「新・地方自治のミライ」 第69回 ふるさとNO税のミライ
NEW地方自治
2024.12.18
本記事は、月刊『ガバナンス』2018年12月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに
ふるさと納税は、「ふるさと」から転出した人が、「ふるさと」に「納税」できる仕組みとして開始された。もっとも、「ふるさと」を制度的に特定しないので、全国のどの自治体をも「ふるさと」としてチョイスできる(注1)。そのため、主に二つの使われ方がされている。一つは、被災地自治体などへの義捐金的な寄付として、二つは、返礼品目当ての租税回避先の選択として、である。
注1 サイト「ふるさとチョイス」https://www.furusato-tax.jp/。それによれば、ふるさと納税サイト利用率No.1だそうである。
前者については、ほとんど問題とはされていない。しかし、後者に関しては、結局のところ、「納税者」は僅かな「負担」で莫大な価額に相当する返礼品を「購入」できるため、懸念も多い。「納税/寄付」ではなくお得な通信販売になり、事実上はネットショッピングとなっているからである。
さらに、ふるさと納税を「稼ぐ」ことを目指す自治体は、返礼品の経済価値を向上させてネット通販者を惹き付けるため、返礼品競争が激化した。このため、総務省は、返礼品の価額を「納税額」3割以下にすること、及び、返礼品は地場産品に限定することを求めた。さらに、従わない自治体をふるさと納税制度から排除するように、法改正も検討している(注2)。しかし、これに対して、ふるさと納税で「稼ぐ」自治体からは、強い反発が生じている。さらに、様々な「裏サイト」「裏口」を提供するに至っている(注3)。そこで、ふるさと納税を巡る国・自治体間関係について検討してみたい。
注2 Huffpost、2018年9月11日14:33配信。
https://www.huffingtonpost.jp/2018/09/11/hometown-tax_a_23523325/
注3 朝日新聞デジタル版、2018年11月1日19:21配信。
戦後自治体の行動原理
戦後日本の自治体の行動原理は、陳情・圧力政治であった。潤沢な権限・財源を握る国に対して、自己を有利に取り計らって貰えるように、国の為政者(各省官僚・与党政治家など)に陳情・圧力を掛ける。個別自治体としては自己に有利に便宜を図って貰いたいため、自治体間での水平的競争が繰り広げられる。
こうした事態は、活動量があるので自治的に見える。国から「陳情を控えよ」と言われても従うことはない。なぜならば、自身が自粛しても、他の自治体が抜け駆けをする恐れがあるからである。とはいえ、個別自治体が求めるのは、国政為政者による箇所付けや補助金交付という国レベルの裁量的決定である。これは、国政の判断を最大化する意味で、極めて集権的な効果を持つ。そして、自治体の陳情・圧力は、国が求める事業への自発的服従を前提とする。つまり、上記の水平的競争は、国への集権を意味する垂直的統制と両立する。〈集権・自治〉体制の好(悪)循環メカニズムがある。
世紀転換期分権改革とその遭難
1993年の国会決議から始まる分権改革は、こうした〈集権・自治〉体制を〈分権・自治〉体制に改革しようとするものであった。そこで、第1に、個別自治体は国に陳情・圧力しないでも、自主的・自律的に政策決定ができるようにする。そのためには、法的権限と税財源の付与が必要になる。第2に、自治体が国に陳情・圧力する際には、個別自治体による抜け駆け水平的競争ではなく、全国の自治体の総意として行う。地方六団体を通じた分権要求が重要であり、「国と地方の協議の場」の法制化が進められた。
こうした世紀転換期分権改革が成就すれば、分権型社会=〈分権・自治〉体制が成立したであろう。しかし、改革は未完のままに留まった。〈分権・自治〉体制では、個別自治体の活力や創意工夫は、当該自治体の住民や地域社会に向けて発揮されるものであって、他の自治体や全国の人々・企業や国に対して向けられるものではない。そこには、水平的競争は存在しない。
