【事例紹介】港区(東京都)マイナンバーを活用してコロナ禍で窮地の保健所事務を救う(月刊J-LIS2020年9月号より)

地方自治

2020.10.08

【事例紹介】港区(東京都)|健康保険証とマイナンバーカードの新展開 マイナンバーを活用してコロナ禍で窮地の保健所事務を救う 
 日野 麻美〔港区総務部情報政策課個人情報保護・情報公開担当係長(兼)みなと保健所保健予防課保健予防係副係長〕月刊「J-LIS」2020年9月号

※この記事は、地方公共団体情報システム機構発行「月刊J-LIS」2020年9月号に掲載された記事を使用しております。なお、使用に当たっては、地方公共団体情報システム機構の承諾のもと掲載しております。

 全国で新型コロナウイルスの感染拡大が続いており、感染症対策の最前線にある保健所は未だ厳しい闘いの中にあります。東京都港区のみなと保健所では、新型コロナ関連事務にマイナンバー制度における情報連携や住基ネットを活用することで、大幅な事務効率化に成功し、全国の注目を集めています。この仕組みを導入した、同区総務部情報政策課個人情報保護・情報公開担当(兼)みなと保健所保健予防課の日野麻美係長に、お話を伺いました。

みなと保健所の闘い―膨大な手書きの「発生届」がFAX で

 首都・東京の中心部に位置する港区は、わが国の政治・経済の中心地の一角であるとともに外国大使館や外資系企業が多く観光客も絶えない多様な貌を持つ大都市です。そのため、住民登録人口約26万人に対して昼間人口は約100万人に近いなど、住民流動性の大きい、活力溢れるビジネスと交流のまちであることが特徴です。

 その港区で新型コロナウイルスの感染拡大が起こったのは、今年3月末のことでした。3月23日からの1週間で初めて2桁となる18人の陽性患者を確認すると、翌週は75人、翌々週は82人と、一気に拡大が始まりました。

 陽性を確認した場合、医療機関は、直ちに最寄りの保健所に厚生労働省指定の「新型コロナウイルス感染症発生届」を提出する必要があり(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)12条)、発生届には、患者の住所(住民登録地)・所在地(実際に居る場所、居所)、氏名をはじめ、症状や診断方法、感染原因・経路などを詳細に記載することが求められています。この発生届を受け取った保健所は、情報の正確を期して、記入事項を確認、適宜追記した上で、都道府県に迅速に報告しなくてはなりません。

 ところが、発生届が昼夜問わずFAX で送られてきたため、みなと保健所はその対応に追われることとなりました。達筆で判読できないものや記入漏れ、正しい住所や氏名ではないものも多く、診断した医師に確認の電話を深夜までかけ続けざるを得ない状況になったのです。

 また、医療費の公費負担部分の支払事務も、発生届を受理して入院勧告を行った保健所が行う必要があるため、患者の住民登録地を確認してから、どこの健康保険に入っているのか、所得はいくらあるのかも、一人ずつ調べなくてはなりません。さらに、患者が発生届提出医療機関に入院していない場合には、患者の居所の管轄保健所に事務移管する業務も加わります。みなと保健所に発生届が提出された患者の約半数は港区民でないこともあり、保健所は住民登録地の確認と事務移管の対応にも追われました。

 このように処理しなければならない事務作業は増える一方にもかかわらず、みなと保健所では専任の感染症の事務職員は2人のみでした。そのため、たちまち事務処理が追いつかない状況に追い込まれたのです。

保健所の危機をマイナンバーが救ってくれた

 あっという間に多忙を極めることになったみなと保健所をバックアップするため、港区は本庁からの人材支援を決め、急ぎ職員に希望を募ることにしました。9人の職員が支援に手を挙げ、その中のひとりが情報政策課個人情報保護・情報公開担当の日野麻美係長でした。

 日野係長は、4月21日にみなと保健所保健予防課の兼務辞令を受け、保健所に着任しました。感染症患者の発生管理と医療費給付事務などの後方支援を想定していた日野係長は、現場に来て驚愕したといいます。

