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J-LIS編集部

事例紹介▶︎豊岡市(兵庫県) 行政、DMOが一体となり進める“まち全体が一つの温泉旅館”の取り組み

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2025.12.05

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この資料は、地方公共団体情報システム機構発行「月刊 J-LIS」2025年5月号に掲載された記事を使用しております。
なお、使用に当たっては、地方公共団体情報システム機構の承諾のもと使用しております。

事例紹介▶︎豊岡市(兵庫県)
行政、DMOが一体となり進める“まち全体が一つの温泉旅館”の取り組み

豊岡市観光文化部観光政策課

「事例紹介 豊岡市(兵庫県)」データ

はじめに

 兵庫県北部、日本海に面する豊岡市にある城崎温泉は、開湯1,300年の歴史を持ち、『城の崎にて』を執筆した志賀直哉をはじめ、多くの文人墨客に愛されてきました。趣が異なる七つの外湯があり、外湯巡りが人気となっています。温泉街の中心を流れる大谿川(おおたにがわ)と、川沿いに並ぶ柳の木が独特の風情を醸し出しており、着物姿でそぞろ歩きする観光客の姿が目立ちます。近年、外国人観光客も急増しており、2024年の年間(1月~12月)の城崎温泉における延べ宿泊者数は6万4,669人泊で過去最高を記録し、コロナ禍前の2019年と比較して27.3%増加しています。

城崎温泉が抱えていた地域課題

風情溢れる温泉街
風情溢れる温泉街

 城崎温泉としては、周辺の観光地に比べ、観光消費額や平均宿泊日数が少ないという課題を抱えていました。観光消費額単価の向上や、長期滞在化に向けた施策を模索していましたが、それぞれの宿泊施設が長年の勘と経験に基づいて宿泊料金やプランを決めていたので、科学的なデータに基づいて決めるべきだという声が旅館の経営者らから上がっていました。また、「駅が玄関、道は廊下、旅館が客室、外湯は大浴場」というように、まちを「一つの温泉旅館」と捉える考え方が浸透しており、お客様が宿泊の旅館だけに留まるのではなく、七つある外湯巡りに伴って、商店や飲食店、まち全体の経済が活性化するという考えが根付いているのですが、城崎温泉全体のタイムリーなデータを把握する手段を持っていなかったことから、この考えをデジタルでも体現するため、城崎温泉全体のデータを把握する必要があるという声が地域から上がってきました(図-1)

図-1 「まち全体が一つの温泉旅館」をデジタルで体現する
データの一元化イメージ

取り組みに至った経緯

【写真】会議の様子
二世会の会議の様子

【写真】総会の様子
豊岡観光DX推進協議会設立総会の様子

 若手旅館経営者で組織する「城崎温泉旅館経営研究会」(通称・二世会。以下「二世会」という。)が課題について議論し、重要なテーマとしての課題解決の方策として、旅館が持つ予約・宿泊データ収集のためのシステム基盤の構想を具体化させていきました。その動きに拍車をかけたのが、コロナ禍です。自主的に休業する旅館もあり、温泉街全体に危機感が漂いましたが、生き残りのためにも、経営資源をいかに効率的に活用していくかをさらに考えるようになりました。また、豊岡市としても、コロナ禍における地域の観光客の先の見込みについては、ヒアリング等で把握する程度しか方法がなく、施策を実施するには、根拠となるデータが不十分な状況にありました。

 二世会の動きを発端として、2019年に宿泊予約データ収集の構想が始まり、2021年に二世会と同温泉旅館協同組合、城崎温泉観光協会、地域の観光地域づくり法人(DMO)である一般社団法人豊岡観光イノベーション(以下「DMO」という。)、豊岡市による準備会を構成し、2022年3月にDXの取り組みを推進する組織「豊岡観光DX基盤推進協議会」を発足させて、データを自動収集する基盤の整備を行いました。

 データを自動収集して、地域でデータを共有するということは、企業秘密でもある自らの施設の情報をオープンにすることでもありますが、城崎温泉では、過去から受け継がれてきた「共存共栄」の精神により、共有することへの抵抗感は少なく、まち全体として実施することができました。なお、共存共栄の一例として、1925年に発生した北但大震災では、城崎温泉の温泉街全体が焼失しましたが、復興にあたり住民自らの土地を1割ずつまちに寄付して、復興のまちづくりを行ったという歴史があります。

得られた成果

 豊岡観光DX基盤では、旅館の自社サイトや旅行会社のオンライン予約システムを通じて入った予約の日程、人数、売上、客単価、稼働率、宿泊形態(素泊まりか1泊2食付きか等)、予約者の居住地域などを自動で収集します。それらのデータを踏まえて、温泉地全体の予約状況を可視化するとともに、数ヵ月先までの需要を予測できる仕組みになっています(図-2)

図-2 地域全体の宿泊データをリアルな数値を用いて統計化する
統計化のイメージ

1)Online Travel Agent インターネット上で取引を行う旅行会社のこと。
2)Property Management System ホテルや旅館の予約から客室管理、請求までを処理する宿泊施設の基幹システムのこと。
3)API(Application Programming Interface)を活用して、異なるアプリケーションやシステム間でデータや機能を連携させること。

