を把握することで治療の事前準備ができる効果を想定しており、これらの効果の検証や活用事例の収集を行うため、2024年度に実証事業を行いました。67消防本部、660隊の参画を得て、マイナ救急を実施した件数は2ヵ月間で1万1,398件でした。

 その中には、「傷病者への救急救命処置と並行して、マイナ救急で既往歴等を確認できたため、既往歴や薬剤情報等を搬送先医療機関に伝えることで、早期に緊急手術を行うことができ、一命を取り留めることができた」事例や「外出先の事故でお薬手帳を所持していなかったが、薬剤情報が分かった」事例等がありました。

 また、マイナ救急を活用した救急隊員からは、「意識障害で、情報把握が困難だったが、マイナ救急で既往歴が分かったので、適切な応急処置ができた」、傷病者からは、「マイナ保険証で、緊急時に役立つ情報が得られるのは良い取り組み」「意識がなくなる可能性もあったので、持病が伝えられて助かりました」、医師からは「診療に重きを置くことができた」「飲んでいる薬が事前に分かったので緊急手術の事前準備ができた」という声がありました。

 こうした活用事例や声から、マイナ救急は救急隊、傷病者及び医療機関のすべてにとって有用性の高い取り組みであることを確認しました。

(3)2025年度の取り組み

 2025年度は、救急隊専用のシステムを活用した全国的な実証事業を進めており、2025年4月から順次、2024年度の実証事業に参加した67消防本部、660隊の救急隊が実証を開始しました。その後、2025年10月1日から全国すべての720消防本部、5,334隊の救急隊(常時運用救急隊の98%)に拡充し、一斉に実証を開始しており、効率的な運用方法を検討することとしています。

 また、マイナ救急を実施するためには傷病者のマイナ保険証が必要となることから、マイナ救急の認知度向上を図るため、ショートムービーや広報ポスターをすべての消防本部に提供するとともに、広報誌や大阪・関西万博でのイベント開催を通じて広報活動を展開しました。また、9月9日の「救急の日」にあわせて、マイナ救急の説明や有用性、救急隊員や医師によるインタビュー等を盛り込んだドラマ仕立ての動画を新たに作成して周知を行ったほか、政府広報によるテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、インターネット、SNSなどの多様なメディアを活用した広報を実施しました。

(4)今後の取り組み方針

 マイナ救急については、「経済財政運営と改革の基本方針2025」(令和7年6月13日閣議決定)や「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(令和7年6月13日閣議決定)等に基づき、全国どの救急車でもマイナ救急が実施できる環境整備を引き続き推進することとしています。

 また、厚生労働省では、今後も救急搬送件数の増加が見込まれる中、搬送調整の円滑化や傷病者の病態に応じた適切な医療機関への搬送の実現に向け、新しい地方経済・生活環境創生交付金TYPESを活用し、2025年度中に傷病者情報を複数の医療機関と迅速かつ安全に共有でき、応需状況のタイムリーな把握も可能なプラットフォームの構築を進めています。消防庁としても、厚生労働省と連携し、当該プラットフォームとマイナ救急との連携等の実現に向けて課題の整理等を行っていきます。

「マイナ救急」実証に参画して──奈良県広域消防組合から

(1)奈良県広域消防組合の現状と直面する課題

 奈良県広域消防組合(以下「当組合」という。)は、奈良県内の奈良市・生駒市を除く37市町村で構成される消防組合であり、広大な管轄面積と多様な地域特性を抱えています。近年、全国的な傾向と同様に、当組合管内においても救急需要は増大しており、昨年の救急出動件数は過去最多の約6万件に達しました。現在55隊の救急隊を運用しておりますが、出動件数の増加は、現場到着時間の延伸や適切な搬送先医療機関の選定、収容までに要する時間の長時間化といった、救急業務における喫緊の課題に直結しています。救える命を確実に救うためには、救急隊員の努力に加え、活動の質と効率を根本的に向上させる新たな手段が不可欠となっていました。

(2)課題解決に向けた「マイナ救急」実証への参画と準備

 救急現場では、傷病者から正確な情報を聴取することが、より適切な処置と医療機関選定の鍵となります。しかし、意識障害や呼吸困難、精神的動揺などにより、ご本人やご家族から必要な情報(既往歴、服用中のお薬、かかりつけ医療機関など)を十分に得られないケースは少なくありません。情報が不十分な場合、医療機関の選定に時間を要し、結果として病院収容時間の延伸に繋がるという課題がありました。

 こうした課題を解決する可能性を秘めているのが「マイナ救急」です。マイナンバーカードを用いて、傷病者本人の同意に基づき、特定健診情報や薬剤情報、医療情報などを救急隊が現場で照会できるこの仕組みは、「円滑かつ正確な情報収集」を実現する画期的なツールとなり得ます。救急隊と受け入れる医療機関、そして何よりの搬送される傷病者の負担軽減に繋がるものと大きな期待を寄せ、2024年度の実証事業への参加を決定し、続く2025年度も4月当初より継続して参加しております。

(3)円滑な実証に向けた組織的な準備

 実証事業を円滑かつ効果的に実施するため、以下の準備を進めてきました。

 まず、ICT環境の整備については、傷病者情報の照会に必要となるタブレット端末を総務省消防庁から無償貸与いただきました。また、データ通信にかかる通信費用についても、ご負担いただくことができ、当組合の財政負担を最小限に抑え、円滑に事業を開始することができました。

 次に、制度・運用面の整備です。総務省消防庁から示された「マイナ救急実施要領」及び「セキュリティガイドライン」を基に、当組合の組織体制や地域の実情に合わせた独自の運用マニュアルとセキュリティポリシーを策定しました。具体的には、アクセス権限の厳格な管理、インシデント発生時の対応フローなどを明確化し、全救急隊員への周知徹底を図りました。

