「新・地方自治のミライ」 第53回 国家戦略「得区」というミイラ

地方自治

2024.05.13

本記事は、月刊『ガバナンス』2017年8月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 本連載2014年5月号「国家戦略特区というミイラ」において、第2次安倍政権が14年3月28日に、東京圏、関西圏、新潟市、兵庫県養父市、福岡市、沖縄県の全国6地域で国家戦略特別区域(以下「国特区」と略記する)を指定したことを採り上げた。結論としては、国特区は、「規制緩和という特権を軸にした地域限定の『政官業地』談合体制というミイラの蘇生を目指している」とし、「自治体としては、こうした国家戦略に『国策自治体』としてつきあうのか、一線を引いて冷静に対応するのか、スタンスが問われる」と指摘したところである。

 さて、国特区が運用されて3年が経過したので、ミイラがどう徘徊しているのかを検証しよう。

ある事項の事例

 16年11月9日の国特区諮問会議に同有識者議員の竹中平蔵・八田達夫(国特区ワーキンググループ座長)ら5氏連名で「国家戦略特区 追加の規制改革事項などについて」が提出された(資料4)。そこでは、「追加の規制改革事項について」の筆頭に「獣医学部の新設」を掲げ、「『創薬プロセス等の先端ライフサイエンス研究』や『家畜・食料等を通じた感染症の水際対策』に係る獣医師系人材の育成は、……重要かつ喫緊の課題」とされ、「かねてより準備を進め具体的提案を行ってきた自治体を中心に、具体的プロジェクトとして実際の獣医学部の立ち上げを急ぐ必要があり、そのための規制改革、すなわち関係告示の改正を、直ちに行うべきである」という(……は筆者による中略、傍線は原文(横書き)では下線、太字は筆者)。

 これを受けて「国家戦略特区における追加の規制改革事項について」(資料3)(注1)として、「先端ライフサイエンス研究や地域における感染症対策など、新たなニーズに対応する獣医学部の設置」として、「人獣共通感染症を始め、家畜・食料等を通じた感染症の発生が国際的に拡大する中、創薬プロセスにおける多様な実験動物を用いた先端ライフサイエンス研究の推進や、地域での感染症に係る水際対策など、獣医師が新たに取り組むべき分野における具体的需要に対応するため、現在、広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とするための関係制度の改正を、直ちに行う」とされた(傍線同上)。こうして、竹中・八田両氏(注2)らの提案通り、17年1月4日に改正告示がなされ、18年度からの獣医学部開設が認められた。

注1 有識者議員提案が資料4で、それを受けたはずの原案が資料3というのは、面白い。

注2 八田氏の主張は詳しくブログに掲載されている。2017年7月9日閲覧。
https://tatsuohatta.blogspot.jp/2017/05/blog-post.html

ある国特区の事例

 16年1月29日に広島県・X市が国特区に追加指定された。同年3月30日に第1回広島県・X市国特区会議が、石破茂・特区担当大臣、広島県知事、X市長、民間企業社長、加戸守行・X商工会議所特別顧問(元文部省官房長、リクルート事件で辞職、前愛媛県知事)、八田氏を出席者として開催された。そして、「国際教育拠点の整備(獣医師系(ライフサイエンスなどの新たに対応すべき分野))など……に資する、新たな制度改革・規制改革について重点的・集中的に検討し、その成果を区域会議に提案する」ために、X市分科会が設置された(資料3「『X市 分科会』の設置について」、固有名詞は筆者置換)。

 上記の国特区の決定及び改正告示を受けて、告示同日(17年1月4日)から11日までという極めて短い期間で、特定事業を行うと見込まれるものの公募がなされた。そして、その短期間にYが現れ、期間終了の翌1月12日の第2回X市分科会において、Yを特定事業(獣医師の養成に係る大学設置事業)を行うと見込まれるものとして広島県・X市特区会議の構成員に加えた。同日から17日まで、区域計画に定めようとする特定事業の実施主体の公表及び当該特定事業の実施主体としての追加の申し出がされた。

 17年1月20日に愛知県(第4回)・広島県・X市(第3回)国特区会議合同会議が、山本幸三・地方創生・規制改革担当大臣、文部科学大臣、農林水産大臣、X市長、広島県副知事、愛知県副知事、加戸氏、Y理事長、名古屋駅地区街づくり協議会会長や、原英史氏(元経産官僚・国特区ワーキンググループ委員)らを出席者として開催された。X市は「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない『四国』に大学獣医学部を!」とする資料を同会議に提出している(注3)

