「新・地方自治のミライ」 第66回 翁長知事没後のミライ

NEW地方自治

2024.11.27

本記事は、月刊『ガバナンス』2018年9月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 2018年8月8日に、翁長雄志沖縄県知事が、在職のまま膵癌で逝去した。周知の通り、辺野古米軍基地の建設阻止に向け、「オール沖縄」「アイデンティティ」「自己決定」を掲げて県政を進めてきた政治指導者である。もっとも、辺野古問題では、各種の係争処理・行政争訟を使う戦術は、政権・各省・最高裁判所の法力装置によってねじ伏せられている。また、陸上の座り込みや海上の抗議活動などは、実力行使を使うに至ることもなく、沖縄県警・全国警備警察=機動隊・海上保安庁・民間会社・ブルドーザーなどの実力装置によって跳ね返されている。

 7月27日に前知事の埋立承認の撤回の方針を表明したのが、翁長知事の最期の決定だった。沖縄県政府としては、職務代理者である副知事のもとで、知事逝去後も承認撤回に向けて8月9日に聴聞手続を行った。もっとも、上記の法力装置を有する日本政府は、8月10日の翁長氏の通夜に菅義偉官房長官が弔問手続に訪れただけである。

 法力・実力によって既成事実を構築し、その結果として、人々の意思の服従を調達するのが、戦後日本型の「合意形成」手法である。辺野古基地建設が既成事実となって後に、諦めた県民から「事後承認」を取り付けるのが、日本政府にとっての知事選挙の役割であろう。翁長知事逝去により知事選挙が11月から9月に前倒しになるとしても、県民の「事後承認」を得る機会となる。

 そこで、以下では翁長知事没後の沖縄県政府の自治の問題について、検討してみたい。一面では沖縄県の現在・未来に関する固有な問題であるが、他面では、他の地域の自治にとっても共通する普遍的な内容を含むものであろう。

「既成事実への屈服」シナリオ

 戦前日本の為政者の特色として、「既成事実への屈服」が挙げられる。もっとも、これは戦前日本に限られた現象ではなく、戦後日本そのものでもある。敗戦・占領と米国支配という既成事実に屈服するのが、戦後日本の保守本流体制である。また、多くの自治体・地域は、国が進める産業化・近代化路線に服従し、あるいは、率先して誘致・追従してきた。このように見れば、「既成事実への屈服」は、戦後日本的な自治の一つの形態である。

 翁長知事没後の沖縄県政が、「既成事実への屈服」シナリオを採るならば、翁長知事は「既成事実への屈服」に抵抗した最後の象徴となる。その死は、沖縄県政の「大和(ヤマト)化」の完成である。戦後本土の基本は、上記の通り既成事実に屈服し、当然のように内面化することが、大に和する様式である。かつて西銘順治・元沖縄県知事は「沖縄の心」とは、「ヤマトンチューになりたくて、なり切れない心だろう」と評したが、ついに、大和化する。本土為政者などが期待することかもしれない。また、大和化してしまった方が、疲弊して諦念した沖縄県民としても、心が穏やかになるかもしれない。

「振り子」シナリオ

 米国・日本国政府や東京資本など、既成事実を作り出す大きな力に抗(あがら)うことは容易ではないにせよ、ときどきに、それに対する不服従が噴出するのは、珍しいことではない。実は、戦後日本本土の自治体・地域においても同様である。基調としては既成事実を追認して中央直結を提唱するものの、自律・自立や抵抗・不服従を選択することもある。法力・実力によって具現化する事実に対して、ときに、反対運動や批判的政策が採られる。

 もちろん、こうした自律・自立路線が永続するわけではない。そもそも、「既成事実への屈服」をよしとする人々・為政者は多いのであって、自律・自立路線は内部から崩壊することが普通である。「オール沖縄」を掲げつつも、結果的には県内市長の大半が「既成事実への屈服」派に塗り替えられていった翁長県政もその事例の一つである。その意味で、自律・自立路線は、早晩、中央服従=直結路線にUターンする。