ところが、分権改革の底流では、前世紀からの〈集権・自治〉岩盤が継続し、形を変えながら常に存在し続けた。例えば、構造改革特区は、全国的な法的規律密度の緩和を目指すのではなく、個別自治体に限定して法的規制の特例的緩和を国が裁量的に付与する。国家戦略特区などに至る特区も同様である。また、まちづくり交付金や地方創生関係交付金なども、国の裁量的判断である。分権改革の陰に隠れて、こうした〈集権・自治〉体制は官邸主導に順応しつつ延命し、個別自治体も抜け駆け競争に奔走する行動原理を変えることはなかった。
21世紀自治体の行動原理
〈集権・自治〉体制の一つの現象がふるさと納税である。ふるさと納税制度は、個別自治体をして他の自治体との水平的競争によって、自己の財源獲得を画策せしめるものであり、〈集権・自治〉体制の行動原理に適合している。それは戦後日本の補助金獲得と同様に、ゼロサム競争である。
ただし、異なる点もある。補助金獲得は国の財源プールを巡る分捕り合戦であったのに対して、ふるさと納税では、自治体間で地方全体の財源プールを巡る分捕り合戦をする。国政からすれば、補助金競争では国庫が民間市場経済から財源調達をしなければならないが、ふるさと納税制度の場合には、国は財源調達の苦労を負わない。国政にとってはふるさと納税制度の方が都合がよい。
また、個別自治体が働き掛ける相手方が変わる。補助金獲得の場合には、個別自治体は与党政治家や各省官僚の協力と了解を得るために、陳情・圧力を行う。そのため、与党政治家・各省官僚に集票や様々な接待などの便宜供与をする。利益誘導選挙やいわゆる官官接待という腐敗の温床である。しかし、僅かの官官接待で莫大な補助金が得られるので、官官接待はなくならない。
これに対して、ふるさと納税制度では、与党政治家や各省官僚に便宜供与(おもてなし)をしても仕方がない。ふるさと納税制度で便宜供与すべきは、他自治体に居住する納税者である。個別自治体にとって金額的に重要なのは、多額納税者=富裕層である。富裕層は、どこにふるさと納税するかを裁量的に選択できる。それゆえに、自治体は返礼品という「官民接待」を行う。これは官官接待と同様に腐敗の温床ではあるが、個別自治体にとって合利的なので返礼品競争はなくならない。ふるさと納税とは腐敗を生み出す制度である。腐敗する相手方は、戦後型の補助金獲得競争では、利益誘導に奔走する個々の有力な与党政治家と各省官僚であったが、ふるさと納税制度では大都市圏居住の富裕層である。
ふるさと納税制度によって官邸・政権幹部は、与党政治家と各省官僚から裁量権と腐敗可能性を剥奪し、大都市圏の富裕層に便宜と腐敗を供与する。いわば、官邸主導と富裕層優遇という21世紀の政治経済体制を反映したものであり、官邸=富裕層の共同利益のなかで、個別自治体と個別自治体、自治体と総務省は、合利的で愚かな競争と対立を迫られる。官邸への集権という意味では、〈集権・自治〉体制の変態である。
おわりに
ふるさと納税制度は、ふるさとに恩返ししようという人々の善意に基づき、地場産品を応援することで地方創生になるとともに、納税先自治体での子育てなど様々な施策を可能とする、などという正当化理由が付される。しかし、行動の動機付けは、個別自治体にとって財源獲得という自己利益であり、多額納税者の返礼品獲得による私益最大化である。自治体も富裕層も損得計算で居直りをし始め、腐敗にもブレーキが掛からない。これは、世紀転換期分権改革が制度的に遭難した帰結であるとともに、分権型社会に向けて自治体・民衆の行動原理を変える社会的深度を持たなかった帰結でもある。
ふるさと納税制度は、損得計算から租税を回避するNO税制度である。それでも、露骨に居直って腐敗するのは、個別自治体や多額納税者の一部に留まっている。また、自治制度官僚には、なおこれを是正しようという意図も存在する。とはいえ、官邸主導の政治行政と、格差拡大で富裕層跋扈の市場経済において、ふるさと納税的なる制度・営為は蔓延しがちである。
Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。