自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[93]災害弱者、災害時要援護者、避難行動要支援者の文言と政策変遷
地方自治
2024.08.14
目次
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2023年12月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
先日、「『災害弱者』対策として重要なことは何か」という取材依頼があった。私自身は災害弱者という用語に違和感があった。災害弱者という文言は、本人が弱いことに問題があるように聞こえる。この用語を使う時、私たちは無意識のうちに自分は大丈夫な人、あの人たちは弱い人という差別をしているのではないか。
高齢者や障がい者、妊産婦や乳幼児、外国人などが災害に弱いのは、人のせいではなく、社会の環境が整っていないせいである。人ではなく、社会環境に問題があるのだと考えていただきたい。
国も以前は「災害弱者」という用語を使っていた経緯があり、この機会に用語と政策変遷を整理したい。
災害弱者と課題提示
1974年から毎年発行されている『防災白書』に「災害弱者」という用語が初めて登場するのは1987年である。
p28「(1)災害弱者の現状 …災害時の一連の行動に対してハンディを負う人々、すなわち、
①自分の身に危険が差し迫った場合、それを察知する能力が無い、または困難 ②自分の身に危険が差し迫った場合、それを察知しても救助者に伝えることができない、または困難 ③危険を知らせる情報を受けることができない、または困難 ④危険を知らせる情報が送られても、それに対して行動することができない、または困難といった問題を抱えている人々が「災害弱者」と考えられる。」
p31「災害弱者対策としては、①災害弱者自身が自ら対応能力を高めるための防災知識・訓練の普及・啓発や、②災害弱者の対応能力を考慮した緊急警報システム、避難誘導システム等の資機材の開発・普及などの対策を講ずるとともに、③弱者や非居住者等を考慮した避難地、避難路等の防災施設の整備、④地域全体で災害弱者をバックアップする情報伝達、救助等の体制づくりなど、地方自治体や町内会等の地域のレベルに応じたきめの細かい対策が必要である。」
その後も、『防災白書』に災害弱者に関する記述が載ることはあったが、課題を提示するにとどまり、国が具体的な対策を検討することはなかった。
災害時要援護者対策の黎明期
1995年の阪神・淡路大震災で大きな課題となったのは震災関連死である。避難所で高齢者が寒い廊下に寝るなどで、せっかく助かった多くの命が避難生活で失われた。このため同年12月に改正された災害対策基本法で、国や自治体が「高齢者、障害者、乳幼児等特に配慮を要する者に対する防災上必要な措置」の実施に努めることとされた。
また、自治体は地域の社会福祉施設を「福祉避難所」として指定し、高齢者などの要援護者を福祉サービスも受けられる場所に位置づけるよう、厚生省(当時)が1997年6月に都道府県に対して指針を示し「防災拠点型地域交流スペース整備事業」として福祉施設への上乗せ補助を2000年から行っている。
本格的な災害時要援護者の避難支援検討とガイドライン
2004年、新潟・福島豪雨や10度の台風上陸があり、犠牲になった方の8割以上が高齢者であった。内閣府は「集中豪雨時等における情報伝達及び高齢者等の避難支援に関する検討会」(座長:廣井脩東京大学大学院教授(故人))を立ち上げ、災害時要援護者情報の収集・共有や避難支援プランの策定等について検討を進め、「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」を2005年3月に取りまとめた。
廣井教授は、最後の検討会で、かつて自らが関わってきた国土庁防災局の災害弱者対策などを振り返りながら、防災部局中心の支援策から、今後は福祉部局と連携した取り組みを促進する必要性を訴えた。私には、先生の遺言のように感じられた重い言葉であった。
翌年、内閣府は「災害時要援護者の避難対策に関する検討会」を設置し、保健・医療機関、保健師、看護師や福祉関係者、ボランティア等の様々な関係機関間での連携を強化するなど、同ガイドラインを改訂した。2007年3月には「災害時要援護者の避難支援における福祉と防災との連携に関する検討会」の検討結果をふまえ、要援護者対策の具体的な進め方や地域の取組みにあたって有効と考えられる方策例、ガイドラインの「手引き」をまとめている。
東日本大震災後の避難支援検討~削除された福祉事業者による避難支援~
東日本大震災においても、死者及び震災関連死者のうち高齢者の占める割合は、前者は65.8%、後者は89.5%と依然として高かった。2012年10月、内閣府に「災害時要援護者の避難支援に関する検討会」(座長:田中淳東京大学大学院情報学環教授)を設け、ガイドラインの見直しを含めた検討を行った。検討会報告書では、最後に「東日本大震災を経て、実効性のある要援護者支援を行うためには、基礎自治体だけでなく、要援護者自身、地域、福祉事業者、都道府県、国も要援護者支援に積極的に関わることが適切であることが認識された。そのため、各主体の役割を改めてまとめることとする。」として、要援護者、地域、福祉事業者、都道府県、国の役割が繰り返し記述された。
これを受けて、内閣府は2013年8月に「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」を作成した。だが、どのような意図によるものか不明だが、福祉事業者の記述はほとんど削除された。
個別避難計画の法制度化と福祉関係者の参画
2020年6月、内閣府は「令和元年台風第19号等を踏まえた高齢者等の避難に関するサブワーキンググループ」(座長:鍵屋一)を設置した。2018年西日本豪雨、2019年東日本台風等の災害を教訓に、激甚化・頻発化する水害・土砂災害に対し、高齢者、障害者等の避難等を検討することを目的としている。主な論点は、避難行動要支援者名簿に関する検討、個別計画に関する検討、福祉避難所等に関する検討、地区防災計画に関する検討であった。
特に重要な論点が、個別計画であった。避難行動要支援者(以下、要支援者)の避難行動支援に関する取組指針(2013年8月)において、「市町村が個別に避難行動要支援者と具体的な打合せを行いながら、個別計画を策定することが望まれる」とされているが、指針であるため制度的位置づけが弱い。このためか、要支援者名簿作成済の1687市区町村数のうち、名簿掲載者全員の個別計画を作成しているのは208、12.8%にとどまる(2019年6月1日現在、消防庁調べ)。
最終報告書には、個別計画は制度上、市区町村の努力義務と位置付けること、個別計画の策定主体は市町村であるが、策定業務においても、福祉専門職の参画を得ることが極めて重要であること、要支援者本人、福祉専門職や地域住民が調整を行う会議を実施することが望ましいこと、ハザードの状況、当事者の心身の状況、社会的孤立の状況を踏まえた優先度を定めて策定すべきこと、人材確保と育成支援のため研修やモデル事業を実施して業務内容や研修教材を蓄積して共有すること、福祉専門職など関係者の参画のために安定的な財源が必要なこと、福祉避難所への直接避難を推奨し避難先を確保すること、などが記載された。
これを受けて、内閣府は2021年5月の災害対策基本法改正で個別計画を個別避難計画と名称を変更し、市町村の努力義務として制度的に位置付けた。また、この計画を作成する福祉専門職の報酬も、2021年度から地方交付税措置がされた。同時に、福祉避難所ガイドラインを改訂し、福祉避難所への直接避難を原則とすることを明記した。同年から個別避難計画普及のため、個別避難計画モデル事業を実施し、自治体による個別避難計画PDCAを意識した取組みを実施して課題抽出と検証を行うことで改善を進め、全国展開することを目指している。
このような取組みを通じ、「災害は弱い者いじめ」という社会に訣別し「災害時に誰一人取り残さない」社会を創らなければならない。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。