自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[63]福祉防災元年(1)──災害関連死を防ぐために
地方自治
2022.07.27
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2021年6月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
相次ぐ水災害
今年も出水期がやってきた。6月前半までには多くの地域で梅雨入り宣言がなされる予定だ。
近年は、高齢者を中心に人的被害をもたらす大きな風水害が毎年、発生している。
2014(平成26)年8月、広島市北部の安佐北区や安佐南区の住宅地などで大規模な土砂災害が発生した。2015(平成27)年9月に、茨城県常総市の鬼怒川堤防決壊によって広範囲に浸水被害が発生した。また、2016(平成28)年8月には、岩手県岩泉町で小本川が氾濫し、高齢者施設等が被災した。さらに、2017(平成29)年7月の九州北部豪雨においては、福岡県朝倉市などで広範囲にわたって浸水被害と土砂崩れが発生した。2018(平成30)年7月の西日本豪雨では岡山県、広島県、愛媛県を中心に大きな被害がもたらされた。2019(令和元)年9月には房総半島台風、そして10 月には東日本台風により404自治体が災害救助法の対象となる広域被害がもたらされた。2020(令和2)年7月豪雨では、熊本県人吉市、球磨村を中心に大きな被害をもたらした。
自治体は、今年は風水害があるのだろうかと心配するよりも、風水害になっても住民の命を守る対策をとれているかを心配しなくてはならない。
「福祉防災元年」を告げる法制度改正
内閣府、国交省や厚労省は、特に高齢者、障がい者等の命を守る対策について検討会等を設置して議論を重ねた。その結果、高齢者や障がい者を日常から支援している福祉関係者が防災関係者や地域住民と連携して災害時にも支え続ける方向性が相次いで示された。
そして、本年4月28日には「避難準備・高齢者等避難情報」を「高齢者等避難」、「避難勧告」と「避難指示(緊急)」を「避難指示」に一本化し、また避難行動要支援者の個別避難計画作成を市区町村の努力義務とする等の改正災害対策基本法が参院本会議で可決、成立した。同日、浸水被害の危険がある地区の開発規制や避難対策を柱とした流域治水関連法も成立している。
具体的には市区町村が個別避難計画作成、福祉避難所の拡充・体制整備、介護保険計画への感染症・災害対応の記載、社会福祉施設の防災対策への助言・支援、立地規制等に取り組むことになる。また、厚生労働省は省令を改正して、介護福祉施設、障害福祉サービス事業所へは、3年以内に災害及び感染症対応BCP(業務継続計画)作成を義務付けた。都道府県及び国はそのバックアップを行う。
在宅、施設を問わず高齢者や障がい者を災害から守る法制度は急速に整ってきている。それゆえ、2021(令和3)年は、「福祉防災元年」と言われるに違いない。
災害リスクの低い場所への高齢者福祉施設の誘導
2020(令和2)年7月豪雨災害では熊本県球磨村の高齢者施設「千寿園」で14人の高齢者が犠牲になった(56人は施設職員と地域住民に救助された)ことを機に、国土交通省と厚生労働省が「高齢者福祉施設の避難確保に関する検討会」を設置し、3月末に最終報告書が出された(注1)。中でも、重要な対策が示されているのが、災害リスクの低い安全な場所への高齢者福祉施設の誘導である(図参照)。
注1 厚生労働省と国土交通省の2021年度の取組みについては、3月18日の最後の検討会で参考資料3として示されている。https://www.mhlw.go.jp/content/sankousiryou1.pdf
防災・減災対策の強化、安全なまちづくりの推進のためには災害リスクの高い区域における施設、住宅開発を規制し、安全な場所への立地誘導が根本的な対策となる。しかし、人口が急激に増加している時代は、住宅の確保が急がれ災害リスクの高い市街化調整区域のエリアにも数多く建設されてきた。高齢者が急増する時代には、社会福祉施設の確保が急がれ、同様に災害リスクの高い地域への建設も許容されてきた。
実は、1992(平成4)年の都市計画法の改正時に、社会福祉施設を含む自己業務用施設について災害ハザードエリアでの開発を原則禁止とすべきか内部で検討されたそうである。しかし、当時は自然災害が頻発する状況ではなかったため、その必要はないと判断されたとのことであった(注2)。
注2 喜多功彦「災害ハザードエリアにおける開発規制の見直し─ 2020年(令和2年)都市計画法等の改正─」『土地総合研究 2020年夏号』。
災害レッドゾーンにおける規制と誘導政策
今回、国土交通省と厚生労働省が歩調を合わせて、明確な方向性を打ち出している。前提として、2020(令和2)年6月、災害レッドゾーンについて社会福祉施設等の開発を原則禁止とする都市計画法が改正され、2022(令和4)年4月から施行される。また、市街化調整区域の浸水ハザードエリア等における住宅等の開発規制を厳格化し、安全上及び避難上の対策等が講じられたものに限って許可する仕組みに改められている。
今回の流域治水関連法改正で、特定都市河川流域においては、新たに浸水被害防止区域を創設した。これが洪水におけるレッドゾーンに該当することになる。
それ以外の水災害リスクの高いところは、厚生労働省が補助を厳格化する。これは全国に適用できるので、これでもって全ての災害リスクの高い立地をカバーし、できるだけ安全な立地に社会福祉施設を誘導していくことができるようになった。長期的ではあるが、多大な効果が期待できる政策である。
さらに、人口減少時代においては、コンパクトシティ化により市街地や集落の戦略的な撤退が求められることがある。そのとき、災害の危険性の高いエリアから撤退を検討することは、地域住民の合意形成がしやすくなり、我が国の国土利用に有用な政策となるであろう。
災害ハザードエリアには災害レッドゾーンと災害イエローゾーンがある。
「災害レッドゾーン」とは、都市計画法に基づき、開発行為が規制されている次の4区域を指す。
① 災害危険区域(建築基準法)
② 土砂災害特別警戒区域(土砂災害防止法)
③ 地すべり防止区域(地すべり等防止法)
④ 急傾斜地崩壊危険区域(急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律)
「災害イエローゾーン」とは、災害レッドゾーンと異なり、建築や開発行為等の規制はかかっていないが、区域内の警戒避難体制の確保のため、行政が災害リスク情報の提供等を実施する区域を指す。例えば、災害の危険性が高いエリアとして、一般的には次の区域が該当する。
① 浸水想定区域(水防法)
② 土砂災害警戒区域(土砂災害防止法)
③ 津波災害警戒区域(津波防災地域づくりに関する法律)
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。