 とはいえ、中央服従=直結路線が、地域住民の福利に繋がるという保証は全くない。中央直結で「滅地奉央」をいくらしても、見返りは来ないこともある。そうして間欠泉的に自律・自立路線が復活する。しかし、この路線もいずれは行き詰まる。つまり、どちらに行っても行き詰まるので、永遠の「振り子」運動を続けることになる。

 少なくとも、こうした「振り子」運動は、琉球・沖縄県政府にも見られた。今後もこの「振り子」が続くのか、それとも、「振り子」が停止して「既成事実への屈服」シナリオになるのかは、短期的には不明である。それは、一方では、自律・自立派が「玉砕・集団自決」的に根絶やしになるか、将来への勢力を持続するかに係っている。同時に、他方では、中央服従=直結派が、表面的には「既成事実の追認」という「踏み絵」を踏んでいたとしても、「内心の自由」ならぬ「内政の自治」を保持し続ける「隠れ切支丹」的な面従腹背を保ち続けるかに拠るだろう。

「殉教者」シナリオ

 巨大な政治経済の権力の前に、しばしば地域社会の人々及びその指導者は敗北する。そのときに、敗北した指導者を「殉教者」として、想起・追想・回顧し続けることがある。最近でも、『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』(監督・佐古忠彦、2017年公開)がある。民選の那覇市長に57年に就任した瀬長亀次郎のことである。もちろん、瀬長は那覇市長を1年足らずで追い落とされるが、その後も長生きしたので、「殉教死」したわけではない(注1)

注1 同氏の記念館は「不屈館」というので、「殉教」ではなく、「不屈」であり、生き続けて闘い続けることをモットーにしたのかもしれない。同氏は94歳の長命を保った。

 表面的な敗北を避けるために、「既成事実への屈服」を選択しても、地域社会の意思が実現しない意味では、「敗北」であることには違いがない。但し、「既成事実への屈服」は、屈辱的に、より正確には、屈辱という意識自体を持たない隠蔽によって、自らの意思として受容する意味で、主観的には敗北を意識することも回避できる。ともあれ、「敗北」である点は同じである。しかし、「既成事実への屈服」では生き延びることは可能である。「殉教者」ばかりでは「玉砕・集団自決」してしまい、政治勢力としては生き延びることはできない。

 それゆえに、「殉教者」シナリオは、逆説的ではあるが、敗北しながらも「殉教者」を掲げて生き続ける人々が必要である。例えば、「英霊」を讃えることがあるが、もちろん、讃える人は、特攻・玉砕・空襲・地上戦などで死んでいないことが前提であるのと同じである。

おわりに

 「既成事実への屈服」シナリオも「振り子」シナリオも「殉教者」シナリオも、地域社会や自治体の意向が、政治経済の権力のもとで貫徹しない点では同じである。本来、世紀転換期の地方分権推進とは、地域社会の意向が外部の意思によって阻害されないような分権型社会を目指すものであった。もちろん、完全な意味で、外部からの自律・自立を得ることはできないだろうが、少なくとも、その範囲と可能性を広げようとするのが、分権改革であったと言えよう。その意味では、翁長県政は、そうした分権型社会への道のりが未完であることを示している。

 外交・安全保障のようなハイポリティクスには、戦後日本に限らず、「国の専管」という思いが強く、国政の圧力が強い。それに加えて、戦後日本では、日本政府の上に米国政府が存在するので、なおさら、圧力は加重されている。その限りでは、分権型社会の実現は、その他の「内政」に限定されるかもしれない。しかし、内政でも国が関心を減らすとは限らない。結局のところ、自治とは、日本政府・米国政府やグローバル経済や移民・難民、さらには、中国・台湾・韓国・北朝鮮・ロシア、より広くアジア・太平洋や中東・欧州など、変転する政治経済権力環境のなかで、権力の裂け目が生じる機を窺うしかない。「天地閉じて、賢人隠る」である。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。

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