政策トレンドをよむ 第15回 インパクトファンドの拡大に向けて ― 自治体の役割に迫る

地方自治

2024.07.03

目次

    ※2024年5月時点の内容です。
    政策トレンドをよむ 第15回
    インパクトファンドの拡大に向けて ― 自治体の役割に迫る
    EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 シニア

    松村 寛太
    『月刊 地方財務』2024年6月号

     インパクトスタートアップ。それは、革新的なビジョンのもと、社会的・環境的課題の解決と、持続的な経済成長を同時に目指す企業のことを指し、国内外の社会課題を解決する存在として着目されている。本連載2024年3月号で紹介したとおり、わが国では、2022年11月に策定された「スタートアップ育成5か年計画」や、翌年6月に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」に基づき、インパクトスタートアップへの支援を拡大している。

     その一方、インパクトスタートアップは、未だ資金調達に苦慮している傾向にある。一概に一般化することはできないが、社会課題の解決を目指す企業の多くは、長期的な価値創造に重点を置いているため、財務指標の成長スピードは競合他社より遅く、その結果、短期的なリターンを求める投資家からの資金調達には苦戦するケースが多い。

     このような状況の中、インパクトスタートアップの資金難を解決するキープレーヤーとして期待されているのが、インパクト投資を行うファンド(通称:インパクトファンド)である。インパクトファンドは、財務的リターンに加えて、ポジティブで測定可能な社会的・環境的インパクトを創出することを目的としており、一般的な投資家と異なり、「リスク」と「リターン」という2つの軸に加えて、「インパクト」という第3の軸に基づき投資を行う。この新しい投資手法は近年急激に拡大しており、The Global Steering Group for Impact Investment(GSG)国内諮問委員会によると、2021年に1兆3000億円であった日本のインパクト投資残高は、2022年には5兆8480億円にまで増加し、前年度比4.4倍というスピードで成長している(1)

    〔注〕 (1)The Global Steering Group for ImpactInvestment(GSG)国内諮問委員会「日本におけるインパクト投資の現状と課題―2022年度調査―」
    https://impactinvestment.jp/user/media/resources-pdf/gsg-2022.pdf
    (令和6年4月14日アクセス)

     急速に広がっているインパクト投資であるが、新規性が高いが故に課題もある。投資家側の主な懸念としては、そもそもインパクトを投資判断に組み込む方法が確立されておらず、財務的リターンが限定的な可能性がある取り組みに対して、多額の資金を投入することができないのが本音であろう。インパクトスタートアップ側も、インパクトファンドから資金調達を行う際に、自社が事業活動を通じて創出しているインパクトを、客観性を持って示すことに苦戦している。

     これら投資家側とスタートアップ側、双方の課題を解決し得る存在として期待されるのが自治体である。自治体が旗振り役としてインパクトファンドの組成に関与することで、投資家も一定の安心感を持って出資が可能になる。「リスクマネー」を自治体が供給することができれば、民間資金の呼び水となることが期待できる。また、スタートアップ側の課題解決に対する自治体が果たす役割も大きい。スタートアップがインパクトファンドから資金調達をする際には「事業の効果を実証する〝場〟がない」「効果を客観的に示す〝データ〟が不足している」等の課題が生じる。自治体は、これらスタートアップに対してPoC(Proof of Concept:概念実証)を推進するフィールドや、社会課題や環境課題に関するデータを提供し、インパクト測定・可視化の支援ができる。

     自治体が旗振り役となりインパクトファンドを組成した先進事例として、神奈川県による「ヘルスケア・ニューフロンティア・ファンド」が挙げられる。本ファンドは、ヘルスケア分野の産業創出と社会課題解決を目的に、ヘルスケア・ニューフロンティア政策の一環として2018年に組成され、県が自ら出資を行うことで民間金融機関による出資の呼び込みに大きく貢献した。民間等11機関から総額12.5億円の出資を集め、2023年7月時点で15社に投資をした。神奈川県は資金提供に加えて、投資先スタートアップの製品・サービスを区役所に導入する等、事業の効果を実証するための「場」も提供している。本ファンドの投資を通じて創出されたインパクトは、毎年インパクトレポートにおいて公開されている(2)

    〔注〕 (2)神奈川県「ヘルスケア・ニューフロンティア・ファンドについて」
    https://www.pref.kanagawa.jp/docs/mv4/cnt/f536578/index.html
    (令和6年4月14日アクセス)

     インパクトスタートアップに対する支援を政府が推し進める中、スタートアップによる社会課題解決のトレンドは自治体にも長期的に波及・拡大することが想定される。同時に、インパクトスタートアップに対して資金を提供する存在として、インパクトファンドの重要性は一層増していく。インパクトファンドを自治体が単体で組成するにはハードルが高いかもしれないが、民間資金の呼び水となる「リスクマネー」や、インパクトの測定に必要な「場」や「データ」を提供することで、自治体には旗振り役として、関係機関を巻き込むことが期待される。

     

     

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