(4)実証を通じて得られた効果と「使用の壁」を打破する工夫

 実証事業を通じて、マイナ救急が持つ効果を具体的な事例として経験し始めています。特に、高齢者の一人暮らしや、家族が医療情報を持たないケースにおいて、傷病者に負担をかけることなく取得できる情報が、薬の処方歴や病気の既往歴の正確な把握に繋がり、結果として救急活動の質を高めることに貢献しています。

 一方で、実証を通じて乗り越えるべき「使用の壁」も明らかになりました。

 実証事業を開始して見えてきた最も大きな課題は、マイナンバーカードの「携行率の低さ」です。当組合の活動実績では、救急現場において傷病者がマイナンバーカードを所持していない割合は、実に約92%に上ります(図-1)。これが、マイナ救急の実施率が伸び悩む最大の要因となっています。いくら優れたシステムであっても、入口となるカードがなければ活用することはできません。

図-1 実証事業でのマイナンバーカードの不所持率
不所持率のデータ

 また、一刻を争う救急現場において、情報取得に時間を要することが活動の妨げになるのではないか、という懸念から、救急隊員が積極的な活用をためらう場面も見受けられました。

 この現状を打破すべく、当組合では二つの側面からアプローチを進めています。

 一つ目は、「徹底した広報による認知度向上」です。

 10月1日より全国一斉に実証事業が開始されたことを絶好の機会と捉え、地域イベントでの啓発活動、広報誌、デジタルサイネージ、公式SNSなど、様々な媒体を活用し、広報を実施しています(図-2)。広報内容においても、単なる制度の紹介に留まらず、「救急隊があなたの持病を把握でき、より適切な処置や適正な病院選定に繋がる」といった、マイナ救急で期待される効果を併せて発信することで、他人事ではなく自分事として捉えていただけるよう工夫を凝らしています。

図-2 奈良県広域消防組合YouTubeより
広報活動の例

 二つ目は、「運用方法の工夫による利用促進」です。

 救急現場では、一刻を争う活動であるため、情報取得に時間を要することから、マイナ救急の積極的な使用が敬遠されがちであった経緯があります。この課題に対し、当組合は「使用の幅を広げる工夫」を講じてきました。

 救急現場での時間的制約という課題に対し、当組合では「PA連携」に着目しました。PA連携とは、救急現場に消防ポンプ車が救急隊と同時に出場し、救急活動の支援を行うものです。この連携体制を活用し、救急隊が傷病者の観察や処置に専念している間に、支援にあたるポンプ隊員がご家族等へマイナ救急の活用を働きかけ、情報照会の準備を進める、といったユースケースを想定し、訓練を重ねています(図-3)。これにより、救急隊の活動を阻害することなく、スムーズな情報収集が可能となります。こうした具体的な活用事例を組合内で共有し、マイナ救急活用の幅を広げることで、現場隊員の心理的なハードルを下げ、利用率の向上を図っています。

図-3 救急隊とポンプ隊の連携訓練の様子
連携訓練の様子

(5)今後の取り組み

 マイナ救急が特にその真価を発揮するのは、心肺停止(CPA)症例や重篤な外傷といった、まさに生命の危機に瀕している事案であると考えています。こうした緊急性の高い状況下で、既往歴、服用薬といった情報を的確に取得し、早期治療に繋げることこそ、マイナ救急に求められる最大の役割です。

 今後は、実証事業を通じてこうした重症事案での活用経験を積み重ね、有効な情報が得られた事例、円滑な活動に繋がった事例を収集・分析していきます。そして、それらの活用事例を全隊員へ共有し、知識と技術の向上を図ることで、救急活動全体の質を高めてまいります。

(6)マイナ救急における現状の課題と今後の展望

 マイナ救急は救急業務の未来を大きく変える可能性を秘めています。しかし、その効果を最大化するためには、まだ乗り越えるべき課題も残されています。

 特に重要なのが、「参照できる情報のリアルタイム性」です。救急活動においては、過去の情報だけでなく、直近の受診歴や処方歴といった最新の情報こそが、円滑な活動に不可欠です。現状のシステムでは、取得できる情報が1ヵ月程度前までのものに留まるケースがあります。

 この情報のタイムラグを解消するためには、「電子処方箋」の導入が重要となりますが、医療機関における「電子処方箋」の導入は未だ進んでいないと感じています。今後、厚生労働省が進める電子カルテの導入に併せ、電子処方箋も普及すれば、よりリアルタイムに近い、「直近の情報」を救急現場で活用できるようになり、救急隊の判断精度は飛躍的に向上すると考えるため、早期の導入を期待します。

(7)結びに

 奈良県広域消防組合は、マイナ救急実証事業を通じて、ICTの力が救急現場にもたらす変革を体感しています。様々なユースケースを検証し、その成果を全国の自治体・消防機関と共有することで、「マイナ救急」の全国展開に貢献してまいります。

Profile

金子 洋 かねこ・ひろし
2009年、総務省消防庁国民保護・防災部防災課入庁。2010年、札幌市消防局に出向。2017年、千葉市消防局に予防部指導課長として出向。2024年7月より現職。

田中 久士 たなか・ひさし
2002年、中吉野広域消防組合にて採用。2014年、奈良県下11消防本部合併により奈良県広域消防組合が発足、大淀消防署配属となる。2023~2024年、総務省消防庁救急企画室へ派遣。2025年4月より奈良県広域消防組合消防本部警防部救急課配属。

 

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