「新・地方自治のミライ」 第63回 自治体議員の請負兼業規制のミライ

地方自治

2024.10.23

本記事は、月刊『ガバナンス』2018年6月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 総務省が設置した「町村議会のあり方に関する研究会」が、2018年3月26日に『報告書』をとりまとめた。同研究会は、三議長会を構成員から排除するなど透明性の低い運営によって、関係者などから横槍を入れられず、大胆な中身をとりまとめた。その結果、「集中専門型」及び「多数参画型」という提案が為された。しかし、本稿では、『報告書』の本論というよりは、その要素として「多数参画型」に注入された議員の請負兼業規制の緩和・撤廃について検討してみよう。

集中専門型と多数参画型

 『報告書』は、元々、議員のなり手不足問題への対策を検討する課題を負っていた。なり手不足ならば人数を減らせばよいという発想が、集中専門型である。『報告書』は、人数を減らすならば、各議員の機能・実働時間・議員報酬を充実させ、専門応力を向上させることを提唱した。もちろん、財源のない小規模自治体に実現性はないだろう。

 なり手不足は、議員になることの負担が大きいことが原因ならば、議員の仕事を軽くすればよい、という発想もある。『報告書』は、現在以上に個々の議員が気楽に仕事するならば、せめて、現在以上に人数を増やすべきと提唱したのである。もちろん、現在の定数でもなり手不足なのに、それ以上の多数参画を図ることに実現性はないだろう。

 だから、集落・学校区などで、無理矢理に「議員」を割り当てるしかない。これが『報告書』のいう「選挙区」という意味である。自治会・部落会・町内会から輪番などでしがらみにより選出される「議員」を大勢集めて、「議会」と呼ぶ。

請負兼業規制

 多数参画型で請負兼業規制があれば議員の潜在母集団が少なくなる。請負を理由に議員を断るのでは困るので、請負兼業規制の緩和・撤廃が論じられた。逆に、専門集中型では、議員を多数に押し付ける必要はないから、この問題は登場しないのが、『報告書』の発想である。

 地方自治法第92条の2は、「普通地方公共団体の議会の議員は、当該普通地方公共団体に対し請負をする者及びその支配人又は主として同一の行為をする法人の無限責任社員、取締役、執行役若しくは監査役若しくはこれらに準ずべき者、支配人及び清算人たることができない」と規定している。

 この請負兼業規制は沿革的には、戦前の府県制・郡制(1899年改正)、市制・町村制(1911年改正)による。しかし、戦後改革のなかで1946年に廃止された。自治体議員が請負関係に立っても、特に弊害を伴うこととは考えられず、むしろ、広く人材を求めることが望ましいとされた。ところが、1956年に請負兼業規制が復活した。議員は請負契約の締結にあたり、議決に関わるだけでなく、全体として議員は当該団体に影響を及ぼしうるからである。

議員のなり手不足と請負

 もっとも、研究会提出資料を見ても、『報告書』を見ても、被選挙権者のうち(注1)、どれくらいの比率が、請負兼業規制によって議員たり得ないのかは、明確な根拠が示されていない。敢えていえば、自治体の現場から請負兼業規制の所為で議員のなり手が増えない、という声があるという印象論である(注2)

注1 なり手を増やしたいならば、被選挙権年齢を下げることを先にすべきであろう

注2 なお、大川村は、各種団体役員等の請負兼業規制の範囲を明らかにしている。それによると、工事請負6名・4社、その他会社1社、物品購入など個人事業者4者である。大川村議会維持対策検討会議『大川村議会の維持に向けた方策について(中間とりまとめ)』2017年12月。

 この条文の解釈は極めて多義的であることが重要である(注3)。判例によれば、請負とは、「必ずしも仕事の完成に対し報酬が支払われる狭義の請負関係に限ら」ないという。要するに地域の一般被選挙権者にとって分かりにくい。「主として同一の行為をする法人」とは、どの程度の業務比重になると規制されるのかも、「準ずべき者」は誰なのかも、曖昧である。

