事例紹介▶︎市原市(千葉県) 産官学7者連携によるフレイル予防・改善サービス実証事業
地方自治
2023.01.04
この資料は、地方公共団体情報システム機構発行「月刊J-LIS」2022年11月号に掲載された記事を使用しております。
なお、使用に当たっては、地方公共団体情報システム機構の承諾のもと使用しております。
事例紹介▶︎市原市(千葉県) 産官学7者連携によるフレイル予防・改善サービス実証事業
(特集:高齢者にやさしいデジタル社会)
市原市経済部商工業振興課副主査 遠山 翔
1 はじめに
千葉県市原市は、昭和30年代以降、臨海部への石油化学関連企業の立地に伴い、全国から人口流入が進み、大きく発展してきたまちです。当時、市原市民となり、市の発展に尽力をいただいた団塊の世代の方々が、今、後期高齢者の世代となりつつあります。こうした背景から、他の地方公共団体に先んじて高齢化が急速に進行していく地域でもあり、医療費や介護費の増大、またそれに伴う現役世代の負担の増大など、いわゆる「2025年問題」が目前に迫ってきています。
そこで、超高齢社会におけるQOL(Quality of Life)の向上に向け、2018年には、東京大学高齢社会総合研究機構(機構長:飯島勝矢教授)との連携協定を締結し、同機構が開発したプログラムの活用による、要介護状態の前段階である「フレイル」の予防に向けた取り組みを開始しました。フレイルとは、健康な状態と要介護状態の中間に位置し、身体的機能や認知機能の低下が見られる状態を指します。適切な治療や予防を行うことで要介護状態に進まずに済む可能性があることから、フレイルの早期発見、早期対応が重要なものとなっています。そこで、フレイルの兆候を早期に発見するため、栄養・運動・社会参加に関するチェックや、自分の指を使って簡単に筋肉量をはかる「指輪っかテスト」などを行うフレイルチェック講座を実施しています。
また、2020年には、民間企業が有する先進技術やノウハウを積極的に呼び込み、地域課題とのマッチングによる課題解決に取り組む「オープンイノベーション事業」をスタートさせるとともに、大学が有する高度な知見をまちづくりに活かすため、同年7月に「国立大学法人東京大学大学院情報学環と市原市との情報通信技術に関する技術交流及び学術交流のための連携・協力に係る協定」を締結しました。このことにより、東京大学大学院情報学環の越塚登教授をはじめ多くの民間企業と当市の課題を共有することができ、2022年3月17日に、東京大学大学院情報学環に加えて、株式会社JDSC、第一生命保険株式会社、RIZAP株式会社、グローバルキッチン株式会社、合同会社ネコリコと、「フレイル予防・改善サービス実証事業における7者連携に関する協定」を締結するにいたりました。
今回の取り組みでは、フレイル検知から予防・改善、改善後の状態維持までを一気通貫するサービスの構築を目指し、2022年4月から12月までの期間で、市内青葉台在住の65歳以上独居世帯の方を対象として実証事業を実施しています(図-1)。
2 事業の概要
はじめに、フレイル状態の検知として、家庭の電力スマートメータが取得した電力データを、株式会社JDSCが開発した機械学習をベースとしたアルゴリズムで分析することで、居住者がフレイル状態かどうかを判定します(図-2)。東京大学大学院情報学環と、東京大学発のスタートアップ企業である株式会社JDSC、合同会社ネコリコは電力データ×AIによるフレイル検知技術を世界で初めて実証しています。
次に、フレイル状態の改善及び改善状態の維持に向けて、①食事プログラム、②運動プログラム、③訪問等による見守りの三つの取り組みを実施します(図-3)。
①食事プログラム
グローバルキッチン株式会社より、管理栄養士による献立選定された食事が週1回配送されます(1日1食、7日分・冷凍)。その食事以外についてはご自身で用意いただき、毎食の写真をスマートフォンで撮影し、所定のLINEに送信することで、食事内容をもとに管理栄養士からアドバイスが送られてきます。また、週1回Zoomを活用したオンライン食事会を実施し、コミュニティの形成につなげることを目指します。
②運動プログラム
RIZAP株式会社により、週1回の運動指導を実施します(計8回)。地域の自治会館で実施することで、外出機会につなげるとともに、参加者が顔を合わせることでコミュニティの形成につなげることを目指します。運動指導の内容は動画で共有され、運動指導のない日も参加者は自宅で運動を実施していただきます。
初回と最終回の運動指導の際に健康年齢チェックを実施し、運動プログラムの参加前後の変化を確認します。
③訪問等による見守り
第一生命保険株式会社により、月1回自宅訪問を実施し、様子に変化がないか確認するとともに、電力データを解析した月次レポートをお届けします。また、同意いただける方には、訪問時の様子などを参加者の家族宛にメールで報告します。
3 多様なステークホルダーとの連携
