政策課題への一考察 第87回 移民政策の転換期に自治体は何を考えるべきか(上) ― 移民個人のライフサイクルを軸に

地方自治

2024.05.08

※2023年6月時点の内容です。

政策課題への一考察 第87回
移民政策の転換期に自治体は何を考えるべきか(上)
―移民個人のライフサイクルを軸に

株式会社日本政策総研主任研究員
竹田 圭助


「地方財務」2023年7月号

 

はじめに

 最新の将来推計人口(国立社会保障・人口問題研究所、2023年4月、出生中位推計ベース)によれば、生産年齢人口(15~64歳)は2070年に4535万人と2020年実績の7509万人から4割程度減少する見込みである。こうした急激な人口減少は労働市場の需給の不均衡をもたらし、人手不足を深刻化させる。工場を立地していた新興国の人件費高騰が追い風となり製造拠点の国内回帰を進める傾向もみられる。一定水準の生産力の維持のため、労働力としての移民の重要性は増している。実際に「令和2年国勢調査」によれば総人口に占める外国人の割合は2015年の1.5%から2.2%に上昇するなど、移民の受入を行わないという政府の建前とは別に、外国人の定住化は進展している。この状況下、外国人の定住に慎重だった政府は、外国人技能実習制度を廃止し新制度を創設するために具体的な検討に入った。これは事実上の移民政策の転換とみられる。

 移民に関する言説は主として労働市場の需要を背景に語られるが、移民は少なくとも一時的に日本で生活するし、人によっては永住を決断し、また家庭の形成や子育てといった人生の段階を経ることから介護や第二世代の教育・就労等も考慮する必要がある。つまり1人の人間としてのライフサイクル(人生周期)を俯瞰して支援する視点も不可欠となる。今後、政府の移民政策の転換によりさらに移民の数が増加する可能性があり、出雲市のように企業立地の影響から外国人人口が急増することも想定される中、移民を含めた住民のライフサイクルに係る様々な行政サービスを提供する自治体としては、これまで以上に考慮すべき事項や課題をあらかじめ認知する必要があるだろう。

 以上を踏まえ、本稿では今後の移民を考えるうえで必要な観点として、先進自治体の事例も踏まえつつ、移民個人のライフサイクルの視点から自治体が考慮すべき事項を論じる。

1 移民個人のライフサイクルにおける自治体の役割と課題

(1)移民個人のライフサイクルとは
 出入国在留管理庁が設置した「外国人との共生社会の実現のための有識者会議」の意見書(2021年11月)では、介護等も含めた「ライフステージ・ライフサイクルに応じた支援」の必要性が提言された。また一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)の提言「Innovating Migration Policies ―2030年に向けた外国人政策のあり方―」(2022年2月)では「ライフサイクルを通じた支援」として「出入国のみに焦点を当てた既存の点的政策、一部在留資格について追跡する線的政策」から転換し、「学ぶ、住む、働く、家族を形成する、引退するという外国人個人のライフサイクル全体を俯瞰した、面的政策を検討・立案・実施すること」の必要性を提言している。上記の議論を援用しつつ、移民個人のライフサイクルを、受入国側で実施すべき事項を踏まえ整理すると図のとおりとなる。

図 移民の主要なライフサイクルと受入国として実施すべき事項(イメージ)

出典:筆者作成

 このイメージは、移民個人のライフサイクルとその各段階における受入国の対応を単純化したものであり、受入国の各担い手(国・自治体・民間企業・非営利団体・地域コミュニティ等)の役割分担は考慮していない。なお移民の各活動段階よりも受入国側の各種支援項目の時系列を少し早く設定している理由は、受入国として各事象が発生してから場当たり的に対応することによる様々なリスクを回避し、コントロールすることが望ましいためである。

(2)移民個人のライフサイクルにおける自治体の役割と課題
 上記の枠組みを踏まえ、受入国の各担い手のうち自治体として求められる役割、実施すべき事項、考慮すべき観点について、各自治体等の先進的な取組も交えつつ概要を示す。

① 誘致(送り出し国との連携等)
 特定分野での需要が明らかになっていれば自治体自身が送り出し国および送り出し国の各種機関等と連携し、域内の事業者へスムーズに人材を供給するための橋渡しの役割が想定される。横浜市では、将来の介護需要増を見据え介護人材不足を解消するため、ベトナムの3都市・5学校と介護分野における覚書を締結した。同覚書には送り出し側の都市・学校の役割(就労意欲のある人材の送り出しへの協力)と横浜市の役割(住宅借上支援・留学生受入支援・日本語研修事業)が盛り込まれている。本項目はあくまで特定の需要を捉えた自治体の任意による取組事項となる。