注3 横浜市会議会局政策調査課『市会ジャーナル』第153号(2016年度Vol.4)、〈特別編・法制レポート⑭ 議員の兼業の禁止について〉。

 実際、大川村・高知県の要望は、「地方公共団体から補助金の交付又は指定管理者の指定を受けることが、地方議会議員に禁止される『請負』に該当するかどうか、通知等により明確にすること」としていた(注4)。総務省の解釈に拠れば、補助金交付も指定管理も請負兼業規制に該当しないのであって、単なる誤解ということになる。しかし、こうした誤解を流布させる制度であること自体が問題なのであろう。

注4 野田聖子・総務大臣宛:大川村・高知県『大川村議会維持に向けた提言について』2017年12月18日。

請負・補助金・指定管理など経済利害関係

 もっとも、こうした誤解は単なる誤解と言いきれない。請負兼業禁止は、議員の立場を使って自らが当該自治体から請負を受注する、という不適正を防ぐという常識に、それなりに合致しているからである。

 ならば、議員の立場を使って、自らに補助金を交付するのは不適正だろう。自らを指定管理者として選定するのは不適正だろう。さらには、自ら許認可を得て事業を行うのも不適正だろう。つまり、広義の請負だけを規制して、他の利害関係を認めるのは、常識に反する。その意味で、請負兼業規制の趣旨からして、補助金・指定管理・許認可事業も禁止されているという誤解は、それなりに成り立つだろう。実際、「全体としてみれば」補助金も請負に当たることも有り得るという(平成14年4月24日東京高等裁判所判決)。

 職員数の少ない戦後日本の自治体と民間の間で様々な経済利害関係が形成されており、それを一律に否定することは困難である。それゆえ、一部の請負だけを禁止して、他の経済利害関係を認めるという分かりにくい現実論に落ち着いている。しかし、『報告書』が一貫した議論を目指すならば、請負を含めた経済利害関係全般について、議員と適正・公正な決定のあり方について検討すべきだったと思われる。

請負という利得による議員のなり手増加策?

 請負が議員にとって有利ならば、請負兼業規制を緩和・廃止することは不適正であろう。しかし、『報告書』は、多数参画型において請負兼業規制を緩和しようとしている。これを合利的に推論するならば、請負という「甘い汁(インセンティブ)」を提供することによって、議員のなり手を増やすことを期待しているかのようである。

 『報告書』は、議員のなり手不足への対策を検討しながら、議員になることへのインセンティブを増やす提案が存在しない。議員の職務権限を軽微なものとし、議員数を増やすことで個々の議員の責任感・負担感を軽減し、議員のなり手を増やそうというのが多数参画型である。しかし、これは議員になるデメリットを減らすだけであり、議員になるメリットを増やさない。それどころか、責任感も権限も希薄な議員像であるから、いまの議員以上にやりがいもなく、メリットも減る。そのような多数参画型の議員になりたがる人物などおらず、「選挙区」で押し付けるしかない。

 しかし、そのなかで唯一、多数参画型の議員に請負兼業を認めることで、なり手を増やすためのインセンティブを増やそうというのかもしれない。もっとも、役得(インセンティブ)を提供してまで議員のなり手を増やすことに、意味があるのかは疑わしい。

おわりに

 実際には、現行の請負兼業規制にはほとんど適正性を確保する効果はないのであろう。本当に利に聡い議員は、請負兼業規制の編み目をかいくぐれる。ただ、自治体と経済利害関係を持っているかもしれない素人の一般民衆は、曖昧な規制の危険ゆえに、議員にはならないだろう。つまり、自治体行政の適正性を増す効果がなく、なり手を萎縮させるだけならば、請負兼業規制を緩和するのが妥当であろう。そして、それは小規模市町村の多数参画型に限らず、全ての自治体に言える。

 とはいえ、現在の自治体行政の公正性には疑念がある。請負兼業規制では効果はない。『報告書』でも「代替的適正確保スキーム」は言及されているが、単に公表するという程度でしかない。議員のなり手問題とは全く別個に、より本腰を入れた検討が必要だろう(注5)

注5 前記注4の大川村・高知県提言でも、「一定の代替的チェックの仕組みを設けることを前提に、例えば非営利事業を主とする法人の役員等を地方議会議員が務める場合については請負禁止の対象外とするなど、地方議会議員の請負禁止の範囲を見直すこと」と触れている。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。

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