「新・地方自治のミライ」 第12回 首長辞職のミライ

時事ニュース

2023.01.11

本記事は、月刊『ガバナンス』2014年3月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 2014年2月3日に、橋下徹・大阪市長は市長職の辞職と再出馬を表明し、7日に辞職届を議長に提出した。いわゆる大都市地域特別区設置法に基づく法定協議会において、橋下市長はそれまでに4案あった区割案の絞り込みを求めていた。これに対して、公明党・自民党・民主党などの法定協議会の多数派は、慎重審議を求めて絞り込みに応じなかった。このため、維新の会、橋下市長、松井一郎・大阪府知事にとっては、大阪都構想の進展が膠着してきたため、改めて1案への絞り込みへの民意を問い、これを背景に局面打開を図ったものと考えられる。

 今回は大阪市の問題を離れて、一般的に、こうした首長辞職という現象に関して検討してみたい。

首長辞職の直近の先例

 振り返ってみれば、首長辞職という先例は各所で見られる。13年12月には、猪瀬直樹・東京都知事が、徳洲会からの資金提供問題での都議会の追及のなかで、辞職に追い込まれた。さらに、石原慎太郎・東京都知事は、総選挙を睨んで国政復帰という自己意向から、11年4月に4選されていながら、12年10月には辞職している。こうして、東京都知事選挙が立て続けに行われるという異例な事態となっており、都知事の事実上の不在が、青島幸男氏以来続いていると言えよう。前者は追い込まれて、後者は自分からの放り投げ、であって形態は異なる。しかし、猪瀬・都知事は、辞職によって都議会百条委員会の追及を免れようとしたという意味で、自己意向の追求であるから同類の先例である。

 11年2月の名古屋のいわゆる「トリプル投票」は、愛知県知事選挙、名古屋市議会解散市民投票、名古屋市長選挙の三つの同日投票であったが、これは、河村たかし・名古屋市長の進める市民税減税に抵抗する市議会に対して、市民によるリコール署名運動を仕掛けるとともに、自らも市長職を辞職して、市民の信を改めて問うたものである。結果的に、市長は再選されるとともに、市議会解散の市民投票も成立し、3月13日には出直し市議選挙が、東日本大震災の翌々日に実施された。しかし、その後、河村市長のプレゼンスは低下している。

 そもそも、橋下・大阪市長には、首長辞職の「前歴」があるので、一種の「常習者」と言える。すなわち、08年1月の大阪府知事選挙で当選して1期目だった橋下・大阪府知事は、任期を3か月残して辞職し、11年11月の大阪市長選挙に出馬して当選した。このとき、同氏の辞職に伴って大阪府知事選挙も同時に行われたため、今日まで続く状況を作り出す「府市あわせ」選挙となった。

首長が辞職しなければならない不幸

 さらに今日まで尾を引く先例を探せば、比嘉鉄也・名護市長の件もある。すなわち、1997年12月21日の米軍ヘリポート基地建設の是非を問う市民投票において、建設反対が多数を占めたにもかかわらず、比嘉市長は12月24日に建設受入れを表明して、辞職した。その後、98年2月に出直し市長選挙が行われ、「後継」と称する、しかし、公約では基地建設の是非は沖縄県知事に預けるという岸本建男氏が市長に当選した。こうして、ズルズルと、辺野古への米軍基地移設問題は粘着していった。

 もっと遡れば、83年に浮上した池子弾薬庫跡地米軍住宅問題もある。当初、逗子市は反対の姿勢であったが、84年10月に、住宅建設の条件付き受入れを表明して、三島虎好市長が辞職した。84年11月の出直し市長選挙では、反対派の富野暉一郎氏が市長に当選したが、市議会多数派が受入れ賛成派であったために市議会と対立し、87年8月に局面打開のため辞職することとなった。市民投票の代替となる10月の出直し市長選挙で富野市長は再選されたが、市議会の意向は変わらなかった。辞職再選のために任期は伸びず、88年11月に再び市長選挙となり、3選された。しかし、結局、日本政府や賛成派の市議会多数派の姿勢を崩すことはできず、92年11月からの後継反対派の澤光代市長も方針を転換し、94年11月に受入れ表明・辞職となった。

