「新・地方自治のミライ」 第67回 広域停電と自治体のミライ
NEW地方自治
2024.12.04
本記事は、月刊『ガバナンス』2018年10月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに
西日本豪雨をはじめとする各地での水害、気温40℃を超える異常酷暑、台風20号・21号などによる風水害・高潮、北海道胆振東部地震(以下、北海道震災)など、大災害が多発している。大災害は今年に限ったことではなく、2011年の東日本大震災からも7年しか、2016年の熊本地震からも2年しか、経っていない。九州北部豪雨は昨年のことであった。その意味で、自治体にとって大災害対策は、「ありふれた」業務になりつつある。
地域住民生活は、ライフラインなどの様々な不可欠サービスから成り立っているが、大災害はそうした不可欠サービスを大きく破壊する。自治体が、まずもって、地域住民の不可欠公共サービスを保障する責任があるとするならば、災害時のサービス提供の継続が問われる。特に、2018年9月の台風21号風水害および北海道震災は、広域大規模停電を起こした点で、電力という不可欠公共サービスの保障という問題を、改めて浮き彫りにした。
不可欠公共サービスとは
不可欠公共サービスとは、住民生活のために不可欠であるとして公共的に確保されるべきサービスである。というと、ややこしいが、簡単に言えば、衣食住を根幹に、生活のために一日たりとも欠くことのできないサービスである。時代により、社会により、「確保されるべき」内容は変わる。
衣食住は人間生活に最も根幹的なものである。とはいえ、災害ではない通常時において、自治体などの行政が衣食住を直接提供することは、ほとんどない。民間市場で各人が購入するのが基本である。
しかし、災害時には全く異なる。住の側面では、避難所を開設し、応急仮設住宅を提供し、災害公営住宅を確保するというのが、行政の基本的任務である。そして、衣と食を避難所などで配給する。自治体が備蓄していればそれを放出するが、足りない場合には、全国から支援を受けて、それを仕分け・配分する。言うまでもなく、行政の基本的任務であるということと、行政だけでできるということは、同じではない。こうした災害時の衣食住の提供には、民間企業やボランティア(サードセクター)の力も大事である。
電力という不可欠公共サービス
さて、今回の大災害では停電が大きな問題となった。もちろん、通常の災害でも停電は起きるが、電力会社がある程度、早期に復旧することが期待されていた。しかし、特に、北海道震災においては、全道域内の全系停電という「ブラックアウト」が発生した。
電力が存在しないことは、現代社会生活においては、照明、情報通信、物資保存(冷蔵・冷却)、医療保健(人工透析や空調など)、交通・物流など、幅広く影響が出る。その意味で、共通基盤的な不可欠公共サービスといえよう。電力がなければ、人々に情報を発信することも、人々が情報を入手することも困難である(注1)。電力がなければ、交通信号が作動せず(注2)、鉄道も復旧できない。また、泊原子力発電所の外部電源喪失は、使用済み燃料の冷却機能を失わせかねなかった。
注1 「ブラックアウト」には、報道管制という意味もある。
注2 リチウム電池式や自家発電式など「消えない信号」もあるが、必ずしも普及はしていない。
時事ドットコムニュース 2018年9月8日7:19配信。
電力という不可欠公共サービスは、他の多くのそれと同様に、民間企業によって提供されており、行政が確保できない。電力自由化が進みつつはあるものの、基本的には配送電システムの地域独占を行っている広域電力会社(北海道の場合には北海道電力、近畿は関西電力)が掌握している。簡単に言って、自治体は電力会社任せの状態である。公営電気事業を持っている自治体もあるが、発電した電力は配電会社に売却する。その意味では自治体は電力を住民に配給電できない。
上水と電気との対比
飲料水を中心とする上水も不可欠公共サービスといってよいだろう。そして、「電気・ガス・水道」などと並べられるように、各家庭・企業などへ線的装置(配線・配管)を通じて供給される点で、電力と上水は似た公共サービスである。しかし、上水は、基本は市町村営水道であり、公営企業という形態とはいえ、自治体という行政が直接に提供している。災害になって断水になれば、供給者としての自治体は、水道復旧を迅速に進めなければならないのは、電力会社と同じである。
とはいえ、不可欠サービスとしての上水は、水道復旧を待てない。そこで、給水拠点・給水車などによって給水を開始したり、ペットボトルなどの配付を行う。もちろん、民間の支援もあるが、自治体が上水サービスを配給するのは、衣食住確保の一環と言えるかもしれない。