今回の実証事業は、産官学7者での連携事業であり、関係者が多岐にわたることから、それぞれの立場を理解して進めていかないとハレーションが起こることが容易に想像できました。特に、民間企業と行政では事業に対するスピード感や文化の違いがあり、オープンイノベーション事業に取り組む上で、それぞれの立場を理解して進めることが重要であると考えています。そのため、本実証事業のまとめ役となる株式会社JDSCには、関係各社と丁寧な連絡調整を行っていただき、実現に漕ぎつけました。
また、今回の実証事業を実施する上で、大きな課題となっていたのは参加者を集めることでした。対象者となるフレイル状態に該当する方との接点がなく、さらに65歳以上独居世帯かつ、実証事業に取り組む上でスマートフォンを所持していることが必要でした。そこで、参加者募集に向けては、地域住民の方々との連携もとても重要であると考えました。実証事業を実施した青葉台地区は、地域を挙げてまちづくりに取り組んでおり、青葉台町会協議会は、「令和3年度あしたのまち・くらしづくり活動賞」において内閣総理大臣賞を受賞されています。その青葉台町会協議会に協力いただくため、市役所が町会協議会と民間企業とのつなぎ役となり、事業の趣旨や内容を理解いただくことに注力しました。そうして、実際に対象になりそうな方の自宅を町会協議会の方々が直接訪問し、事業の説明をしていただくなど、参加者募集に協力いただいた結果、33名の参加申込をいただくことができました。
オープンイノベーション事業は、シンプルにいうと「一人ではできないことを、得意な人と力を合わせて頑張る」ということだと考えています。それぞれの強みを活かして取り組むことで、大きな成果が生まれることを期待し、事業に取り組みました。
4 実証事業の途中経過
本実証事業では、LINEやZoomを使用するため、開始当初は参加者から不安の声が聞かれました。実際に、申込みがあった33名のうち、毎食の写真のLINEでの送信やZoomの活用という事業の概要を聞いた上で、負担感を感じ参加を辞退した方もいました。しかし、最初の登録の手続きなどを支援すれば、その後の操作については問題なく実施していくことができています。Zoomは使ったことがないという参加者が大半でしたが、慣れてくると週1回のオンライン食事会を楽しみにしている参加者も一定数いました。
その他、参加者に実証事業に対するアンケートを実施した結果、食事プログラムの実施による意識変化としては、参加者から以下のような意見がありました。
●果物を意識的に食べるようになった
●タンパク質をとるために牛乳や豆乳を気にして飲むようになった
●普段より品数が増えた
●自炊時も塩分を控えようと思った
●食べすぎを控えるようになった
●献立の参考になった
●バランスの良い食事を考えるようになった
一方で、これまで続けてきた食生活を変えることにストレスを感じ、途中でプログラムを辞退した方もいました。
運動プログラムについては、健康年齢チェックの数値が良くなった方が一定数おり、定期的な運動による体力の向上が認められました。アンケートの結果でも、「運動プログラムの内容は日常生活に活かせる」と参加者全員が答えており、日々の運動習慣の定着に一定の効果があったものと考えられます。
その他、参加者からは以下のような意見がありました。
●運動プログラム参加直後は毎回運動へのモチベーションが上がる
●体に痛みがあると運動を避けていたが、筋力をつけることは大事だと思った
●運動プログラムの動画を見ていると、講師の声掛けに勇気づけられる
●運動は継続が大事だと感じた
●階段の昇り降りやウォーキングなど、日常の行動量を上げるようになった
●ウォーキングでは使われていない筋肉があることに気づいた
5 おわりに
これから12月にかけて成果検証を実施し、本実証事業の今後の展開について検討していきます。超高齢社会の今、フレイル予防は当市のみならず全国的な課題であると認識しており、今回の実証事業を通じ、より豊かな人生を送ることのできる社会の形成に向けて、市原発のイノベーションの実現を目指します。
また、今回の実証事業でのつながりをきっかけとして、市原市は「フレイル対策コンソーシアム」へ参加しました。このコンソーシアムは、フレイル検知に限らず、データ・テクノロジーを駆使した高齢者福祉の仕組みのアップグレードを目指し、産官学の垣根を超えた連携に取り組んでいます。こうしたプラットフォームを有効に活用し、過去の延長線上ではない新たな発想をまちづくりに活かすためのオープンイノベーション事業に取り組んで参ります。
Profile
遠山 翔 とおやま・しょう
2006年、事務職として千葉県市原市役所入庁。2018・2019年、地方創生推進室(現、地方創生課)付けで一般財団法人地域活性化センターへの出向を経て、帰任した2020年から、公民連携による地域課題解決及び地域経済の活性化を目指す「オープンイノベーション事業」を担当。