 旅館側は、自分が運営する旅館と同規模の旅館のデータや、地域全体の平均データなどを閲覧し、比較することができます。例えば、ある旅館の主力商品が1泊2食付きで3万円の場合、その稼働率を他の同規模の旅館と比べることで、価格設定が高いのか安いのかを判断できるようになっています。なお、その際、比較対象となる他の旅館名は特定できないようにしています。

 価格設定については需給調整がしやすいダイナミックプライシング4)の手法も考えられますが、城崎温泉では「リピーターになってくださるお客様が、自分が予約した後に安くなって不快な思いをされることがないように」との配慮から多くの旅館が採用していません。その代わり、埋まらなかった予約枠のプランを予約が埋まりやすいように変更する(例えば、1泊2食プランを素泊まりプランにしたり、3名1室の予約だけ受け付けていたところを2名1室、1名1室の部屋も増やしたりする)対応を行っています。

4)需要と供給に応じて商品やサービスの価格を調整する価格戦略。

 また、宿泊者が多く見込まれる日はスタッフを多くするなど、お客様の状況に応じたスタッフの勤務シフトの調整にもデータを活用することができます。同協議会には旅館・ホテルのほか、土産店や飲食店も参画していますので、システムは宿だけでなく、事業者の生産性向上にも貢献しています。旅館の経営者からは、「1室当たりの単価を適正化したい時には、2名1室を3名1室、4名1室にすることで平均単価の改善に寄与している」「従業員にどこで休みを取ってもらうかを考える上で、需要予測が役立った」という声が届いています。

 また、降雪によるJR列車の運行停止が宿泊施設に及ぼす影響は大きく、これまでは降雪日から3~4ヵ月後に出てきた実績データをもとに翌シーズンでの改善をお願いするしかありませんでしたが、豊岡観光DX基盤によるリアルタイムなデータは、列車運行の停止について柔軟な対応をお願いする際の説得材料としても活用されています。

 現在、豊岡観光DX基盤に参加しているのは城崎温泉に77施設ある宿泊施設のうち35施設と半分弱ですが、参加していないのは小規模の旅館や家族経営の旅館が多く、参加している部屋数は温泉街全体の7割ほどを占めています。データ収集の基盤を整備してから3年弱が経ちますが、今まであまりデータに触れてこなかった宿泊施設の方々が、データを見ながら経営改善ができるという気付きを得るきっかけになっていると感じています。

 豊岡市においても、城崎温泉の観光キャンペーンを実施するタイミングやWeb広告の配信時期、配信エリアについて、予約データの需要予測を見て判断できるようになるなど、施策の実施においてデータを参考にすることが可能となりました。

今後の課題、これからの展望

 豊岡市は今後さらなるDX推進により、観光事業者の経営高度化及び城崎温泉をはじめとした豊岡市のリピーターを増やし、持続可能な観光地となることを目指しています(図-3)

図-3 豊岡市が目指す姿
豊岡市が目指す姿の図

5)Net Promoter Score 観光客の愛着度を測る指標のこと。

 宿泊施設はデータ基盤を活用して自施設と地域全体の動きを比較しながら様々なアクションを実行できますが、飲食店、物産店はそのままの宿泊データでは活用しづらいという課題があります。そこで飲食店・物産店が経営改善に役立てられるデータは何か、それによってどんなアクションが考えられるか、ということをDMOがヒアリングしています。そこでは、地域全体の宿泊人数と土産店に来店する人数の相関を計算し、宿泊人数が予測できれば来店人数も予測できるので、より効率的に材料の仕入れやアルバイトの配分を考えることができる、といった意見がありました。現在、DX事業に賛同する事業者に向けて、経営改善に役立ててもらう分析レポートの配信及びレポート解説会をDMOが毎月行っています。今後はこのレポートを通して、宿泊施設のみならず地域の観光に関わる事業者全体が活用できるデータの使い方を広げていきます。

 一般顧客向けには、各旅館・ホテルや顧客の同意を得た上で、来訪を促すダイレクトメールで情報を発信しています。メールには、豊岡市の季節の情報やイベント情報のほか、ふるさと納税の案内を記載することで、来訪を促すだけでなく、豊岡市に関わる物品の購入を通して、豊岡とのつながりを継続させるねらいがあります。今後は、独自に開発したCRM(顧客関係管理)システムを活用して、一度観光を通して豊岡との関わりを持った人の関わり度合いをさらに高めていくことを目指します。また、さらに便利でお得な旅行ができるスマートフォン向けWebアプリ「豊岡市スマホ観光ナビ」を2023年度にリリースしました。飲食店で割引、土産店でプレゼントを受けられるクーポンの発行や、外湯の混雑状況の表示、デジタル外湯券の発行、おすすめ観光スポットの表示を行うなど、多彩な機能を持っており、同アプリの普及で豊岡市を何度も訪れるリピーターのさらなる獲得を目指しています。このアプリは会員登録も可能となっており、アプリを通して得られた会員データは先述のCRMシステムと連携してダイレクトメールを送ることで、豊岡のファンを増やすきっかけにもなります。このような取り組みを通して、リピーターを増やし、持続可能な観光地となることを目指します。

 

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