注3 山口大学農学部獣医学科、山口大学・鹿児島大学共同獣医学部、鳥取大学農学部共同獣医学科(岐阜大学応用生物科学部と共同)など、獣医師系養成大学は、文字通り「広域」的に整備されている。「広域的」に「中国・四国地方」には獣医学部は存在する。なお、「共同」とは普通に言えば、「統廃合」の別名である。

 こうして、同区域計画において、「(6)名称:獣医師の養成に係る大学設置事業」として「内容:獣医学部の新設に係る認可の基準の特例(国家戦略特別区域法第26条に規定する政令等規制事業)Yが、獣医学部の設置の認可を受けた上で、愛媛県X市において、獣医師が新たに取り組むべき分野における具体的需要に対応するための獣医学部を新設する。【平成30年4月開設】」とされた(固有名詞は筆者置換)。

ある事項に関するある国特区における特権利得

 以上のように、国特区は「政官業地」の関係者による談合(はなしあい)の蓄積である。加えて、経済人または学者・専門家や元官僚である「有識者」が寄与する。それゆえ、「政官業地学」の談合(はなしあい)体制である。それは法律に基づいた公然の営みである。国特区が特定事業者に特権を付与して便宜を図るものである以上、Yという特定事業者に特権が付与される結果になるのは、制度的には自明である。

 国特区の最大の問題は、特定の地域・事業者になぜ特権を付与するのかが説明しにくいことである。例えば、本件に即して言えば、獣医師系養成大学の増設が求められるにせよ、需給調整の観点から1校に限るにせよ、需給調整の廃止への第一歩にせよ、特定区域に限定できない。獣医師は特定地域限定の免許ではないからである。感染症水際対策もX市のみで必要なわけではない。端的に言って、地域限定に馴染まない事項であった。15年6月5日の国特区ワーキンググループヒアリング(議事要旨)によると、国特区以外の対応が不可能でないと聞き、八田氏自身が「そうしたら、それで大部分の問題は解決しそうですね」と述べ、公務員獣医師不足にも、「公務員は、全国どこの大学からでも採用できそう」と締めくくっている。

 結局、上述の文書の通り「かねてより準備を進め具体的提案を行ってきた自治体を中心」という以外、論拠がない。「Xでは12年間Yありき」(加戸氏、17年7月10日国会参考人発言趣旨、固有名詞は筆者置換)であるから、特定地域Xに限定すると実質的には特定事業者がYに絞られる。国特区制度は、「『総理・内閣主導』の枠組み」(注4)として、論拠なき案件処理が公然とできる。

注4 内閣府地方創生推進事務局ホームページの表現。2017年7月8日閲覧。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/index.html

おわりに

 国特区は岩盤規制にドリルで穴を開ける規制改革の仕組みという。しかし、結果的には、特定事業者へ新規利得を付与する「得区」である。岩盤にドリルで穴を開けて、特定事業者の新規利得の確保のための杭を岩盤に打ち込む。同時に、ドリルで穴を開けた岩盤の裂け目からは、大量の泥水が噴出する危険もある。

 国特区に対する自治体の舵取りは難しい。自治体は住民利益のために、国に正当に要望して補助金・法改正・許可・区域指定など、便宜を図って貰うように努力するのは当然である。しかし、自治体が働きかけを行うべき国の制度・政策が論拠なき案件処理のできる歪んだものの場合には、自治体は「国策自治体」として歪みに荷担することになる。

 しかも、無理のある特権付与型の国策に貢献しても、見返りは見込み薄である。X市は、Yに対して、用地(16・8ha)を無償譲渡するとともに、校舎建設費192億円の半額にあたる96億円(県との合計限度額、うち市の上限64億円)の債務負担行為をする(注5)。しかし、獣医師・獣医学研究者は全国人材でしかなく、住民利益になるとは限らない。結局、Yへの負担の見返りは、校舎建設事業と学生が増えることに限られるのであり、獣医学部である必要もないのである(注6)

注5 毎日新聞2017年3月4日付電子版。2017年7月8日閲覧。
https://mainichi.jp/articles/20170304/ddl/k38/010/544000c

注6 千葉県銚子市では、とある大学の誘致に際して92億円の補助金を提供し、市有地9.8haを無償貸与した。しかし、補助金の大部分が市の「借金」だったことなどから市民から批判が噴出したという。週刊朝日2017年4月7日号電子版。2017年7月8日閲覧。
https://dot.asahi.com/wa/2017032600017.html

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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