自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[62]熊本地震5年──災害関連死を防ぐために

地方自治

2022.07.13

※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2021年5月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

 

 5年前の2016年4月14日と16日の二度にわたり震度7の激しい地震が熊本県を襲った。特に被害の大きかった益城町は、住家1万700棟余りのうち、全半壊約6200棟、一部損壊を含めると98%を超える住家が被害を受けていた。人口約3万3500人のうち避難者数は、最大で1万6000人に及んだ。まさに、東日本大震災級の被災だ。

 私は4月20日から5月6日まで、主に益城町避難所支援チームの業務支援を行った。町の職員の多くは自宅が被災していたが、被災者どころか最大の支援者として活動せざるを得なかった。東日本大震災の職員の状況と重なり、なんとか心身の健康を害さないように祈るばかりだった。

 その後も、8月に仲間とともに仮設住宅での棚の取付けや企業からいただいた寄付品を届けるなどのボランティア活動をしながら、話を聞かせてもらった。ご縁がつながって、毎年、益城町や熊本市を訪問し、職員のみなさんから当時の苦労話や復興の状況を聞き取っている。

熊本地震後の関連死状況

 熊本地震で、私が最も重要と考えている教訓は、高齢者を中心に223人もの災害関連死が発生してしまったことだ。これは、直接死50人の4.4倍以上に上る。熊本県は、熊本地震による災害関連死の状況について、次のように貴重な調査を行っている(図1、2参照)。これを見ると、死亡時の年代は、高齢になるほど増える。90代になると下がるが、元々の人口が少ないから当然である。また、発災後、1週間や1か月以内という早い時期に亡くなる方が多い。発災当初の避難生活が、高齢者にはいかに過酷かを示している。

図1 熊本地震の震災関連死 死亡時の年代
図2 熊本地震の震災関連死 死亡までの期間

2017年12月末時点197人。
出典:「 熊本地震の発災4か月以降の復旧・復興の取組に関する検証報告書」2018年3月27日。

 コロナ禍の避難では、少人数・分散避難が重要とされる。災害関連死を防止する観点からも、これは望ましいことだ。ある程度、環境の整ったところで落ち着いて暮らせる避難生活が、特に高齢者にとってのこれからの避難の在り方になる。親族や知り合いへの縁故避難、ホテル・旅館への避難、日常から通っている福祉施設への直接避難、などが候補になる。小中学校の体育館で、床で雑魚寝からスタートする避難生活は、もはやあり得ない。

 亡くなられた場所で最も多いのは自宅で約4割、そのほかに自宅から病院等に搬送されて亡くなったのが24%あり、この両者で6割を超える。先に、私が4月20日から避難所支援チームにいたと述べたが、この時期に多くの方が避難所ではなく、在宅で亡くなっていたのだ。

 高齢者については「自宅にいるから安心」ではなく、「自宅だから危険」と考えを改めなくてはならない。このデータが出たことをきっかけに、福祉系のボランティアは在宅の被災者をできるだけ早く訪問して、具合の悪い方を早期発見することを重視している。

地域支え合いセンター

 熊本地震後、8月に仮設住宅ができてくると、居住者の見守りや健康・生活支援、地域交流の促進などが課題になってきた。東日本大震災の被災地では、市町村社会福祉協議会(以下、社協という)を中心に「地域支え合いセンター」(以下、センターという)が設置されて生活支援相談員等が見守りや相談活動をしていた。

 熊本県もこれに倣って被災市町村社協にセンター設置を呼び掛けた。なお、これには経費負担を巡って、かなり厳しいやり取りがあったという話を聞いている。最終的には国負担が決まって制度が開始された。現在も熊本地震の対応で14市町村の社協等が中心になってセンターが設置され、巡回訪問、専門機関などと連携した相談や困りごとへの対応、集会所でのサロン活動などのコミュニティ・交流の場づくりの支援等が行われている。熊本県もセンター支援事務所がその運営支援を行っている。

 熊本地震後には、九州北部豪雨災害、西日本豪雨災害、東日本台風災害、そして昨年の7月豪雨災害と続いたが、多くの市町村でセンターが設置されている。最初に井戸を掘った人の苦労のおかげで、次の災害ではスムーズに制度が動くのだと改めて実感する。

地域支え合いセンターと災害ボランティアセンター

 現状では、市町村社協は災害直後は災害ボランティアセンターの立ち上げを優先し、その運営に忙殺される。それが一段落してセンターの立ち上げとなる。

 関連死を防ぐためにはその順番を逆にすべきだ。センターの設置が遅れれば、災害直後の関連死防止には間に合わない。災害直後から、在宅の高齢者等の安否確認をすることが最重要であり、センターはその拠点となる。なお、安否確認をするとき「大丈夫ですか?」と尋ねれば、高齢者の多くは厳しい状況でも「大丈夫です」としか答えないものだ。最初に、ある程度深掘りしたアセスメントが必要で、被災者に家の損傷の程度、薬の有無や、食事の内容、トイレや風呂の様子などを聞き取ることが欠かせない。事前に聞き取り項目を整理した簡易なアセスメントシートを準備しておくとよいだろう。そして、少しでも体調変化があれば、医療機関につなげていく。

 災害ボランティアセンター設置は、近隣の社協等から経験ある応援職員が来てから、被災地社協2人程度と協力して立ち上げるので十分と考えている。

個別避難計画

 災害直後にセンターをうまく立ち上げたとして、安否確認、アセスメントを迅速に行うためには、高齢者等の情報が不可欠だ。その情報を災害後に集めていたのでは、遅くなってしまう。現状では「避難行動要支援者名簿」があるが、必ずしも社協とは共有されておらず、名簿の内容が更新されてなかったり、真に支援が必要な者以外の者が多数、掲載されていたりする。

 そこで、今年度から市区町村の努力義務とされた「個別避難計画」を社協と共有しておくことを提案する。これにより、優先的に安否確認、見守りするべき候補者を事前に調査することが可能になる。そして、調査結果に基づき初動の安否確認をセンター設置後に迅速に行う。

 個別避難計画は、安全な避難行動を最優先の目的として作成されるが、災害後の安否確認、見守り支援、相談支援などにも活用できる。

災害後のコミュニティづくりの重要性

 これまで、地方部ではコミュニティによる日常のさりげない見守り、声掛けの延長で災害時の支え合いがなされてきた。しかし、東日本大震災や熊本地震のような大災害になると支援者も大きく被災し、避難所などに移ることで地域の中で十分な見守りができなくなる。

 そこで、センター設置による制度的支援が重要になるのだが、中長期的にはそれだけでは十分ではなく、やはりコミュニティの力が重要だ。多くの高齢者にとっては、これまで暮らしてきた地域の高齢者同士が語り合い、困りごとを見出し、生活再建、自立への可能性を見出していく社会空間が必要になるからだ。災害後のコミュニティづくり、社会関係の再構築が、避難生活の長期化により危ぶまれる次の関連死の防止にもつながる。

 

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。

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鍵屋 一

跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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