自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[94]阪神・淡路大震災の教訓「住宅耐震化」再考
地方自治
2024.09.11
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2024年1月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
先日、自治体の防災担当職員約60人に「防災力の向上と自治体の危機管理」について3時間ほど講義を行った。その中で、耐震化の知識が弱かったことに愕然とした。防災担当でありながら、ほとんどの人が、1981年6月の耐震基準改訂を知らなかったのだ。
阪神・淡路大震災の教訓と耐震化の活動
1995年1月17日の阪神・淡路大震災では、地震直後に約24万棟の建物が全半壊し、同年の警察白書によれば直接死約5500人の88%は建物等の下敷きになって亡くなり、約10%が火災によって命を落とした。
火災によって亡くなった方のほとんどは、やはり建物や家具の下敷きになって動けなかった方だ。これらを併せると直接死の「98%」が建物被害の犠牲と言える。その被害の多くをもたらしたのが、旧耐震の木造住宅である。
私は、2000年度から4年間、東京都板橋区で防災課長を務め、防災の最大の目的は人命を守ることにあると確信していた。そして、阪神・淡路大震災の辛い教訓から、住宅耐震化こそが地震防災の中核であることを痛感した。
ただ、住宅耐震化は建築部門の業務であり、防災課が職務として制度設計して具体的に取り組むことはできない。そこで、東京大学の廣井脩教授(故人)指導のもとに市民参加で防災基本条例を制定し、耐震化を予防対策の柱に据えた。
その後、防災NPO法人に参画し、耐震補強部会を設置した。そこでは、人々の意識、耐震化の技術、あるべき政策制度などを学びながら論文を書き、国や行政機関、研究機関に働きかけ、耐震補強フォーラムなどのイベントも仕掛けながら運動を進めていった。
2006年1月、国が耐震改修促進法を改正し、自治体に耐震改修促進計画の作成を義務付け、進捗状況を公表することとなった。この年を、私たちは勝手に「耐震化元年」と呼称した。そして、5年間「日本耐震グランプリ」というイベントを手弁当で行い、耐震化を進める優れた取組みを顕彰した。
住宅耐震化の効果
(1)火災防止
住宅耐震化は、地震から住民の命を守ることに加え、道路閉塞を防ぎ、初期消火をしやすくし、延焼火災発生の確率を大きく下げる。
実際に、阪神・淡路大震災で建物全壊率が約25%に及んだ長田区、灘区では直後出火率(午前7時までの10万世帯あたり出火件数)は25件を超えているのに対し、建物全壊率が5%を切る西区、北区、垂水区、尼崎市の直後出火率は著しく低い。
また、東京大学の目黒公郎教授らは「関東大震災の延焼火災に与えた建物被害の影響について」(『生産研究』2003年55巻6号)において、関東大震災においても建物被害の大きなところから火災が拡大して、結果的に大規模な延焼火災を引き起こしたことを論証し、住宅耐震化の必要性を訴えている。
(2)関連死防止
大地震で住宅被災された方々が、幸いにも一命をとりとめたとして、その後、避難所あるいは車中泊、親族・知人宅等で避難生活を送り、仮設住宅(借上げアパートを含む)、自宅再建あるいは復興住宅入居へと進んでいく。不安定で過酷な避難生活は、特に高齢者などには厳しいことが容易に想像できる。東日本大震災(岩手・宮城・福島)では、震災関連死は3792人にものぼり(2023年3月10日、NHK報道)、その約9割が高齢者である。長時間の移動、度重なる転居や避難生活の影響による心身の衰えが原因とみられる。
また、新規の要介護者認定数も増加した。震災前と比較して、福島県38%増、全町避難した富岡町は約4倍増である。ちなみに、2016年4月の熊本地震においては、震源地の益城町で20%増、西原村18%増である。
(3)経済被害軽減
2009年4月、国は東南海・南海地震の地震防災戦略のフォローアップ結果について公表している(*)。これによれば、2005年3月から2008年3月までの3年間の取組みにより想定死者数は約4000人減少、経済被害は11兆円減少した。その根拠として死者数の半数、経済被害の7割は住宅等の耐震化の効果によるとされている。(残りの効果は津波対策による)これは、津波被害のないところでは、住宅耐震化等により死者はもとより経済被害もほとんどなくなることを意味する。誌面の関係で詳述は避けるが、耐震化は、経費に比べて非常に経済効果が高い。これは、公助で取り組むことの価値を示している。
*東南海・南海地震の地震防災戦略フォローアップ結果(2009年4月)
https://www.bousai.go.jp/jishin/tonankai_nankai/pdf/followup.pdf
耐震化支援制度と課題
現在の自治体の耐震化支援制度は、持ち家で自己負担のできる人への支援が中心である。模式図的に示すと表のようになる。
国土交通省「住宅の耐震化に関するアンケート調査」(2018年10月~11月調査)では、耐震化に関する課題として「費用負担が大きいから」2000人、「古い家にお金をかけたくないから」1180人と費用に関する課題が圧倒的に多く、3位の「耐震化しても大地震による被害を避けられないと思うから」641人以下を大幅に上回っている。耐震化が進まない理由は、要はお金だ。
現状、自己負担のできる一定の所得のある人には公的支援があるが、低所得や賃貸の人へは具体的な支援がない。果たして、これは公正だろうか。先に述べた経済効果と併せて考えると、耐震化は、一定金額までは全額公費で進めた方が良い。実際に高知県黒潮町は、140万円までは全額助成し、1万人の人口で156件の耐震化補助を実現している。
また、現行制度では、旧耐震基準の1981年6月より前に建築確認を受けた物件については、耐震診断をした場合に、その結果を重要事項説明書に明記することが、2006年から義務づけられている。ただ、耐震診断を受けなければ、耐震性の有無を明らかにする必要はない。
このため、現在の重要事項説明の制度では、古い賃貸物件を耐震化するためのインセンティブがまったく働かない。危ない物件ほど耐震診断をしない恐れがあるという現在の制度は早く変えなければならない。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。