② 学習機会の提供
 日本の言語・文化・習慣・制度等について体系的に学習する機会を持たないまま来日し、業務上必要最低限の場面でしか日本語を使わず、暮らし続ける移民も少なくない。④家族の形成・呼び寄せに係る支援にも関連するが、来日前も含めた日本の言語・文化・習慣等を学習する機会の提供が求められる。これは労働者として来日した移民のみならず呼び寄せた家族(④家族の形成・呼び寄せに係る支援にて詳述)も同様である。本項目は後続の③〜⑧全てに影響するため自治体にとって優先度の高い事項である。

③ 就労機会の提供
 受入企業が確定している場合は一義的に企業の役割だが、当該企業と労働者がミスマッチだった場合の転職の機会提供が考えられる。また母国から家族を呼び寄せた場合(④にて詳述)に、経済的な事情等により、呼び寄せた家族も働く必要のある場合の就労機会の提供も含まれる。太田市では外国人市民向けの相談窓口にハローワークの出張窓口を併設し、就労相談を実施している。本項目は経済情勢等の外部環境の変化等により需要が大きく変動するため、自治体による外部環境の変化の適切かつ迅速な認知と判断が必要な事項である。

④ 家族の形成・呼び寄せに係る支援
 日本での婚姻に加え、近年増加している家族の呼び寄せも含む。労働者は勤務先の制度やコミュニティが活用可能だが、受入企業による支援が行き届かない非労働者である家族(親・配偶者・子ども等)が日本での生活に適応するために支援を必要とする。呼び寄せられた家族に対して少なくとも②学習機会の提供、⑤妊娠・出産・子育て・教育に関する支援、呼び寄せた家族が高齢者の場合は⑥介護サービスの提供が関係するほか、⑧その他、居住・生活に関する各種支援として同じ出身国の移民で構成されるコミュニティへの参加や地域コミュニティへの参加支援も必要となる。本項目は自治体にとって人口増に繋がるが連動して社会保障関係費等の社会的コストの増加要因となりうる。

⑤ 妊娠・出産・子育て・教育に関する支援
 言語・文化・習慣に慣れない中での妊娠・出産・子育ては、本人にとってのストレスとなることはもちろん、子ども(移民第二世代)の人生にも影響すると考えられている。公益財団法人かながわ国際交流財団は、県下自治体がすでに取り組み効果を上げている事例(母親向けの栄養や健康のワークショップ、地域の子育て支援施設の活用を促す活動等)を盛り込んだ「外国人住民の妊娠から子育てを支えるガイドブック」を公開している。

 また外国人の子どもは義務教育の対象ではないことや本人・親の不安や経済的な理由等も加わり不就学が発生する事例を踏まえ、浜松市では不就学を未然に防ぐため就学状況の継続的な把握や就学支援を含む「外国人の子どもの不就学ゼロ作戦事業」を実施している。本項目は移民第二世代の将来を形作るものであり、治安やまちづくりにも影響する。

⑥ 介護サービスの提供
 移民が永住を選択すれば、いずれは非労働者人口となり各種福祉サービスの対象となる。介護サービス提供にあたっては歴史的・生活的背景への理解や母語への配慮が必要となる。愛知県は介護支援者向けの多文化共生理解促進リーフレットとして「外国人高齢者の介護言葉と文化の壁を越えて」を作成し、配布している。本項目は自治体の地域福祉に影響し、介護事業所も受入体制の整備が必要となる。

⑦ 埋葬に係る支援
 日本は埋葬方法の99%が火葬だが、移民が帰依する宗教によっては土葬が必要となる場合もある。「墓地、埋葬等に関する法律」では土葬は禁止されていないものの条例で禁止している自治体が多い。条例で禁止されていない場合でも、日出町(大分県)のように土葬墓地整備にあたり、水質汚染と農作物への風評被害や土葬を求める移民の殺到する可能性への懸念から、外国人と地域住民とのトラブルが発生しうる。本項目は自治体にとってごみ処理場や火葬場といった迷惑施設と類似の保健衛生・環境に関する課題となる。

⑧ その他、居住・生活に関する各種支援
 多言語でのメンタルヘルス相談、通訳派遣や生活全般の相談対応を担う組織として「多文化共生総合相談ワンストップセンター」が一部の自治体で運営されている。また移民の地域への参画も重要な観点である。川口市は外国人住民を「支援」する従来のスタンスから日本での生活にある程度慣れてきた外国人住民が「地域のリーダーとして担い手側になる」ものとしてリーダー育成に方向転換した。外国人が集住する同市内の芝園団地では、自助・共助の範囲で住民・学生主体の取組も展開している。また地震や台風等の自然災害の被災者となる可能性もあるため、複数の自治体で防災訓練への参加を促す取組も進められている。本項目は、移民の生活に係る様々な問題・課題に直面すると想定されるが、いかに情報を吸い上げ整理し各行政部門と繋ぐかという観点が重要となる。