 このように、先例をつなぎ合わせると、猪瀬・東京都知事や澤・逗子市長のような追い込まれた辞職に限らず、首長辞職はあまり当人にとって望ましい帰結をもたらしていないようである。辞職では自分に有利なように局面打開はできていない。この点からすると、石原・東京都知事の国政復帰の成就は異彩を放っているが、むしろ、「日本維新の会」に向けて、晩節を汚したとみることもできよう。

 逆に、田中康夫・長野県知事の場合、あくまでも辞職をせずに、2002年7月の不信任議決を受けても議会解散をしなかった。失職による出直し選挙で同年9月に再選され、むしろ、選挙後しばらくは、権力を強化できた(注1)

(注1)長野県議会側は学習して田中知事の自滅を待ち、2006年8月の任期満了知事選挙では、田中氏の3選を阻んでいる。

首長辞職の限界

 首長の政治権力の背景は、住民からの直接信任を得たという民主的正統性である。普通に考えれば、この民主的正統性は、選挙直後が最大であるが、時間の経過とともに、首長本人と住民との意思乖離が想定し得るため、徐々に弱まると考えられる。したがって、議会との対立などで膠着する場合、辞職=再選によって、民主的正統性すなわち政治権力を再注入したいという政治戦術が登場するのも、充分に理解し得る。

 しかし、こうした試みはなかなか成功しないようである。第1に、二元代表制である以上、仮に首長が辞職=再選して政治権力を高めたとしても、議会の構成はそれ自体では変化しないからである。

 第2に、議会との対立で局面打開のために辞職に追い込まれたという形態となり、結果として、首長の政治権力が弱体化していることを自分で証明してしまうからである。譬えて言うならば、当選直後には100あった権力が、徐々に衰退して50程度になって、70程度の権力の議会の抵抗を乗り越えられず、仮に辞職=再選しても60くらいまでしか権力は回復しない。

 こうしてみると、首長辞職による局面打開には、辞職=再選を超えた戦略の構築が必要なようである。最も単純に考えられるのは、河村・名古屋市長が試みたように、議会解散・再選挙による議会構成の変更をセットにすることである。とはいえ、この戦術が功を奏するには、最低限でも、首長選挙と議会選挙を同日にする必要があろう。首長選挙の勢いで、与党派議員を勝利させるわけである。したがって、首長選挙の前に、議会解散住民投票を成立させる必要がある。となると、この解散住民投票は、首長選挙とは別個の単独投票とならざるを得ないし、多段階となって住民はうんざりして、首長は勝ちにくくなる。いわば、首長に任意の議会解散権を与えていないことが、こうした首長の意向に応じた同時選挙という戦術を抑止しているのである。

「辞職権力」と首長の技芸

 こうしてみると、首長には自発的かつ任意の「辞職権力」はなさそうである。法制的にも、首長は辞職するときには、議会に承認を求めている。つまり、首長は勝手に辞職することが想定されていないのである。首長が辞職をするのは、基本的には、他からの問責追及を受けて、答責しきれなくなったうえでの「引責辞任」ということになる。

 もっとも、議会が首長の辞職を承認しない場合、20日過ぎれば失職となる。実際に、議会も首長の辞表を承認することが多い。「仕事をしない」と表明している人物に、無理やり職に留まらせても、単に罷業をするからである。こうなると、結果的には、辞めたいと言えば、いつでも辞められる。だからこそ、局面打開に使える「辞職権限」ではないかと考えられることになる。とはいえ、有効に使うには、首長に相当の技芸が必要だろう。さもなくば、再選首長はミイラとなる。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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