 「厚労省が見込むコロナ対応に必要な保健所職員のマンパワーは、人口比で想定しています。ところが、港区の場合は昼間人口が夜間の約4倍。1日あたりに見込まれる患者数もおよそ4倍にまで増えていたのです。事務も過酷な状況になっていました」。

 そのとき、日野係長の脳裏に事務効率化のアイデアが浮かびました。感染症事務はマイナンバー利用事務であること、また住民基本台帳を活用できる本人確認情報利用事務であることにピンときたのです。「住基ネットを使えば、これまでより速く正確な基本4情報が入手できる。また、医療費公費申請書に必要な、患者の加入医療保険や所得・税情報も情報連携でわかるので、医療費の公費負担分算出にも使えると考えたのです」。

 日野係長はすぐ動きました。みなと保健所の松本加代所長の了解を得て、着任翌日の22日に中間サーバー接続端末や庁内連携情報照会用の端末を確保したほか、住基ネット用端末の利用権限を追加申請し、保健所会議室に設けられた仮設事務室にこれら端末とプリンターをセットアップして新たな取り組みを開始しました。

 大きく変わったのは、人海戦術による電話かけが激減したことでした。発生届の管理と医療費公費負担事務については、端末操作をするだけで必要な情報を入手できるようになったからです。こうして事務処理がスムーズに動き出したのみならず、患者の属性把握や統計処理にも効率的に繋げられることがわかりました。

 松本所長は、日野係長の動きを全面的にバックアップしてくれるとともに、この日野係長の取り組みを「日野システム」と命名、東京都保健所長会と全国保険所長会のメーリングリストで「この方法なら大幅な事務改善が可能になる」と情報提供するなど、横展開に意を尽くしてくれました。「保健所機能パンクの危機を、マイナンバーが救ってくれたと思い、嬉しくなりました」と日野係長は振り返ります。

●港区における発生届処理の流れ(抜粋)

応援職員がすぐに対応できるよう膨大な事務処理を若手職員がマニュアル化した。「日野システム」とともに事務の効率化に寄与している。

事務連絡が横展開をさらに後押し

 ところが、松本所長が流したメーリングリストを読んだ団体から、「新型コロナウイルスは新型インフルエンザ特措法に基づく指定感染症で感染症法を準用する事務であり、マイナンバー制度の対象外ではないかと、法務部門から言われてしまい、端末準備ができない」という声が上がりました。

 「そんなはずはない」と考えた日野係長は、急ぎ制度発足に携わった各方面の知人に確認したところ、5月1日に、各都道府県・保健所設置市等宛てに事務連絡「新型コロナウイルス感染症に係る感染症法の規定に基づく入院、入院患者の医療等に関する事務における個人番号及び住民基本台帳ネットワークの利用について」が発出されました。これは、内閣府大臣官房番号制度担当室・総務省自治行政局住民制度課・厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部の三者連名によるものでした。

 同連絡は、「感染症の規定に基づく入院患者の医療費負担等に関する事務を行う場合に、個人番号を利用し情報連携を行うことや、住民基本台帳ネットワークシステムを利用して氏名・住所等の確認を行うことが可能と解されます」と明記した上で、患者の氏名等の照会に係る医療機関等の負担が軽減されるとともに、行政事務の効率化が図られるよう、社会保障・番号制度主管部局と衛生管理主管部間で十分に連携するようにと促す内容でした。

 事務連絡という後押しを得てスムーズに端末を用意することができたと、日野係長のもとには、複数の自治体から喜びの声が寄せられたといいます。

進む新型コロナ対策のシステム化

 時を同じくして、港区では6月の運用開始を目指して「みなと電子母子手帳」の開発が進んでいました。この電子手帳は、区の予防接種や乳幼児健診、子育て情報等をウェブアプリによってプッシュ型で提供することなどを目的とするものです。港区では、この仕組みが感染症対策にも使えると判断。濃厚接触者や検疫者向けの健康観察システムとしての機能構築を急遽盛り込み、予定を前倒しして4月30日に運用を始めました。これにより、自宅療養している感染者や濃厚接触者にスマートフォンやタブレットから体温や体調を報告してもらうことで、容体確認のため1日2回かけていた電話も基本的に解消することができたのです。急激な体調変化の際には、区へアラートメールが届く仕組みになっています。