2 自治体として持つべき俯瞰的な視点および考慮すべき事項

 こうしたライフサイクルごとの支援の方向性を踏まえつつ、移民政策の本格化を想定した場合に、自治体が今後持つべき俯瞰的な視点や考慮すべき事項は以下のとおりである。

(1)移民個人のライフサイクルを踏まえた各行政分野間および地域団体等との連携強化
 今後、各行政分野の政策を推進する際、移民のライフサイクルとの関連を考慮することが自治体の基本的姿勢として求められる。先述のとおりライフサイクルを通じて様々な行政分野が関わるためである。一般に、日本人市民に対する公助に限界があるのと同様、外国人市民に対しても公助のみに終始するのではなく、共助・自助を見据え地域団体との連携や、先述の川口市の事例のように移民自身が共助の担い手となるような仕掛けも必要となる。

(2)外部環境の変化に係る経営資源の変化の予測と弾力的な配分見直し
 域内の企業や周辺自治体に立地する企業の工場立地の動向等、外部環境の変化に対し、できるだけ早く認知する認識が必要である。その理由は移民受入の可能性に関する事前把握が、余裕を持った経営資源の配分の検討に必要だからである。例えば企業立地の取組が功を奏した場合、同時に労働力を外国人労働者に求めることが想定される。この場合、財政的にみれば企業の生産活動の発展は地方法人二税(法人住民税・法人事業税)等の自治体の歳入増加に繋がりうるとともに、移民の受入に係る支援(2(2)①~⑧にて詳述)の実施に必要な経営資源(予算・職員)を予測し配分を見直す必要がある。

(3)移民政策に係る課題を共有するための自治体間連携(注)

(注)朝日新聞デジタル「外国人集住都市会議なぜ脱退続く」(2019年2月15日配信記事)
http://www.asahi.com/area/gunma/articles/MTW20190215101060001.html

 移民政策の実務レベルでの対応について、先述のような取組を単独自治体で検討・推進することには限界があるため、類似の課題を有する自治体による広域連携(都道府県単位)や水平連携(広域自治体間、基礎自治体間)が重要となる。広域自治体による基礎自治体への支援モデルの1つとして、県内全域での外国人増加を踏まえ、これまで外国人があまり住んでいなかった市町村でも外国人との共生・受入に係る取組が可能となるよう連携している群馬県の取組が挙げられる。また水平連携は、例えば浜松市が中心となり外国人住民の多い自治体間が連携して開催している「外国人集住都市会議」がある。ただし地域ごとに外国人市民の母国・母語が違うことにより参加メリットが薄くなったこと等が原因で参加自治体数がやや縮小傾向にある(2012年:29自治体→2022年度:13自治体)。しかし大規模な移民の受入に慣れていない自治体が今後受け入れることも想定され、その際は先人の知恵や助けを借りることになる。ここで失敗・成功事例を集約し抽象化・ノウハウ化し蓄積する組織体の存在が不可欠である。

おわりに

 本稿では、今後、これまで以上に移民が増加する可能性を踏まえ自治体として留意しておくべき事項について、移民個人のライフサイクルに焦点を当て、その基本的な枠組みや支援の観点を自治体の先進事例を交えながら整理した。

 移民個人のライフサイクルの各要素に係る支援は相互に連関しており、それ故に移民政策における受入国が考慮すべき事項が様々な分野に及ぶ。受入にあたり自治体の経営資源の配分見直しも不可欠だろう。特に移民受入のトリガーとなる労働力の需要について、いかに事前に情報を収集し予測しておくかも重要となる。早くに移民を受け入れ共生してきた自治体の先進事例を抽象化し蓄積・共有する取組も求められる。移民を1人の市民としてみたときに、自治体が考え、なすべきことは決して少なくない。

 次回は、移民政策を考える際に必要な考え方である「社会統合」(移民が日本社会の主要な制度に参加する過程)を整理し、自治体として持つべき視点・観点を論じる。

 

 

〔参考文献〕
・川村千鶴子・近藤敦・中本博皓(2009)『移民政策へのアプローチ―ライフサイクルと多文化共生』明石書店。
・永吉希久子(2021)『日本の移民統合―全国調査から見る現況と障壁』明石書店。

 

*政策コンテンツ交流フォーラムは、株式会社日本政策総研、神戸シティ法律事務所が連携ハブとなり、国・地方自治体・民間企業のメンバーを架橋し、政策的課題を多面的に検討するネットワークです。本コラムを通じて、フォーラムにおける課題認識、政策創造の視点等をご紹介します。

 

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