これに対して、電力の場合には、電力会社という供給責任主体による配給は、極めて限定的である。給水車のような意味で、電源車・発電機を配置することはあるが、その範囲は、病院・上下水道・通信基地局などの重要施設が優先され、住民生活には直結しない(注3)。それ以外には、電気の性質もあって、電力の配給を行うことは、ほとんど進んでいない。そのなかで、北海道震災において、札幌市役所やNTTドコモなど携帯電話ショップなどで携帯充電サービス(「充電スポット」)が開設されたと伝えられている(注4)。また、物資配給として電池を提供することも、同じ機能を果たす。
注3 読売新聞電子版 2018年9月7日15:04配信。
注4 朝日新聞電子版 2018年9月7日11:47配信。
各家庭と各自治体の対処
理屈上は、各家庭に電池・蓄電池が備わっていれば、広域停電が起きても問題はない。各家庭にペットボトルの備蓄が膨大にあれば、給水が不要なのと同じである。各家庭に自家発電機(注5)や太陽光発電設備などがあれば、広域停電も怖くはない。自宅に井戸や濾過器があれば救いになるだろう。しかし、事業所(注6)や一部家庭はともかく、各家庭で幅広く、電力を備蓄・生産することは、必ずしも現実的ではない。このようなときに、不可欠公共サービスを確保すべき自治体が何ができるかは、難しい問題である。
注5 ディーゼル自家発電による事故も発生しているので、単純な解決策にはならない。
朝日新聞電子版 2018年9月7日22:44配信。
注6 企業の自家発電設備が使えないこともある。
読売新聞電子版 2018年9月7日8:00配信。
電力の死活的な重要性に鑑みて、自治体の無力ぶりは顕著である。現状では、自治体としては、できるだけ早期の停電解消を電力会社に期待するしかない。あとは、電力供給不足に伴う再停電または計画停電を回避するために、住民に節電を呼びかけるしかない。しかし、北海道震災では節電に難渋しているようであり、その面でも無力である。
おわりに
住民の不可欠公共サービスは、平常時にはしばしば民間市場経済によって供給される。しかし、災害などの非常時には、市場経済が短期的には機能しないことが多いので、行政やボランティアによる配給システムに変更される。にもかかわらず、電力に関しては、民間電力会社による停電が起きたときに、行政などが配給システムに切り換えることは、ほとんど不可能である。
将来的に、自治体が選択すべき路線はいくつかある。第1に、停電・節電・計画停電という非常時には、電力会社に希望し、停電・節電期が終われば「喉元過ぎれば熱さ忘れる」と、何もしないことである。
第2には、電力会社の供給体制をそのままにしつつ、自治体からの要望を強く入れ込む回路を設計することである(注7)。当然、電力会社・経済産業省という産官利益共同体からは、厳しい反発を受ける。
注7 例えば、電力供給の過半を1か所の発電所に依存するという脆弱なシステムを改め、各地に発電所を、消費地に近いところも含めて、分散立地することである。もちろん、立地紛争を自治体は引き受けなければならない。東京湾岸に多数の火力発電所が立地しているのは、特定の発電所(例えば、福島第一原子力発電所など)に依存しないためである。もっとも、多数あっても近隣の場合には、その地域で地震などが起きれば、多数の火力発電所は同時に稼働停止するかもしれない。なお、台風21号の停電に対して、吉村洋文・大阪市長は、関西電力に対して情報提供の不充分さについて協議を求めるという。
産経WEST 2018年9月5日19:14配信。
第3は、自治体として発送配電ないしは蓄電の能力を確保することである(注8)。公共施設などの電力を自給することは、ある程度進められよう。とはいえ、自治体が発電したとしても、それを各家庭に蓄電池で配給・配達することは、簡単ではない(注9)。かといって、広域連係した配電ネットワークのなかで、切り分けて自治体発電を送配電することも、容易ではない。
注8 役所業務の継続のための自家発電は既に一般的である。燃料は3日間程度というが、その間に停電が電力会社によって復旧することを期待していると言える。
NHK NEWS WEB 2018年9月6日16:07配信。
注9 もっとも、配管を前提とする都市ガスに対して、プロパンガスはボンベで配達している。
第4は、各家庭に発電機または蓄電池を整備することを、自治体として促進することである。
ともあれ、自治体として、不可欠公共サービスである電力の継続的供給の保障は、重要な任務ではあろう。
Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。