 こうした中、国もICTを活用した新型コロナ対策を進めました。感染者等の情報を電子入力して一元的に管理し、関係者間で情報共有する「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム」(HER-SYS)を開発、5月末に運用を開始したのです。

 従来の感染症サーベイランスシステムNESIDは感染症の発生を分析する仕組みですが、HER-SYS では、患者のみならず濃厚接触者やPCR受検者の情報も持ちます。これにより、感染者や濃厚接触者はスマホを通じて自ら健康情報を入力することで体調急変に対応してもらえるようになったほか、医師等はこれまでの発生届の手書きFAX送信ではなく、PCやタブレットで報告することが可能になりました。また、保健所や行政にとっては、手書きFAXをPCに入力する作業が減少するとともに、入院調整の迅速化やクラスター対策の効率化が図られ、患者情報が迅速に集計されて、国・都道府県・保健所設置市の間で情報共有が可能となる予定です。

●「みなと電子母子手帳」(画面一部)


「みなと電子母子手帳」のインフラ上に、濃厚接触者や検疫者向け健康観察システムを構築した。

自治体の新たなガバナンスのヒントはマイナンバーに

 コロナ禍を受け、私たちは新しい日常への転換を求められています。自治体も新たな社会のあり方に適応していかなければなりません。

 日野係長は、「コロナ後の世界ではなにを対面サービスや事務として残すのか、ICTをどう使いこなすのかなどが問われていると思います。ピンチをチャンスにと言いますが、例えば今回のことで言えば、全国の保健所や福祉部門に住基ネット端末や情報照会端末を整備するなど、これまでの事務を見直す、良いきっかけになるでしょう。港区では、早くから総合窓口制度を行っていますが、福祉総合窓口として機能を強化して情報を共有しながら、あらゆる業務でも非対面でサービスを提供するというアイデアが出てきています」と話します。

 また、発展途上のHER-SYS の運用管理の改善に大きな期待をかけるととともに、自治体の個人情報の取扱いがこれを機に変わることを期待しているとも言います。

 「感染症に関する情報は差別や人権侵害を引き起こす可能性のある要配慮個人情報のため、安全に管理するためにはどうすべきかを考える必要があります。HER-SYS は、パブリッククラウド上のシステムで要配慮個人情報を共同管理するという初めての試みのため、誰が情報をコントロールするかを明確にするとともに、監査をしっかり受けられる仕組みづくりが必要です。また、積極的疫学調査など行動分析のためにAI にデータを与えられると有用と考えますが、現時点では要配慮個人情報の生データをAI が扱うことについての規定は整備されていません。さらに、データは研究機関や民間でも利活用できるようにすることが大切ですが、人権に配慮し、個人が特定できないように匿名加工や抽象化する必要があるものの、このような共有クラウド上の個人情報は自治体ごとの個人情報保護条例では管理しきれません。データ自体の管理のためには、新しいガバナンスが必要で、そのヒントはマイナンバーにあると考えます。マイナンバー制度では、中間サーバーは共同利用・分散管理で、データの扱いや監査は個人情報保護委員会やJ-LIS が行っています。同じような仕組みとして、自治体の個人情報保護法が必要ではと考えています」。

●マイナンバーカードシール


番号が見えてしまうので持ち歩きたくないとの声に応えて作られた「マイナンバーカードシール」。マイナンバーカード交付時に、窓口で配布している。本人確認書類として提出する際に、裏面を隠すことを求める企業の要望にも応えることができている。

本記事は、2020年7 月30 日開催の「政令市・中核市・特別区CIO フォーラム」(日経BP ガバメントテクノロジー主催)での講演とその後の取材により作成しました。

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